第14話 美しき銀の姫 3


「家の中はこんなものかな? 分からない事があったらいつでも聞いてね?」


 決意を新たにしたものの、家にある家具や設備を全て紹介し終えた頃にはルカの精神力は大幅に削られてしまっていた。既にリビングのテーブルでぐったりとしながら、彼女は力無く「うん……」と返した。


「クルツがどれだけ規格外な物を生み出しているか改めて理解できたわ」


 王都にいる父、アレクシス王が王命までして規制している事。アカデミーの学長や王宮魔導師達が定例会の度に難しい顔をしながら重々しい議論を交わしている事。都市の領主、ギルドや教会の上層部が彼の存在を隠そうとしている事。


 これまでルカは彼等の考えをそこまで重く受け止めていなかった。だが、世の中と国の中心たる王都を知っているからこそ理解できる。


 クルツの技術力は異常だ。既に大魔導師と同等といっても良いだろう。だが、彼は頑なに「師匠の方が上」と言う。彼の言い分を疑っているわけじゃないが、大魔導師が本気を出したらどうなるのだろうか。


 想像するだけで頭が痛くなりそうで、ルカは考える事をやめた。


「今日は夕飯どうしよう?」


 ルカがため息を吐く一方で、本人は全く気にしていない様子。彼女に紹介した冷蔵箱を開けながら、中にある食材を見て悩み始めるが――


「ハッ!」


 ここでクルツの脳裏に電流が走る。彼はとても重要な事を忘れていた。


「ルカ、どうしよう!」


「え? なに!?」


「僕、料理作れない!」


 クルツとしては、ルカを「住み込みのお客さん」的なポジションと思っているようだ。彼が彼女を持て成す事がスタンダードであり、より良く過ごしてもらう為に毎食提供する料理は自分が用意する物だと考えていたのだろう。


 だが、ここが大問題だ。クルツは料理が作れない。ずぼらで大雑把な師匠と暮らしていたせいもあって「料理なんて適当でいいんだよ。食えりゃOK」の精神が染み付いている。


 加えて、最近もジジとの二人暮らし。ジジは生肉や生魚を主食としているし、自身もパンと簡単に作ったスープや切っただけの野菜をサラダと称した物しか食べていない。


 こんな事では王城暮らしのルカを満足させる事など無理だ。王城のシェフが作るような料理を出すには技量も材料も足りない。というより、そんな物作れる気がしない。


「いや、別に気にしないけど……。むしろ、私が作るわよ」


 居候させてもらっているしね。そう言いながら、彼女は冷蔵箱の中身を見た。まだ時間もあるし、外に食べに行こうかというクルツの提案を蹴って。


 育ち盛りの青年よろしく、冷蔵箱の中には肉の塊と野菜が少々。肉はジジに与える為でもあるのだがそれでも量が多い。ルカは「きっと、肉を適当に調理してパンに挟んだりそのまま食べているのね」と簡単に想像できたようだ。


「ルカ、料理できるの?」


「勿論よ」


 然も当然とばかりに頷くルカだが、内心ではガッツポーズをしていたに違いない。早速王城で積んだ「花嫁修業」の成果を見せる時が来た、と。


「あ、チーズがあるじゃない。牛乳もあるわね。今日はグラタン作ってあげる」


 ササッと必要な材料を取り出して、ルカは着ていた白いシャツの袖をまくる。キッチンの壁に掛けてあったクルツのエプロンを身に付けると、調理器具を用意して料理を始めた。


 彼女の後姿を茫然と見つめるクルツの視線を感じながらも、彼女は王城で練習した通りに料理を作り始めた。


 トントントン、と心地良い包丁の音。テキパキと迷う事無く進める料理工程。料理が出来ないクルツから「すごい」と感想が漏れた。


 途中、オーブンの使い方をクルツに教えてもらいながらも、あっという間に簡単なグラタンが出来上がった。


「簡単な物だけどね」


 店の料理人が作るグラタンと比べたら準備も食材も足りないだろう。あくまでも家庭料理で作られるような時短料理に近い。


 冷蔵箱の中にあった鶏肉を大きめにカットして、他に使っている食材は玉ねぎとピーマンくらい。ホワイトソースは牛乳とバター、細かく削ったパンを使った物。


 皿に具材を盛ったらソースをかけて、残しておいたパン粉もどきにチーズを多めに塗して焼く……といった具合。


 加えて、家にあったパンも合わせれば立派な夕食と言えるだろう。ジジにも魔獣肉をレアで焼いて、食べやすいよう切った肉に少しだけチーズを掛けて差し出した。


「ルカ、すごいよ!」


「ワフゥ! ワフゥ!」


 時短料理だというのに感激の声を上げるクルツ。もしかしたら、料理ができない故に家での食事は本当に簡単な物しか食べていなかったのかもしれない。


 ジジでさえ「うめえ!」と鳴き声を上げるくらいだ。


「これくらい普通よ」


 そうは言うが、ルカの顔にはドヤ顔が浮かんでいた。


 王城に勤めるメイド曰く、男は手料理で仕留めろ。故に彼女はお姫様でありながら料理の勉強も行って来た。


 何度も指を包丁で怪我したし、火を使う時は何度も火傷した。レシピに沿って作るも味が変だったり、自己流のアレンジを加えて王城の料理人から叱られたり。それら失敗を積み重ねてきたのも、全てはこの日のためだ。


