第8話 エルフの魔法使い 2


 ギルド長と共に領主邸へ向かうエコーは、道中ずっと「どうして領主邸に?」と疑問を抱いていたに違いない。


 この都市を運営する領主――アズラ・クレントは良識もあるし、住民に対して善政を敷きながら都市繁栄をモットーとしてきたクレント家の長男だった。


 歳は今年で21になる。領地運営、それも大迷宮を抱えた都市を運営するには若すぎる年齢であるが、亡くなった父親から領地を引き継ぎ、最初は手探りながらも住民と国の期待に応えてきた。


 他国で聞くような搾取的な貴族ではないし、都市に姿を出せば気さくに住人と話し込むような人物というのもあって非常に人気のある領主と言えよう。


 そんな人気の貴族がエコーを「屋敷に連れて来い」とギルド長であるウルスに命じたとか。彼女が「もしかして、私は非常にマズイ選択をしてしまったのか」と疑問に思うのも当然だろう。


 クレント北区最奥に位置する領主邸へ到着したウルスとエコーは、メイドの案内で客室へ通された。出されたお茶を飲みながら待つ事数分、ようやく客室のドアが開いて彼等を読んだ人物が姿を現わした。


 座って待っていた両者が立ち上がると――


「ああ、楽にしてくれて構わないよ」


 ニッコリと笑顔を浮かべながら座るよう促すのはクレント家の現当主、アズラ・クレント。情熱的な赤い髪と整った容姿はルクシア王国の女性を虜にする若きイケメンな領主様だ。


 彼の後ろには一人の黒髪を持つ若い執事が付き添っていて、ガイストとエコーの対面に座ったアズラの後ろに立った。


「さて、最近はよく顔を合わせるね。ギルド長」


 アズラがそう言いながらメイドが用意したお茶を一口飲む。


「はい。この前の冒険者は適切に処理致しました。具体的に申し上げると、A級冒険者パーティ『黄金の道』に加入させました。現時点でも能力は申し分ないですし、2~3年後にはA級冒険者となれるでしょう」


 対し、ウルスは直近でアズラと顔を合わせていたようだ。その時話し合った件の経過報告を口にした。


 聞いていたエコーは一瞬だけハッと驚くような表情を浮かべる。


 ウルスが口にした件が最近の冒険者ギルドで話題になっていた事だったからだ。まだこの都市に来て間もない、C級冒険者がA級冒険者で構成されたパーティの一員になったという事実は冒険者達の間で激震が走った。


 A級のみで構成されたパーティ『黄金の道』はクレント支部内にある3つのA級パーティの1つである。彼等はメンバー募集などせず、スカウトのみで構成員を増やしていたのだが、これまでスカウトした者達は全てA級冒険者のみだった。


 にも拘らず、今回スカウトしたのはC級冒険者の『レン』という若い男性冒険者。スカウト経緯は明らかにならなかったものの、これまでA級のみをスカウトしてきた黄金の道が格下をスカウトしたとあって、他の冒険者達が「余程の実力者なのだろう」と騒ぎ立ったのだ。


 エコーも同じ感想を抱く一人だった。冒険者の中にはランクと実力が比例しない者も多い。それは良い意味でも、悪い意味でも。


 今回は良い意味で比例しない人物なのだろう、と思っていたようだが、まさかギルド長が一枚噛んでいるとは思うまい。領主に対して名を出したという事は、件のレンという人物も『何かしら』あったのだとエコーは内心で冷や汗を流した。


「そして、今回の主役は君か。……緊張してる?」


「はい……」


 アズラはウルスとの世間話を終えるとエコーに顔を向ける。彼は顔を強張らせたエコーに「取って喰うわけじゃないよ」と苦笑いを浮かべた。


 といっても、エコーが緊張するのも当然だろう。これから何を言われるのか分からないし、呼ばれた理由すらも不明。加えて、例え魔法が得意で希少なエルフ種だとしても、今生活している場は人間が支配する都市だ。


 希少な種族だから、有能な魔法使いで冒険者だから、といくら名声を積んでも権力者には敵わない。アズラが本気になればエコーなど片手で捻り潰されてしまう。社会的な意味で。


