第7話 エルフの魔法使い 1


 冒険者ギルドが業務を開始してから2時間後、朝一に勃発する迷宮入場手続きの嵐が過ぎ去って職員達がホッと一息ついていると、ギルドに一人の女性エルフがトボトボトと重い足取りでやって来た。


 彼女の名はエコー。薄い青の入った白髪に人とは思えぬほどの真っ白な肌を持つ女性魔法使いだ。彼女の髪や肌も特徴的だが、何より目を引くのは彼女のツンと尖がった長い耳だろう。


 この世界において、存在する人類種は人間がほとんどだ。よくあるファンタジーに登場するような獣人やドワーフは存在しない。だが、エルフだけはこの世界に存在していた。


 といっても、エルフ自体かなり希少な種族と言える。大陸最北端にある大森林と呼ばれた場所の中でひっそりと暮らしている者がほとんどで、彼女のように人間達が支配する文明社会で暮しているエルフは稀な存在だ。


 ともあれ、そんな稀な存在でありながらも迷宮冒険者としてクレントにやって来た彼女は非常に目立つ。そんな目立つ存在が落ち込んでいれば猶更だろう。


 彼女はギルド窓口で戦利品清算の手続きを終えると、ギルド内にあった長椅子に座って大きなため息を零した。


「おい、どうした?」


 落ち込む彼女に声を掛けたのは、彼女よりも少し前に迷宮から帰還したA級冒険者――最上位ランクを持つベテラン冒険者のガイストだった。


 彼は無精ひげの生えた顎を摩りながら彼女に問うと、彼女はエメラルドのような綺麗な緑色の瞳で筋肉質でむさ苦しいと評判のガイストを見やる。


「ガイストか……。実は迷宮で杖が壊れてしまってな」


 彼女は腰に差していた杖の先を彼に見せる。杖の先には綺麗な青色の大きな魔石がはまっているのだが、魔石には大きな亀裂が入っていた。


「20階でトロールの群れに遭遇してな。一掃しようと連戦していたら……このザマだ」


 彼女曰く、魔法を行使すぎた影響だという。


 この世界に生きる人類種には体内魔力を持つ者とそうでない者に二分される。体内魔力を持つ者は魔法を使え、持っていない者は使えない。


 ただ、エルフという存在は生まれながらにして必ず体内魔力を保有しているのだ。それも人間より遥かに保有量が多い。故にエルフは魔法使いの代名詞として有名であり、クレントで冒険者業に従事するエコーも魔法使いとして名声を得ていた。


 しかし、体内魔力が多いエルフであっても魔力を魔法に変換させる道具――魔法使いの杖が無ければ魔法は撃てない。これがこの世界における魔法行使の基本である。


 そういった事情から、魔法使いにとって杖は生命線だ。特にエコーが使っている杖はエルフの森で作られた特別製らしく、簡単には修理できない代物だそうで。


「なるほどな」


 事情を知ったガイストは太い腕を組みながら少し悩む素振りを見せた。エコーは彼が悩んでもしょうがないだろう、と疑問に思うが、予想に反して彼は解決策をひとつ提示する事となる。


「杖を治せるヤツに心当たりがある。だが、依頼するには色々と面倒事があってな」


「どういう事だ?」


 ガイストの提案に首を傾げるエコー。ガイストは真剣な顔で彼女に告げる。


「A級冒険者の間だけで使われている隠語を知っているか?」


「表通りは愚者の道、裏通りは賢者の道……というヤツか?」


 エコーが口にするとガイストは「そうだ」と言いながら頷いた。


「あれには当然ながら意味がある。そして、この都市でA級冒険者になる為の……約束事みたいなモンだな」


 冒険者ランクの最上位はA級となっていて、ギルドが定めた成績をクリアすれば昇格できるのが基本だ。


 ただ、この都市だけは特別事項が存在する。この都市に存在するA級冒険者の数はかなり少ない。クレント支部に認められたA級冒険者の数は全部で8人ほどしかおらず、他の街や都市と比べると最低人数と言えるだろう。


