第16話 魔石加工術 1


「冷蔵室を?」


 クルツがルカに最初に改良してほしいと願う冷蔵室。


 これを簡単に説明すると、室内もしくは箱の中に取り付けられた冷気が出るユニットを配置して、中の温度を下げるという仕組みである。


 極論、ユニットを設置できる密室・密封される場所であれば何でも「冷蔵室(箱)」と呼べる物になるだろう。


「庶民家庭に普及させるのは追々として、まずは輸送組合向けに作ってみない?」


 クルツが提案したのは販売ターゲットを庶民に定めるのではなく、まずは遠方地から物を輸送する輸送組合に対してだ。


 現在、輸送組合は馬車を利用した輸送方法を主に使用している。例えばクレントで採取された素材を積み、王都まで馬車で運ぶ。この間、補給や馬の休憩も含めて移動距離は5~6日が想定される。


 この日数を要するとなると基本的に生肉・鮮魚等の『生物』の輸送は難しい。季節によって可能となる品物もあるかもしれないが、オールシーズンいつでもというわけにはいかないだろう。


 日持ちする加工品や穀物類の都市間輸送はあるものの、ルクシア王国内では基本的に各地で食糧を生産する領地内自給自足システムがベースになっている。輸送可能な穀物、加工製品のみが輸送品として対象になっているくらいで、主な輸送品目は「腐らない物」に限定されているのが現状である。


「でも、馬車に冷蔵箱を積めたら海沿いの街や都市から鮮魚を輸送できそうじゃない?」


 迷宮都市クレントは内陸に位置するため、都市内にある市場で販売されるのは付近の川で獲れた川魚のみだ。海の幸は基本的に食べられないし、食べたければ現地まで旅行に行かなければならない。


 遠方に旅行して美味しい物を食べるのも旅行の醍醐味ではあるものの、やはり住まいの近くで普段食べられない物が買えれば便利だ。それに輸送が可能になれば食堂で『海の幸定食』がメニューに並ぶかもしれない。


「それって……。要はクレントで海魚を食べたいってこと?」


「……うん」


 ルカの問いにクルツは目を逸らしながら頷いた。


 改良してほしい理由がまさか「海魚が食べたい」という単純な理由だったとは。ただ、こういった単純な動機が便利な物を開発する動力源となったのはよく聞く話だろう。


 クルツはまさにその単純な動機でルカにお願いしているのである。


「なにそれ。でも、面白いかもね」


 真意を知ったルカは呆れたものの、庶民の食糧事情が豊かになる可能性も秘めていると思い立った。


 食料輸送品目が増えれば都市間での経済が活発になるし、各都市での料理文化発展の手助けになるかもしれない。それに、地方で飢餓が起きた際にも輸送する食糧が痛まないので確実性が増すというメリットも考えられたからだ。


「庶民家庭用は小型化とコスト削減を目指さないといけないけど、馬車に積むタイプならある程度は大きくても問題ないし……。最初の課題としては良いかもしれないわね」


 馬が引ける重量とサイズまでなら大きくしても問題無い。そういった意味では、ルカが最初に手掛ける改良品として丁度良いとも言える。


 開発において最も重要な課題は輸送コストとの兼ね合いだが、まずは試作品としてアカデミーに提出してみるのもいいだろう。


 許可が下りれば実際に輸送組合でテストしてもらい、問題点をピックアップしながら更なる改良を続ければより良い物が出来上がるはずだ。


「じゃあ、基本構造から見せてくれる?」


「うん、いいよ」


 最初に改良する物が決まったルカは、早速改良作業の準備に取り掛かった。


 朝起きた時に着替えたスカートとノースリーブの白いシャツから、アカデミー時代に作業用として使っていた作業服――生地が厚めのシャツと作業ズボン、それに耐熱効果を持ったエプロン――に着替えてやる気満々だ。


 対し、クルツは作業場の隣にある物置きから予備の冷蔵室用ユニットを取り出して準備完了。


「これがユニットだよ」


 クルツが床の上に置いたのは銀色の長方形をした箱であり、腰の高さほどの大きさをもっていた。箱の上下に小さな穴が多数開けられていて、そこから冷気が出る仕組みのようだ。


 まずは内部構造にアクセスするための前面にある鉄板を外してみせた。


 中には銅の板が2枚あって、各板には古代文字で作られた文字回路が刻まれている。片方の板に刻まれた魔導回路の終点となる部分に拳大の魔石が設置されており、2枚目の銅板と銀の糸で接続しているといった簡単な仕組みだ。


 といっても、文字数を少なくしながらもスペックを発揮できる古代文字を使っているからこそ、これだけ簡単な構造で出来上がっているのだが。


 ただ、ルカが注目したのは魔導回路ではなく魔石の方だった。


「この魔石って……?」


 それは彼女がこれまで見た事が無い物で、白い雪を固めたような白色をした魔石。冷蔵室に使う魔導具なので、使う魔石は水と風の特性を備えた2種類の人工魔石を使うことで冷気を発生させると予想していたのだが……。