「大丈夫、大丈夫。少し政治的な約束をしてくれれば良いだけさ」


 そこまで重たい話じゃないよ、とアズラは言うが「政治的に」と言われたら身構えてしまうだろう。むしろ、エコーには脅しにしか聞こえない。


「そ、その……。どうして私の杖を修理する事と政治が絡むのですか?」


「君の杖を修理する人物が我が国にとって、とても重要な人物だからだ」


 エコーの問いに対し、アズラはニコリと笑って言った。


「そこまで高名な方が都市にいらっしゃると? 失礼ですが、都市で一番有名な魔導師は大魔導師クレア様ですよね? 彼女は都市の外へ出ていると聞いておりますが……」


 政治的、重要人物、杖を修理できる凄腕の魔導師。エコーがこれらを加味して導き出せる人物は大魔導師クレアだけだ。


「うーん、高名ではないが……。クレア様よりは、ある意味優秀かな?」


「でしょうな」


 アズラの言葉にウルスが強く頷いた。


 彼が丸太のような腕を組みながら「あの方より周りを振り回さない」と小さく言うと、アズラは死んだ魚のような目で「……確かに」と同意した。


「おっと、すまない。本題に入ろう。結論から言えば君をA級として認めても良い。冒険者としての成績、ギルドが下す人格評価も申し分ないからね」


 アズラは背後に立っていた執事から数枚の紙を受け取って、パラパラと数枚を捲った。


 エコーは一枚目の数行を覗き見ることが出来たが、どうやらアズラが手にする紙の束はギルドが発行する彼女のらしい。冒険者としての特徴、成績、直近の行動内容から性格まで全てが書かれた物だ。


「今、ここが最後の分岐点だ。これより先に進むのであれば後戻りはできない。離脱不可の件もあるからね。君の人生を大きく左右する決断となるが、どうする?」


 引き返すのならば、今しかないぞ? アズラはそう問うように真剣な顔でエコーに問いかけた。


「……覚悟はしています。私は冒険者として続けていきたい」


 どんな無理難題を言われるのか。国家機密とはどれだけのものなのか。少し足が震えるが、エコーは前に進むしかない。


 彼女が真剣な顔で頷くと、対照的にアズラの顔はパッと笑顔が咲いた。


「そうか。大迷宮都市クレントは君を歓迎するよ、エコー君」


 この時を以って、エコーはA級冒険者として認められたという事だろう。彼女はクレント専属の冒険者となって、他の街や都市には気軽に足を運べない身となった。


 アズラはエコーに握手を求め、二人が握手を交わす。握手しながらエコーはアズラの顔を見やると――彼は口元だけ笑みを浮かべて、目には領主たる為政者としての鋭さを見せた。


 そして、一言だけ言うのだ。


「私を裏切らないでくれよ?」


 と。


 聞いた瞬間、エコーの背筋はゾッと冷えた。


 恐らくアズラの正体はこの一言に詰まっている。彼が持つ為政者としての本質と一瞬だけ垣間見えた貴族たらしめる雰囲気。


 お前は既に逃げられない。裏切ればどうなるか分かるな、と口にせずとも相手に悟らせるような。


「ふふ。では、あとは執事のロイに任せよう。私は執務があるのでね。これで失礼させてもらうよ」


 冷や汗掻きっぱなしのエコーを揶揄うように、再び笑顔を浮かべたアズラは席を立った。背後に立っていた執事のロイに「あとは任せる」と言って、客室を出ていく。


 彼が出て行ったのを見送ったロイは静かに主が座っていた位置に座り、掛けていたメガネをクイと人差し指で持ち上げながら口を開いた。


「では、これより契約書の説明と調印を行いましょう」


 ロイが説明した内容を要約すると、最初はA級冒険者になった者が持つ権利と規則の説明だ。


 A級冒険者となった者は認定国と認定都市から離脱する事は出来ない。


 他国、他領地に行く際はギルドと領主の承諾が必要な事。これを違反した場合は認定国の刑罰に処される事。

 

 ただし、離脱不可を強制する対価として認定国・認定都市において優遇処置が得られる。この優遇処置とは様々であるが、一般的な例を挙げるとしたら税金の免除だろう。


 ルクシア王国では年に一回税が徴収されるが、A級冒険者になるとこれらが免除される。都市に縛り付けてしまうので「私生活で金が掛からないようにしてあげます」といったところだろうか。 


