第19話 王女殿下と領主


 アーバンの店から帰宅したルカは、クルツにもらった便箋へ現状報告を書きまとめた。


 クレントにアーバンという優れた錬金術師がいる事、フリードマン伯爵が彼を騙して研究成果を横取りした事、彼の研究がアカデミーで既に実施されている事。


 これらが真実かどうか、王城にて確認してほしいと綴る。最後に彼の技術を盗んだのが真実であれば犯罪である事もハッキリと記載した。


 封筒の口を封蝋して、夕方には輸送ギルドへと赴いた。受付で速達を希望し、ルカの手紙は明後日には王都に到着するだろう。


 また、同様の内容を少し変えた手紙をクレントの領主邸にも送った。最後の部分に「近いうちに面会を求む」と記載した手紙だ。

 

 翌日になって、クレントの領主からは早速反応があった。当主自らが赴くとウィッチクラフトへ先触れが来たのだ。その証拠に昼過ぎにはドアベルがチリンと鳴って来客を告げる。


「やぁ、クルツ君!」


 やって来たのは先触れが告げた通り、大迷宮都市クレント領主であるアズラ・クレント本人だ。赤い髪を振り撒きながら、爽やかな笑顔と共に登場である。


 彼の後ろには黒髪の執事、ロイが付き添っていた。


「アズラさん、いらっしゃい」


 ニコリと笑って出迎えるクルツ。中性的なクルツとイケメンのアズラ、二人が揃うとどこか場が華々しい。


「ロイさんもご苦労様です」


「はい。お邪魔致します」


 クルツはアズラだけじゃなく、ロイとも知り合いのようで。ロイは綺麗なお辞儀をすると主の会話を妨げないよう一歩後ろへ下がる。


「あ、これお土産。中央区で人気のドーナッツ買ってきたよ」


「ありがとうございます。お茶淹れましょう」


 クルツとアズラは随分とフランクで仲が良さそうな雰囲気であるが、その理由は大魔導師にあった。


 アズラの父は大魔導師と共に迷宮へ潜った事のある仲だ。親同士が知り合い……といった感じだろうか。アズラもクルツの事を弟のように感じており、執務が少ない時はクルツの様子を見にくるような人物である。


 クルツは店のドアに掛かっていた看板を裏っ返し、客が来ないようにしてから来客二人を2階へ誘う。


 リビングに通すと、そこにはルカが待っていた。


「クレント卿。わざわざ足を運んで頂き、感謝致します」


「いえ。王国の家臣として当然の事。我が領地で起きた事で殿下のお手を煩わせてしまい、大変申し訳なく」


 リビングでルカと対面した瞬間、アズラは深く頭を下げた。従者であるロイはその場で片膝をついて最上位の敬意を表す。王城で行われるようなやり取りを初めて見たクルツは「ほへ~」と呆けていたが。


 王女の威厳たっぷりな雰囲気がしばし続くが、それをぶった切ったのもクルツだった。


「まぁまぁ、座って話そうよ」


 全員をリビングのテーブルに誘い、アズラが持ってきてくれたドーナッツを皿に取り分け始めた。どうやら中央区で美味しいと噂のドーナッツはハチミツがたっぷりとかかった物のようだ。


 従者であるロイはすぐに手伝いを申し出て、彼は優秀な執事っぷりを発揮しながら紅茶を淹れていく。


「ロイさんも座って下さい。長くなりそうなので」


 クルツの勧めと主であるアズラの「座りなさい」と一言もあってロイは恐縮しながら席につく。全員が着席したところでルカによる今回の現状報告と経緯説明が始まった。


「――というわけで、アカデミー……いや、フリードマン伯爵はアーバンさんから技術を盗んだと思われます」


「なるほど……」


 手紙にも記載していたが、改めてルカの口から説明を聞くとアズラは眉間に皺を寄せた。手で顎を摩りながら考えを巡らせる彼の顔には怒りの感情が少しだけ滲み出ているのが見えた。


 それも当然だろう。他人の領地にやって来て、領民が考えた成果を横取りしたのだ。それも伯爵という貴族位を持つ人間が。


 これらルカの推測が真実であれば完全に犯罪行為である。アズラとしては格下の貴族に好き勝手されてメンツを汚されたのもあるし、格下貴族に上位貴族がしてやられるなど王都においての評判もよろしくない。


