第15話 作業場の実態


 翌日、起床した2人は朝食を摂ってから早速魔導師としての活動を行うことに。


 本題に入る前に『魔導師』という存在について再度説明しようと思う。


 魔導師とは道具・武具・薬など、魔法効果を含んだ物全てを総合的に取り扱い・製作する者達の総称である。


 魔導師の起源はエルフとされていて、深い森の奥に住むエルフは魔法物質を自在に操り、道具・武具・薬に魔法効果を付与する――という逸話からそう呼ばれるようになった。


 当時のエルフは人間と今よりも深く関わっておらず、森の奥で暮らす謎の種族という部分が多かった。エルフと遭遇した人間が遭遇した際の話を語り、エルフとは人間よりも魔法を巧みに操る生き物というイメージが広まった事も起因の1つだろう。


 そういった経緯があるものの、現在の『魔導師』は魔法効果を持つ道具の総合制作者、魔法物質のスペシャリストといった位置付けだ。ルクシア王国王都にある魔導アカデミーでも各分野の試験をトップで合格せねば『魔導師』と国から認定されない。


 一方で、どれか1つのカテゴリしか取り扱わない者は魔導師と呼ばず、例えばポーションを専門とする者であれば「薬師」と呼ばれるし、素材の鑑定や効能の調査、素材同士の組み合わせに関する事を専門とする者は「錬金術師」だ。


 こちらは劣っているように見えるかもしれないが、各分野にも当然スペシャリストが存在していて、魔導師だからといって優れているわけじゃない。


 魔導師であっても各分野の専門家に依頼する事もあるし、助言を求める事だってある。まぁ、どこぞの師弟を除いてだが。


 それはさておき、前置きはここまでにしておこう。


「ここが作業場だよ」


 クルツはルカを作業場に案内したのだが……。ここでもルカは衝撃を覚えることとなる。


「嘘でしょ!? なんでシルバーベアーの素材が無造作に置かれているわけ!? ああ、これも! これもォォォッ!!」


 作業場を見学中、ルカが見つけたのは王都で「高級素材」として売られている素材の数々である。


 素材棚にそのまま剥き出しで置かれていた毛皮はシルバーベアーと呼ばれる凶悪な銀の毛を持った熊の魔獣から剥ぎ取った物。


 棚にあったのは背中部分の物であるが、王都での販売価格は何と一千万を越える。これは一般庶民のお父さんが稼ぐ年収の5~6年分相当だ。中堅貴族であれば2年ほどで稼ぐ金額だろうか。


 高額な理由はシルバーベアーが単純に凶悪な魔獣という事。並の迷宮冒険者では歯が立たず、見つけたら即逃げろと言われるような魔獣である。


 故に討伐数が少なく、市場に流通する素材の数も少ない。特に高額なのは毛皮で、これらは王族や貴族用にと仕立てられる高級毛皮コートに使用されたり、敷物として使われたりと用途が幅広い。


 他にも流通量の少ない高級素材はいくつかあったが、中でもルカが目を疑ったのは「魔石」の種類だ。


「ガーゴイルにヘルドッグ……? この2つだけで王都の一等地に屋敷が建つわよ?」


 紙に包まれた拳大の魔石を両手に持って、ルカは大きなため息を吐いた。彼女が言う通り、これら2つは特に流通量が少ない。王都で販売されるとなればオークション形式となるほど人気かつ希少な素材だ。


 コレクション用途でも人気の品で金持ち貴族や豪商が喉から手が出るほど欲しがる素材。因みに、王城の宝物庫に保管されるような貴重品である。


「でも、素材だよ?」


 しかし、持ち主であるクルツは「素材は素材」「使わないで取っておくとか何の意味があるの?」といった具合に首を傾げた。


 この2種類の魔石もクレント大迷宮で採れた物だ。A級冒険者が討伐し、持ち帰った素材を「世話になっているから」と譲ってくれた品である。


「クレント大迷宮は他の迷宮よりも難易度が高いからクレントを拠点とする冒険者達の質も高いっていうのは知ってたけど……」


 だとしても、宙を舞いながら鋭い爪で攻撃してくるガーゴイルと口から超高温の炎を撒き散らすヘルドッグは凶悪極まりない。王都騎士団でさえ苦戦するような魔獣だし、そんな魔獣の素材が貴重な物である事には代わりない。