 他にもギルドカードを提示すればあらゆる商店で割引されるなどの特典も存在する。


 ただ、ここまでは他のギルドでも共通となっている部分。


 大迷宮都市クレントでは冒険者ギルド・クレント支部に対して特別な措置を取っており、それはルクシア王より下された命令が含まれる。


 これを守れる人物でなければA級冒険者として絶対に認定されない。


 特別措置というのは「とある重要人物の保護と秘匿」だ。


「特別措置に違反した場合はクレント領騎士団、冒険者ギルド、王都騎士団の全てが違反者を必ず見つけ出し、同時に最も厳しい処罰を行いますのでご注意を」


 執事であるロイも主に似て肝が冷えるような事を簡単に口にする人物なようで。聞かされたエコーは「王国全体が敵に回るのか」と顔を青くするほど。


「そ、その重要人物である方が私の杖を直すと? 直せなかった場合はどうなるのですか?」


 直せなかった場合、秘密を明かされてしまっているがいいのだろうか? 心配するエコーであったが、彼女の問いを聞いたロイはメガネの位置を指で直しながら口を開く。


「直りますね」


「直るな」


 ロイも、横で聞いていたウルスも揃って「直る」と断言した。


「そこまでハッキリと……?」


「ええ。貴方の杖を直す人物は大魔導師様の弟子ですので」


 断言する二人に首を傾げていたエコーだったが、重要人物が大魔導師の弟子と聞いて驚きの表情を浮かべた。


「弟子がいたのですか!?」


「はい。まだ若い方ですが、大魔導師様と同じように優秀な魔導師です。彼こそが重要人物であり、国王陛下が我々に存在を秘匿せよと命じた方です」


 確かに大魔導師の弟子となれば存在を秘匿するのも当然か。エコーは特別措置の内容にようやく納得した。


「他国からの引き抜きや工作を懸念してですか?」


 世界中で名を轟かせる大魔導師の弟子とあれば、当然ながら他国も黙っちゃいない。その恩恵に与るべく「我が国で暮らしませんか?」と、引き抜き交渉を直接してくる国もあるだろう。もっと酷い手段を挙げるとすれば誘拐からの監禁という最悪のコンボすらもあり得る。


 国王はそれを懸念して存在を秘匿にしているのだろう。エコーはそう結論付けたのだが……。


「それもあるが国内でも騒ぎなる。お前、ギルドの購買で売られているポーションを知っているか?」


「え? ああ。あの超割高なポーションだろう?」


 ギルドの購買に並ぶポーションはメインストリートに並ぶ魔導具店や薬師の店で並ぶポーションよりも量が少ない。だというのに値段は3倍以上もする。


「あのポーション、A級共が挙って買うだろう? どうしてだか分かるか?」


 購買に並ぶポーションは並んだ瞬間にA級冒険者達が買い占めていく。といっても納品されたポーションの半分以上はギルドで保管されていて、購買に並ぶのは数本だけなのだが。


「A級冒険者達がメインストリートで買えるポーションを低ランク達に譲るためと思っていたのだが……。まさか……」


 答えを待つエコーの心臓が体の外にまで聞こえそうなほど大きく脈打った。


「ハッ。野郎共がそこまで殊勝なモンかよ。あれはな、大魔導師様の弟子が作った特別製だ。効果を知ったらお前の常識は月までぶっ飛ぶぞ」 


「そ、そんなに……?」


「ああ。ギルドでいざって時の為にストックしてるくらいだ。あんなモン、気軽に買えるようになったら国中の怪我人が殺到して暴動が起きるぜ」


 やれやれだ、とウルスは腕を組みながら首を振る。


「国王陛下と大魔導師様は様々な問題を懸念して、弟子の存在を隠す事にしました。この事実を知っているのは王城から派遣された護衛者数名と領主関係者数名、ギルドと教会、そしてA級冒険者のみです」


 ロイがそう告げると、どうしてA級認定されるにはこの秘密を知って、守らなきゃいけないかをエコーは察する。


「万が一の際、A級冒険者に大魔導師様の弟子を守らせるため……ですか?」


「正解です。貴方達は要請があった場合、他の全て犠牲にしても彼を守って頂く。場合によっては自身の家族よりも優先して頂きます。これら厳しい規則を遵守してもらう対価として、貴方達A級冒険者は大魔導師様の弟子が齎す恩恵を得られるのです」


 A級冒険者としての制約の他に国王命令である特別措置を遵守する。他の都市にあるギルド支部とは比べ物にならないほど厳しい内容でとんでもない罰則もあるが、代わりに得られる対価は税の免除どころか大魔導師の弟子が作る魔導具を自由に購入できる権利が与えられる。


 極上の対価を聞いて、エコーはA級冒険者達が口にしていた隠語を思い出した。


「表通りは愚者の道、裏通りは賢者の道……」


「まさにその通りだな。表には並ばない、とんでもねえ魔導具を買える。ぶっ飛んだ性能の魔導具を使えるとなりゃあ、迷宮冒険者として名を挙げるには最短の近道だろう」


 そう。だからこそ、これまでA級認定された冒険者達は規則に反する事を決してしない。仮に大魔導師の弟子が誰か教えてくれと金を積まれても、購入した魔導具を外に横流しするにしても、金銭では対価として吊り合わないからだ。


 裏切るよりも魔導具を手にして迷宮を探索する方がよほど有意義だ。なんたってA級冒険者達はエコーと同じように筋金入りの迷宮バカ揃いであり、ルクシア王国最大規模の迷宮を攻略したという名声を欲する者達なのだから。 


「……なるほど。ようやく納得できた」


 エコーはふぅとため息を零した。ギルド長がこの場にいる事も、領主邸に呼び出された事も、領主であるアズラが政治的なと言った事も、事情を知れば納得できる。


「納得頂けたようで何よりです。では、こちらの契約書にサインを」


 彼女はロイが差し出した契約書にサインした。これで彼女は正式にA級冒険者となり、大魔導師の弟子と接する権利を得たという事だ。


「明日、俺が店に連れてってやる。杖を持って朝一番にギルドに来い」


「承知した」


 遂にエコーは大魔導師の弟子に杖の修理依頼が出来る。彼女は少し緊張しながらも、ウルスの提案に頷くのであった。

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