 貴族間で起きた揉め事となれば『貴族流』の手段で相応の罰を与えねばならぬが……。


「今回の件、殿下が頭となって動いた方がよろしいかもしれません」


 アズラの言葉はルカにとって予想外のものだった。


「よろしいのですか? クレント卿の領地で起きた事ですし、クレント家の評判も……」


 ルカが戸惑う理由は「クレント家がナメられたままになってしまうが良いのか?」という事だ。王都に住む貴族達は地方貴族を下に見る傾向がある。それは国の中心部である王都で生活しているという驕りからだろう。


 特に地方都市の中でも王都に次ぐ発展と経済成長を誇る領地の領主であるクレント家はやっかみが向けられやすい。


 しかし、アズラは首を振った。


「正直言えば……。失礼な物言いで申し訳ないのですが、私はあまり王都に興味がありません。他の貴族が何を言おうと気にしませんよ。ですが、領民に関する事は別です」


 そう言いながらアズラは真剣な顔で真っ直ぐルカの目を見つめた。


「領民の成果を横取りする事は許されざる事です。私が陛下に直訴するよりも殿下が直接言って下さった方が話が早い。アカデミーやフリードマン伯爵を調査する件も王女殿下の案件となれば最速で行われるでしょう?」


 アズラの言い方は「王女様を利用しますよ」と言っているようなものだ。ただ、そこに私欲は無いのだろう。あくまでも領民が被った被害を早く取り返す為に王女の協力が欲しいといったところだろうか。


「何卒、我が領民の為に力添えを頂きたく」


 その証拠にアズラは席を立って深く頭を下げた。


「顔を上げて下さい、クレント卿。貴方の意思は分かりました。この件は王女として全力で解決します」


「ハッ。ありがとうございます」


「まずは王都での調査結果を待たねばなりませんが……。私の予想ですとフリードマン伯爵の独断でアカデミーは関与していないと思っています」


 ルカが私見を述べるとアズラは「どうしてですか?」と目で訴えた。


「フリードマン伯爵はご存知ですよね?」


「ええ。うちの領地にも店を出店していますからね。魔導具店の老舗といえば彼の店を口にする者も多いでしょう」


 フリードマン伯爵は今年で70になる魔導師だ。しかし、彼は決して腕の良い魔導師ではなかった。だが、魔導師として成功はしなかったが経営者としては成功した。


 若い頃に魔導師の道を諦めた彼は、実家の財力と地位を利用してアカデミーから優秀な魔導師を数名引き抜くと魔導具店の経営をスタート。


 王国において魔導具が最も発展した時期、同時に魔導具店の建設ラッシュが起きた黄金期では、経営者としての手腕を発揮しながらライバル店を悉く押し退けて大手と呼ばれるほど成長させた。


 今では出店数や取り扱い商品の品目に敵う他店は無く、老舗と呼ばれるほどの地位を得た。


 大迷宮都市クレントの他にも他領地のメインストリート沿いに支店を出店するほどで、王国内の新米から熟練冒険者まで幅広い層が『フリードマン魔導店』を利用している。


「彼はアカデミーに多額の資金を出資しています。彼がアカデミーに声を掛ければ人員や研究室を借りるなど造作もないでしょう。アカデミーの役員も出資者には弱いですからね」


 アカデミーは出資者に対して言われるがまま、とまでは言わないがそれに近い状況になるだろう。特に大口の出資者であるフリードマンの要請は断りにくい。


「となると、成果を奪ってアカデミーで研究と実験を繰り返し、軌道に乗れば自身の店で独占販売を図る……ここまでがフリードマンの考えですかね?」

 

「恐らくは。もしくは王城に売って対価を得るか、ですね」


 市場には出さず、王城に設立された王宮魔導師達に売って国防に利用してもらう。国防に貢献したとなれば王から褒美を賜れるだろう。


 褒美の中身は本人の希望にもよるが、こういった場合は『爵位』を希望する事が多い。フリードマンは侯爵の座を狙っているのかもしれない。


「あり得ますね。ですが、実際どうなんですか? 複合属性人工魔石は作れそうですか?」


 そうルカに言いながらもアズラはクルツへ顔を向けた。


 一斉に注目されるクルツは美味しそうにハチミツ塗れのドーナッツを頬張っていたが、口の中の物を飲み込むとアズラの問いに対して見解を述べる。


「時期は分かりませんけど、生成まで行くと思いますよ。今でも未完成とはいえ、2つを1つに融合させてますからね」


 クルツは完成に掛かる期間は「1ヶ月後かもしれないし、10年後かもしれない」と期間については明確な答えを出せなかった。ただ、それでも成功する見込みは十分にあるし、ゴールまでは限りなく近いと告げる。