「それは複合属性を持った人工魔石だよ」


「ふ、複合属性……?」


 クルツが口にした言葉を聞き、ルカは「まさか」と口元を引き攣らせた。


「水と風の属性を持った魔石をニコイチした人工魔石だね」


 要は2種類の魔石を合体させ、両方の属性を持たせた魔石だという。クルツは簡単に言っているが、これはとんでもない事である。


 なんたって、現在では複合属性魔石など存在しない。複合効果を実現したいのであれば単一の属性をそれぞれ使うしかないからだ。故に複合属性効果を持った魔導具は魔石が複数個必要としてしまい、コスト的に増加してしまう。


「ほら。真ん中に魔力管があるでしょ?」


 人工魔石の特徴は魔石の中心にある魔核に刺さったミスリル製の細い針がある事だ。魔石の外側から魔力伝達率に優れたミスリル針を魔核まで刺し、ミスリル針を摘まみながら魔力を注ぐと魔核に魔力がチャージされるという仕組みである。


 この仕組みによって、魔核が持つ内部魔力が切れても体内魔力を注ぐ事で再度充填・活性化ができるのだが……。


 勿論、彼女が言いたいのはそこじゃない。


「ニコイチってどういうこと!?」


 魔石を加工する範囲としてはミスリル針をぶっ刺すくらいしか実施されていない。2つの魔石を1つに組み合わせるなど、未だ成功例は発表されていなかった。


 アカデミーで複合属性を持つ人工魔石の製作実験が行われているという話は聞いた事はあるが、まだ成功したという話も聞いた事がない。


 魔核を覆う外殻――宝石のような部分――は魔力を逃がさないようにする重要な部分であるし、外殻を溶かしたり削りすぎると魔石の機能が不安定になってしまう。


 加えて、魔核は短時間でも空気に触れていると貯蔵している魔力を放出しながら自壊してしまい、魔石としての機能を失ってしまうのだ。


 故に現在流通している人工魔石も、ミスリル針を刺す際は魔核が空気に触れないよう特別な魔導具や魔導物質を用いて行う事が常識である。


「魔核は空気に触れると自壊しちゃうけど、魔力の膜で包み込んであげれば壊れないんだ」


 クルツは「見ててね」と言いながら、魔石が入った箱の中から適当に2種類の魔石を取り出すとテーブルの上に置いた。


 2つの魔石を並べて置き、手をそれぞれの魔石の上に置く。すると、彼の手の平から虹色の魔力が発生して両方の魔石を包み込んだ。


 ルカもこの虹色の魔力は過去に見た事がある。彼女がクルツと初めて出会った日、彼が白い石を加工した時に見せた光だ。


 虹色の光で包まれた2つの魔石は、光の膜に覆われながらもドロリと溶けて粘土のようになっていく。この際、外殻で覆われていた魔核が露出するが自壊が始まる素振りは見せなかった。


 クルツがそのまま両手を合わせるように移動すると、膜で覆われた魔石が1つになっていく。


「う、うそ……」


 未だ虹色の光に包まれる魔石は紫色の魔石へと変化する。内部にあった魔核はくっつきあって、サイズアップしながら1つに融合。確かに2つの魔石が1つに合体したのだ。


「風と火の魔石を合わせたから、これは雷属性だね」


 そう言いながら、クルツは雷属性を持った紫色の魔石を包む魔力を片手で維持し続ける。空いた手で魔力供給用の芯となるミスリル針を持つと、ミスリル針も魔力で覆って魔石に突き刺した。


 ミスリル針はぐにゅんと粘土に刺さるような様子を見せて、魔核を自壊させずに接触する。2つを1つにする事も驚きだが、特殊な魔導具を用いて行うミスリル針の挿入作業を己の魔力だけでやってのけたのだ。


「…………」


 一部始終を見ていたルカは開いた口が塞がらない。


「完成~」


「い、いや、完成って……。ええ……?」


 彼女がここへ来てから、これで何度目の常識崩壊だろうか。ただ、目の前で起きた事は現実で、確かに複合属性を持つ人工魔石が完成してしまったのだ。


 大魔導師式だからこそ出来る事なのか。それともクルツだけが成し得る特別な事なのだろうか。そう問うルカだったが、クルツは首を振った。


「これ、魔力を持った人なら誰にでも出来るよ」


「え!?」


「魔石の外殻を柔らかくするには反属性の魔力を与えればいいし、魔石全体を魔力で包む事で魔核が内包する魔力を維持できるからね」


 クルツ曰く、水属性の魔石であれば反属性である火の魔力を与えれば魔石の外殻が持つ力を中和できると言う。そうすると先ほどやって見せたように外殻が粘土のように柔らかくなるようだ。


 外殻を中和すると同時に純粋な魔力――属性を持たない魔力であり、現代では無属性のような扱い――で粘度化した魔石を更にを包み込んでやる事で、魔核は常に魔力を供給している状態になって自壊する恐れもない。