 それをポンと譲れるクレントのA級冒険者とは一体、どんな生活を送っているのだろうか。


「んー。でも、その2つは主に武具用だね。普段の生活用魔導具開発に使っているのはこっち」


 そう言って、クルツは棚の下にあった木箱を開ける。中には比較的安価で買える種類の魔石があり、尚且つ小粒の物が多い。魔石は種類と大きさで値段が変動するが、クルツが普段使っている物は比較的常識的な物だった。


 物を見たルカはホッと胸を撫でおろす。超高級な魔石を使って開発された魔導具を市場流通仕様に改良するなど、基本的なスペックが違い過ぎて改良作業どころではないからだ。


「比較的、魔力をチャージしやすいサイズを使っているね」


 箱に入った魔石は子供の拳サイズの物。この魔石をとある方法で加工して、人工魔石――正式名称は人工加工済み魔石だが、略して人工魔石と呼ばれるようになった――へと加工する。すると、体内魔力をチャージ可能になるのだ。


 人工魔石に魔力をフルチャージして一般販売されている給湯器に使用するとすると、このサイズの容量は一週間で空になるといったところか。


 メインストリートに並ぶ魔導具店で一回のチャージ、もしくはチャージ済みの魔石1個と交換する代金は大体500ルクシアほど。一ヵ月分で2000ルクシアが平均的な値段だろう。


 使用する魔導具によって個数は変動するので、各家庭で使われている魔導具の数も大きく変わる。裕福であるほど魔導具に頼った生活を送るのがこの世界の常識といったところだろうか。


「やっぱり庶民にとってネックなのはリチャージコストよね。新しい魔導具を販売しても売り上げが伸び悩む理由がそこだもの」


 先ほど言った通り、普段使いする魔導具の数が増えれば増えるほど消費コストが上がる。これは庶民にとって手痛い出費だ。


 故に必需品となるような物以外は購入しない人が多く、魔導具業界の発展が遅れている原因でもあった。


 貴族は魔導具を複数購入するが、貴族という位を持つ人間の数は限られている。やはり、業界全体を発展させるには人数の多い「庶民」に購入してもらって魔導具の使い心地をフィードバックしてもらうのが一番だ。


「冒険者向けの魔導武具も同じサイズの魔石を使っているの?」


「ううん。武具用は用途によって変えているよ」


 次に引っ張り出した箱の中には生活用魔導具に使われる魔石よりも大きなサイズが用意されていた。


 種類がクレント大迷宮に多く生息する魔獣の物が揃っており、魔石の原価としては安い。ただ、その原価購入価格は「クレント内に限った価格」と言えるだろう。


「王都で購入したら少し値が張るわね」


 各迷宮で比較的多く採取できる魔石――特産品ならぬ特産素材として題される魔石は採取できる迷宮都市では安く買える。しかし、王都など離れた場所で購入するとなると仕入れ代が上乗せされてしまうせいで割高になってしまうのが現実だ。


「でも、クレントで採れる魔石ってバランスが良いわよね。各属性が満遍なく揃うし」


 ほとんどの魔石には属性という要素が存在する。例えば、魔獣の代表格である「スライム」は水の属性を持っている。


 杖に魔導回路を刻む際、水の魔法に変換する回路を媒体に刻んで核にスライムの魔石を使用すると、他の属性を持った魔石を使うよりも効果が高くなるのだ。


 生活用魔道具に関しても水を生むのであれば水の属性を持った魔石を使うのが効率良く、一般販売されている給湯器も水属性の魔石と火属性の魔石が核として使われている。


 各種属性を持った魔石が万遍なく手に入るクレント大迷宮は魔導師にとって非常に優れた環境を持つ迷宮だ。逆に北にある迷宮では土の属性特性を持つ魔石のみが多く採取されるので、魔石の価値としては偏ってしまっている。


