第20話 王都の金持ち老人
ルクシア王国伯爵位を持つフリードマン家は古くから存在する家だ。
元々フリードマン家が爵位を得たきっかけは先祖が他国との戦争で武功を上げたからであった。その際に時の国王から子爵位を与えられて貴族の仲間入りを果たす。
騎士を代々輩出する武官の家系として地位を維持し続けていたが、初代当主以外はあまりパッとしない活躍が続く。
そこから数十年後、フリードマン家に生まれた長男――ライドゥが誕生した事でフリードマン家は大きく躍進する事となった。
ライドゥは歴代当主と比べて体格に優れず、力も弱くて臆病な男だった。幼少期は騎士であった父親に剣術の稽古を強制され、才能の無さに呆れられてしまう。
家の中では父親からの風当たりが強く、どうにか自身の価値観を示そうとしたライドゥは当時注目を浴び始めた『魔導師』に目をつけた。武術よりも学問を得意としていた彼が目指すには打倒な職業だったと言えるだろう。
その当時はまだ王立魔導アカデミーという組織は無く、魔導師としての活動は個人が自宅で行うのが常であった。現在では魔導師を名乗る為にアカデミーを卒業して資格を得なければならないが、当時はそのような資格制度も無いので知識があれば名乗り放題だった事も注目すべき点だ。
同時に王城で定期的に開催されていた発表会にて己の知識を披露する事がスタンダードであり、王城で開催される発表会に関しては爵位持ちであれば誰でも参加できるといった間口の広い状態だった。
特に王城での発表会には稀に有名な大魔導師の姿も見れるとあって、彼女見たさの野次馬も含め多くの貴族が毎回参加していた。
しかも、多くの貴族が見守る中で王宮魔導師から高評価を得られれば『有能』として認められる。父に才能無しと断言されてしまったライドゥにとって、これほど父を見返すに適した舞台はない。
自分が認められれば自分の価値が示され、更には家としての地位や格も向上するだろう。これで見返してやれると彼は内にどす黒い感情を秘めていたのだ。
彼は何度も発表会に見学者として足を運び、審査員となる王宮魔導師好みの題材を探った。実用性や即効性は皆無であるが審査員へのウケが良く、成功すれば賞賛を浴びれるような下心が透けているような題材を選んだ。
それはあまりにも国や国民に対してメリットを生まぬ内容だ。
意気揚々と会場となる広間に赴き、自信満々で理論を発表。見学者含め審査員となる王宮魔導師達からの評価を待っていたのだが……。
「ゴミクズ共め」
そう放った人物はタイミング良く発表会に出席していた大魔導師クレアだった。
長く綺麗な金髪にルビーのような赤い瞳。透き通るような白い肌と整った顔の造形。絶世の美女と称えられる外見からは想像できないほどの言葉を口から吐き出した彼女は、審査員となる王宮魔導師と
「所詮は権力と地位向上を狙ったアホウ共のお遊戯会か。何が魔導師だ。お前らなんぞ魔導師と語る資格は無い」
貴族達に対して忖度する王宮魔導師。魔導具普及の発起人となった王妃が国民の生活向上を謳っているにも拘らず、地位や権力の事しか考えぬ欲深き貴族達。どれもこれもクソ以下だ、と彼女は罵った。
彼女の罵倒に対して怒声を上げる貴族もいたが、それでもクレアの態度は変わらない。彼女は発表を終えたライドゥを指差して更に言い放つ。
「このガキが良い例だ。王宮魔導師などと肩書に浮かれる馬鹿にウケるような言葉を並べるだけだけじゃないか。基礎理論も出来ていない。どうやれば完成に至るかの道筋もない。ただ自分の願望や都合の良い結果を口から吐き出しているだけだ」
夢と未来はでっかく。だけど、そこまでに至るまでの方法や手段は曖昧。理論としても最低で、それが絶賛されるのは魔導師もどき共にモラルと基礎知識が無いからと指摘する。
「このままでは三流以下のクソしか生まれん。アレクシス、母親に言っておけ。教育を施す専門の学園設立と魔導師は国の認可制にしろとな」
それだけ言い残して、彼女は発表会の場から立ち去った。ざわつく場に残された中、当時まだ青年だったアレクシスが慌てて後を追い、貴族達は不敬な態度を取る大魔導師を罵倒するような言葉を囁く。
だが、この事件から半年後。ルクシア王国には王立魔導アカデミーが誕生した。
以降、魔導師と名乗るにはアカデミーを一定の成績で卒業せねば名乗れなくなる。これは貴族も庶民も同じ条件だ。理由としては時の国王が放った「このままでは世界の技術水準に遅れを取りかねない」の一言に尽きるだろう。
貴族特有の派閥内での忖度などに影響しない、ちゃんとした教育と審査が必要であると真剣に考えた結果だ。
そんなわけで、ルクシア王国国内で『魔導師』を語っていた者達は篩に掛けられる事になった。優秀な者は優秀、無能は無能、優秀な人材を集めて発展させたい国の考えとしては当然の政策だろう。
当然、父を見返したいライドゥもアカデミーに入学。魔導師として認められるよう勉強をイチからやり直して卒業した。
卒業はしたのだが、特別優秀な成績でもない。父を見返してアッと言わせるような魔導具開発も在学中にできず、そのまま彼は『底辺よりも少し上』の位置に収まった。
「私は……! 私はこんなはずじゃ……!」
父を見返せず、魔導師としても凡以下、何もかもが中途半端。彼は自身の研究室で世の中を呪った。そして、最終的に辿り着いたのはアカデミー発足の切っ掛けとなった事件と影響を及ぼした人物である。