「ふむ。君は完成までに足りない物を知っているのかい?」


「うーん。アーバンさんはクズ魔石を破砕して魔力を発生させていましたが、あれが原因だと思うんですよね」


 クルツが自分の手を見つめながらそう言うと、ルカが「どういう事?」と答えを求めた。


「師匠曰く、魔力持ちの人が魔力を放出した時の魔力と魔石を粉砕した時に放出される魔力。これは同じ魔力であっても性質が違うみたいなんですよ。これと同じように同じ属性の魔石にも個性があるみたいなんです」


 クルツは昔、素材に魔力を与える際に魔石を使えば一度でより多くの素材に纏めて付与できるのではないかと考えた。謂わば、アーバンと似たような発想だ。 


 それを大魔導師クレアに告げると「魔石と人体魔力は性質が違う。横着するな」と怒られたそうで。


「人工魔石を使っていると、同じ魔導具であっても稼働時間にバラつきが起きませんか?」


 今では各家庭に普及した魔導コンロを例に挙げてみよう。魔導コンロには火属性の人工魔石を2つ使う。2つの魔石をチャージし、並列設置して稼働する期間は大体1週間だ。


 だが、この稼働時間には想定された時間よりも長かったり、短かったりと誤差が生じる。


「このバラつきは人工化させる際に使われた魔石の種類、採取元に影響していると思うんですよね」


 火属性の魔石として採取される代表格はファイヤーアントと呼ばれる火を噴く蟻の魔獣だ。討伐しやすく、更にか数が多いので魔石の供給にはもってこいの魔獣である。


 次に稀な存在ではあるがファイヤーバードと呼ばれる火の翼を持った鳥の魔獣からも同様に火属性の魔石が採取できる。こちらはファイヤーアントから採取した同じ大きさの魔石であっても魔力放出の勢いが違うとクルツは語った。


「放出の勢い?」


「なんて言えばいいかな。魔力が放出する際に出る雰囲気? 圧? が違うんですよ。魔石そのものよりも、人間が出す魔力の質の方が滑らかで上質なんです」


 首を傾げるルカに対してクルツは「上手く言えない上に体感で申し訳ないけど」と謝りながら、同じ大きさ、同じ属性の魔石であっても採取元――魔獣の種類によって違いがあると告げる。


 要は同じ火属性の魔石で同じ大きさであっても、魔石の性能を数値化すると違いが出るという事だろう。この数値化はされていないし、クルツ自身も体感と言うように魔石の違いについて詳しい検証は行っていない。


 師匠なら分かるかもしれないけど、と弱々しくクルツが感じた違いについて述べた。


「つまり、複合属性を作る際に適した魔石や素材があると?」


「そう! そういう事です!」


 それが言いたかった! とクルツはアズラの言葉に強く同意した。


 これから開発される全ての魔導具に当てはまる事だが、現実にしたい効果に対して適した素材がどこかに眠っている可能性は高い。既に明らかになっている素材の効果や効能以外に組み合わせ次第では化ける可能性だって十分にある。


 それにまだまだ迷宮には未知なる魔獣が存在しているのだ。南の国で見つかった新しい迷宮然り、クレント大迷宮だって更に下層への入り口が発見されて調査が進めば新しい魔獣が発見されるだろう。


「だから、限りなく体内魔力と似た性質を持つ魔石、もしくは素材の組み合わせによって作られた最適な魔導設備が揃えば完成に至ると思うんですよね」


 故にアーバンの理論を現実にするならば一人でやるよりも、アカデミーのような専門家が多い場所で研究を続ける方が近道であるとクルツは付け加えた。


 何事も同じかもしれないが人の数は力だ。


「なるほど。だから期間は分からないのね」


 ルカとアズラが納得すると、二人の表情は余計に強張った。


「猶更早く調査しないと」


「ですね。伯爵に功績を独占されてアーバン氏の名は世に出る事は無いでしょう」

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