 大迷宮を利用した迷宮都市経済から見てもクレントは非常にバランスが良く、王都の次に発展した都市と称されるのも頷けるだろう。


 余談であるが、以前エコーが修理依頼した魔法武具は魔石に付与された属性という項目をある程度無視できる。魔石に含む属性要素を活用するのではなく、体内魔力を魔石に取り込ませる用途で使われるからだ。


 魔石に体内魔力を流し込み、魔石自体をブースターとしての役割を機能させながら使用者が思い描く魔法を発動させるといった具合である。


 対し、魔導武具が単一の魔法しか使えないのは魔導回路のせいもあるが、魔石に含まれた属性を活かすよう魔導回路が組まれているからだ。


 このシステムは生活用魔導具にも応用されているので、人間が作り出した魔導具は武具も生活用魔導具もほぼ同じ仕組みと規格性を持つと言えよう。


「魔石についてはこの辺にしておいて、次は……」


 ルカは魔石を箱に戻し、次は生活用魔導具や魔導武具の製作に欠かせない金属素材に目をつけた。


 だが、この作業場に金属素材はほとんど置いていない事が判明する。


「生活用、武具用、どちらも知り合いの鍛冶屋さんにお願いしているんだ」


 クルツは基本的に金属の精錬や成形を行っていない。精錬には炉などの設備が必要になるし、住宅も兼ねているこの店では「火災防止」として設備設置の認可が下りないからだ。


「魔力を使って成形できるけど、万人向けとなると専門家にお願いした方がより良い物が出来るからね」


 クルツは魔導師であって、鍛冶職人ではない。元々完成された武具を修理するのは可能だが、万人が使うことを想定した武具を作るには経験や知識が足りない。


 逆に都市の鍛冶屋であれば長年冒険者用に武具を作っているのでノウハウが蓄積されている。


 クルツは知り合いに「○〇といった依頼が来ているので〇〇に合う剣を作って下さい」と注文して剣そのものを作ってもらい、現物に汎用魔導回路を刻んで魔法効果を付与するといった事が主となっていた。


 生活用魔導具については試作品がほとんどだし、外見の構造も簡単なのでクルツが金属塊を直接成形しているようだが。


「特に店の店頭販売している物は許可された物だからね。僕に直接依頼されるオーダーメイド品はゼロから作るよ」


 所謂、クルツの中では量産品と呼ばれる物――クルツの才能を知る者から許可を得た範囲で作った物――は、正直言えば他の魔導具店で売られている魔導武具と性能はほぼ変わらない。


 誰でも使えるように、という意味を含めても魔導剣の本体となる剣や魔導弓の本体となる弓などは鍛冶職人に作ってもらった方が良いというワケだ。


「私が改良するのは生活用魔導具だけになりそうね」


「そうだね。魔導武具に関してはギルドや国との話し合いも必要だし」


 あまりに優れた武具を開発してしまう事は、国にとって毒にもなる。以前語った冒険者が戦争利用される件が大きく関わっているからだ。


 優れた武具を国の騎士が使用するならば国防能力向上に繋がるが、魔導具店で冒険者が気軽に買えてしまうとなると話は別だろう。


 クルツに限らず、魔導武具を生産する魔導師は国から認可を受けた上で新規開発した物は王都の研究所に提出せねばならない。そこで許可を得た物だけを量産できるといった国の仕組みだ。


 といっても、国が「国家の危機」と考えるような魔法付与を行うのは魔導師クレアとクルツくらいなのだが。


 故にクルツが手掛けるオーダーメイド品を扱えるのも国・ギルド・領主に認可された者――A級冒険者の中でも人格的に問題無しとされ、離反や反逆をしないと認められた上で国と直接契約した者――だけに限られる。これまでクルツのオーダーメイド品を手にしたのは2人しかいない。 


 エコーのような元々持っていた魔法武具がパワーアップした場合は判断が難しいグレーゾーンといったところだろうか。


「うーん。どれを改良しようかしら?」


 候補は生活用魔導具に絞られた。ただ、それでも改良候補はいくらでも存在する。故にルカはどれから手掛けようか悩むが……。


「ルカ、もし良かったらこれを改良してくれないかな?」


 そう言ってクルツが指差したのは作業場に設置された冷蔵室だった。

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