「大魔導師クレア……!」
あの忌々しい女が何もかも悪い。彼女に憎しみを抱いたライドゥは、彼女に屈辱をくれてやろうと憎悪に満ちた炎を内に燃やす。だが、これが彼の才能を発揮させる切っ掛けになったのだ。
ライドゥが当初考えた計画は大魔導師を越える魔導師を誕生させる事だった。
最初は自宅の研究室を優秀とされる在学生に使わせ、恩を売る事で新人の青田買いを始めたのだ。ゆくゆくは彼等在学生が頭角を現わせば、自分が好き勝手操れるよう下衆な考えを持ちながら。
ただ、この計画はすぐに資金難に陥った。そこでアカデミー卒業第一期生達が独自の魔導具店や工房を持ち始めるのを見て、彼も魔導具店の経営をスタート。
優秀な者達を引き入れながら店の経営を続けていくと、彼は自分の才能に気付く。自分は騎士や魔導師よりも経営者としての才能があると気付いたのだ。
そこから計画は路線変更。大魔導師を越える魔導師を作るのではなく、魔導具店を大きくして王国イチの財力を得る事にした。その金でアカデミー、貴族界隈をコントロールして……最終的には大魔導師すらも金で買ってやろうと。
実際、彼は店が成長していくに連れて色々な物を手に入れてきた。
見下していた父からの謝罪、経済効果を認められた末の爵位向上、美人な嫁、アカデミーへの影響力、貴族界隈での金を餌にした太いパイプ。
色々な物を手にしてきたライドゥが今一番欲するもの。それは血統だ。
「どうしてルカ王女がクレントなんぞに向かったのだ!」
時は進み、現在。ライドゥは今年で80になる老人だ。顔には年相応の皺が刻まれ、昔は栗色だった髪が白髪に変わっている。
だが、彼の野望と威勢だけは未だ老いていなかった。執務机越しに立つ執事に鋭い目付きを向けながら怒声を浴びせ続ける。
「調査は行っていますが……。どうもクレントにいる大魔導師へ師事を乞う為に向かったと噂が流れております」
「また大魔導師か! 一体いつまで私の邪魔をする気なんだッ!」
何が腹立つかと問われれば、彼は「爵位も持たない女が偉そうに」と口にするだろう。
そんな女性に若き頃はクソ以下だと面と向かって言われ、王都や他領に出店するほど店を大きくしたにも拘らず未だ彼女の技術が最高峰と囁かれる。彼女への憎悪は老人になった今でも燃え上がっているようだ。
ライドゥ曰く、金で買えない物は無いのだとか。事実、彼は金の力でここまで権力を手に入れた。爵位は伯爵なれど、上位貴族に金を貸しているせいかそれ以上の権力を有する。
そんな彼が次に手に入れたかったのは、先ほども語った「血統」である。つまり、王家の血だ。
「うちの孫と王女を結婚させ、フリードマン家は名実ともに最高位を手に入れるのだ! そうなれば大魔導師なんぞこの国から簡単に排除できるッ!」
第三者が聞いていれば「耄碌した年寄りの戯言」もしくは「老害の夢物語」と言うに違いない。金のせいか、それとも歳のせいか、最早彼に正常な判断力は残っていなかったのかもしれない。
家を大きくした功績と一族最高の経営手腕があるせいで彼を一線から退かせられなかった家族の罪でもある。
「大魔導師が住む家は特定できているのか?」
「え? は、はい」
ライドゥの問いに執事は頷いた。すると、老人はニヤリと口元を歪める。
「ならば家を燃やせ。大魔導師ごと燃やしてしまえば良い。師事を乞う相手がいなくなれば王女も王都に戻って来るだろう?」
さすがに執事もこの提案には焦りを覚え、止めた方が良いと口を出した。だが、その直後に彼の頭には銀色の灰皿が飛んで来た。
「馬鹿者めッ! 我が家の繁栄に口を出すな!」
こうなれば誰にも止められない。例え数十年仕える執事であってもだ。ライドゥは召し抱えている仕事人――金で何でも行う者達を招集せよと命じる。
応じなければ更に状況が悪化すると感じた執事はひとまず命令に従うフリをした。
「まずい、非常にまずい……」
事情を知る執事が取れる手はライドゥの孫に全てを話して止めてもらう事だ。彼は孫に全てを話し、共にライドゥの愚行を止めるべく再び執務室へ向かったが……。
「お爺様! 一体どういう事ですか!?」
事情を聞いた孫と執務室へ突入した時には既に遅く。ライドゥは他の者に言い付けて仕事人を招集するとクレントに向かわせてしまったのだ。
「何を言うか! 全ては家の為だ! 私のする事に口を出すなッ! 私がこの家をここまで大きくしたんだぞッ! 私こそがフリードマン家で最も偉大な者なのだッ!」
「そんな事を言っているから父上も母上も病んでしまったのではないですか! いい加減にして下さい!」
祖父の暴走も今回に限っては洒落にならない。万が一、王女に何かあれば反逆罪で一族全員の首を刎ねられても不思議ではないからだ。
まともな思考回路を持つ孫の堪忍袋も遂に切れた。父親と母親に罵声を浴びせ続けて精神的に追い込むだけでは飽き足らず、今度は自分の人生までも巻き込んで家を終わらせるつもりか、と。
孫は執事と共に執務室を出ると、外出の準備をしてくれと命じる。
「どこへ行かれるのですか?」
「今回ばかりは状況がマズイ。陛下に事実を伝えに行く」
既にライドゥは刺客を放った。だが、知っていて黙ったままでは自身にまでとばっちりが舞い込む。現時点でも知っている事全てを話し、少しでも保身に走るべきだと。
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