 故にこの方法を使えば加工し放題だと彼は言った。極論言えば丸い宝石の状態から板状に加工する事も可能であるし、星型に加工する事だって可能だ。


「僕が師匠から最初に教わったのは素材に魔力を与える事だったんだ。魔獣素材は魔力を与える事で本来持つ効果が活性化するし、魔石は中和して加工できるようになるからって」


 大魔導師曰く、これが魔導師――いや、魔法素材を扱う専門家である錬金術師の基本であるそうだ。元々はエルフから伝わった加工法だそうで。


 現在では魔獣素材に魔力を注ぐ方法は続けられているものの、魔石に対する加工法は使われていない。


 使われなくなった理由は不明であるが、魔石1つ加工するのに時間も掛かる上に精神的な疲労を覚える。魔導具量産化が活発なこの時代に合わないという理由が大きいのかもしれない。


 あとは、人間全員が魔力を持っていないという事も要因の1つだろう。


「錬金術師の格差を失くすために敢えて使わなかったのかしら?」


「さぁ、そこまでは定かじゃないけど……」


 何分、クルツが聞いた話もクレアがエール瓶を抱えている時に聞いた話だ。彼女の作り話なのか、それとも昔あった本当の話なのか。


「でも、魔力持ちの人って得意な属性魔力以外は放出できないんじゃないの?」


「今の魔力持ちの人って得意な属性を見極めているでしょう? でも、本来は全ての属性魔力を発する事ができるんだ。属性は違えど、元は魔力そのものだからね」


 曰く、魔力持ちの人間は出力にバラつきはあれど全ての魔力を扱える。だが、現代では得意・不得意といった型を嵌めてしまっている。


 人間の中にいる魔力持ちが火属性魔法の効果を持った杖を使うと効果が十分に発揮され、対して水属性の効果を持った杖を使用するとうまく扱えない。また別の人物は逆に火の杖がうまく扱えなかったり。これが得意不得意の差だ。


 これらは個人が持つ魔力的個性といった方が正しいかもしれない。


「でも、練習すれば誰でも使えるよ」


 僕がそうだったようにね、とクルツは笑顔で言った。毎日毎日、何度も何度も同じことを繰り返して――今となっては息をするように行使できるようになったと笑顔で言うのだ。


 だが、ルカとしてはその笑顔が恐ろしい。


 幼少期の頃から苦にも感じないよう、身に擦り込むように訓練されてきたクルツの境遇は、世間一般から見れば異常だろう。


「ねえ、クルツは魔導師になる事が嫌だと感じた事はないの?」


 ルカは少し表情を暗くしながらそう問うた。


 彼女はクルツの過去を全て知っているわけじゃない。知っている事は捨て子だった彼が魔導師に拾われたという事だ。


 彼が大魔導師に拾われなければ別の人生があったかもしれない。その未来を想像した事はあるのだろうか。大魔導師の元で暮らしながらも、別の人生を選択しようとは思わなかったのだろうか。


「んー。想像した事はあるよ。でも、僕は不器用だし、上手くいきそうにないしね」


 のほほんと笑うクルツは「別の職業では役に立てそうにない」と零した。


「正直言えば、冒険者の人とかギルドの人とか……。毎日、色々な事をして社会に貢献している人は凄いと思う。僕は計算も得意じゃないし、魔獣と戦う事もできないし」


 そう言いながら、彼は「でも」と付け加えた。


「僕は師匠に感謝しているよ。魔導師として生活できるように育ててくれたし、今では僕の作った魔導具が誰かのためになっていると思えているから」


 そもそも、師匠に拾われなきゃ死んでたかもしれないしね。そう言った彼は嬉しそうに笑って続きを語った。


 自分が作ったポーションは「役に立つ」と言ってくれる人がいるし、マギー婆さんに薬を作ってあげれば「腰がよくなった」と喜んでくれる。社会貢献できていると感じられるのは大魔導師クレアが拾ってくれたおかげであると。


「それにアーベルやルカに出会う事もなかったろうしね」


「え? まぁ……確かにそうよね」


 大魔導師クレアがクルツを拾って育てなければ、ルカは彼と出会わなかった。初恋を覚える事もなかったし、努力を重ねて今一緒に生活している未来も無かったのだ。


 そう考えるとクルツの境遇に対して申し訳なさを感じてしまうが「良かった」と思ってしまう。なんとも身勝手な話かもしれないが。


 同時に自分が如何に恵まれているのか再確認できたのだろう。ルカは首をブンブンと振って、愚かな自分を振り払う。


「……馬鹿な事を聞いたわ。ごめんなさい」


「ううん。気にしていないよ」


「私、頑張るから。クルツの魔導具を改良して世の中をより良くするわ。それで、いつか……クルツが凄いんだって世間に分からせてやる!」


 ふん、と鼻息を荒くしながら気合を入れるルカ。


「え? ええ……?」


 だが、言われた本人は「僕が?」と困惑してしまうのであった。   

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