 笑顔を浮かべながら「美味しい、美味しい」と連呼するクルツを見るに、彼女の努力が実った瞬間と言えるだろう。ともなれば、ドヤ顔も浮かべたくなるもなる。 


「都市の食堂や料理店で食べたりしないの?」


「うーん。魔導具を作ったりしていると没頭しちゃってね。いつの間にか閉店時間になっちゃってる事が多くて。だから、食材を買い込んで適当に食べることが多いかな」


「そう。じゃあ、今度から私が食事を作ってあげる。私がいれば食べ逃す事もないでしょう?」


「え? 本当? 嬉しいな」


 ルカの提案を受け入れて、尚且つ嬉しそうに笑うクルツ。その笑顔はルカは胸に刺さり、られそうになってしまう。頬が赤くなるのを必死に隠し、あくまでも「普通です」といった雰囲気を出し続けた。


 そんな食事が終わり、まったりタイムを経たルカはシャワーを浴びることに。


「温度設定が細かくできるのも驚きよね……」


 驚いたシャワー用の給湯器も使ってみれば「便利すぎる」の一言に尽きる。王都で販売されている給湯器の温度調整はかなり極端だ。


 滅茶苦茶熱いお湯が出る給湯器の隣に水だけが出る配管を組み込んで、熱いお湯を出しながらも冷たい水も同時に出してお湯を薄めながら使うのが基本である。


 対し、クルツが作った給湯器はタンクの中に水を常に一定量溜め、魔石をエネルギーとして熱を生み出しながらタンク内の水を沸かすシステムだ。


 ダイヤル式の温度調節部分は細かく設定でき、熱いと思ったらダイヤルを戻せばいい。それだけで加熱したお湯に水が加わって、すぐに温度が下げられる。


「大きさは残るかもしれないけど、回路を改良して魔石の使用量を2つにすればいけそうね……」


 心地よいお湯を頭から浴びながら、彼女はウンウンと悩む。


 古代文字を使っているからこその基本性能と効率性であるが、汎用文字を使っても魔導回路を工夫すれば既存の商品よりも少しだけコンパクトになるだろう。

 

 価格が少し高くなってしまうかもしれないが、安定供給できるまでは貴族用や豪商用として売り出すのも悪くはない。初期ロット販売時の売上で更に研究を進めれば良いのだ。


 こういった考えが出来るのは王都の実情を知るルカならではだろう。外を知らぬクルツでは思い至らぬ発想と計画性だ。


「難しいけど……楽しくなりそう」


 ルカがやる事は多い。クルツから魔導師としての技術を学び、彼が作った物の改良。言うだけは簡単だが、過程の中では様々な困難が立ち塞がるだろう。


 でも、傍に彼がいてくれれば。そう思うだけで、ルカの口元が緩んでしまう。


 シャワーを浴び終えた彼女はタオルで体を拭き、服を着替えた。この寝間着用として選んだ服も彼女の中では「勝負」である。 


 桜色の可愛らしいワンピースタイプのパジャマだが、シンプルかつセクシーさも忘れていない。簡単に言えば胸元が少しだけ開いている。清純でウブな男子を悩殺しようという魂胆だ。


「シャワー空いたわよ」


 リビングに戻ったルカは、内心ドキドキしながらもクルツの注意を引く。シャワー浴びたての女性、火照った体、ちょっとセクシーなパジャマと悩殺三銃士が揃えばクルツも――


「あ、うん。僕も入るね」


 いつも通りの笑顔を浮かべて、クルツはルカの横を通り過ぎて行った。


 ルカが彼の背中を見送っていると……。


「バフッ」


 煽るようなジジの鳴き声。ジジは床に寝そべりながら「残念だったな(笑)」と言っているようであった。


「なんでよ! これでもすごい勇気出したのよ!」


「ワゥフ」


 詰め寄ったルカはジジの顔を両手で挟みながら持ち上げるが、ジジは煽るような目線を向けながらも「その程度じゃダメじゃない?」と鳴き声を上げた。


「絶対に諦めないからね!」


「ワフゥ……」


 決意を口にするルカに対し、ジジは「やれやれ」と言わんばかりに瞼を閉じた。

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