「直接修理を依頼するならA級に昇格しなきゃならない。だが、幸いにしてお前はA級に上がれる実力を持っている。あとは約束が守れるかどうかだ」


「先ほどから言っている意味がよく分からないのだが……。とにかく、杖を修理するならばA級になれという事か?」


 ガイストが口にする「約束」とやらが意味不明。内容も知らずに「約束」は交わせないだろう? とエコーの頭には疑問符ばかりが浮かぶ。


 しかも、それがA級として昇格する条件というのだから猶更意味不明だ。


「A級になれば国と都市から離脱のは知っているよな?」


「ああ。A級冒険者は国の戦力として認められ、認定国から離脱してはいけないという規則だろう?」


 迷宮冒険者は迷宮に蔓延る魔獣と戦い、戦利品として魔獣の素材を持ち帰る事を生業としている。凶悪な魔獣を相手に長く冒険者として生き延びた冒険者は立派な「騎士・兵士」と同等、もしくはそれ以上の武力を持っているだろう。


 そんな彼等がもし、戦争に駆り出されたらどうなるか。ルクシア王国が仮に他国と戦争になって、ルクシア王国内にいる冒険者が敵として刃を向けたらどうなるか。


 凄腕の冒険者達が対人戦等でも優秀な戦績を残すのは明白だ。故にA級というトップランクに至った冒険者は認定された国から出ることができないという国の法律が適応される。


 それが嫌ならA級として認定されないし、そもそもギルドからの認定を拒む事すらもできない。拒めば即刻、冒険者としての資格を剥奪された上に寂れた村で一生監視されながら生活を送る……というだ。


 ギルドに実力を認められる = 国の脅威として認められるのも同義なのだから当然かもしれないが。


「お前はエルフだろう? 大森林にいつか帰るのかと思ってな」


「いや、それは無い。あそこを出た時点で里帰りできないのが掟だからな」


 外の世界と交わった者は森に帰る事を許さず。そんなエルフの掟があるらしい。しかしながらエコーは元より大森林に戻る気は無く、ルクシア王国及びクレントで骨を埋める覚悟があるようだ。


「……なら、俺からギルド長に話を通すことも出来るが」


 どうする? とガイストはエコーの顔を見つめた。対するエコーの答えは既に決まっている。


「頼む」


 というよりも、承諾するしか冒険者を続ける道は残されていない。


「分かった。少しここで待ってろ」


 そう言ったガイストはギルドの2階に向かっていった。ギルド長の執務室に行ったのだろう。


 その証拠に1階で待っていたエコーはギルド長の執務室へ来るよう職員に言われた。彼女が執務室を訪れると、ガイストと共にギルド長が待っていた。


 冒険者ギルド・クレント支部長であるスキンヘッド男――ウルス・モーデルグという名の筋肉モリモリマッチョマン。


 筋肉でパッツンパッツンになったシャツを着る彼と、同じく筋肉質な男であるガイストの両方が並ぶとむさ苦しさは倍増してしまう。急に部屋の温度が上昇したのではと錯覚してしまうほどだ。


「エコー、本当にこの都市でA級になる覚悟はあるのか?」


 ウルスは丸太のように太い腕を組みながらエコーに問う。


「ああ。私が冒険者として続けて行くにはこの杖が必要だ。杖を修理できなければ生きる糧を失ってしまうし、冒険者になった意味が失われる」


 冒険者に憧れて大森林を飛び出したエコーは故郷を捨てたのだ。その選択をした以上、彼女は故郷に戻ることはできない。もうこの都市で冒険者を続けなければ行く当てすらないのだから。


「……いいだろう。お前は魔法使いとして頼りになるし、素行も悪くない。他のクソッタレ共と違ってな」


「酒に酔ったからといって、酒場で全裸になるような趣味は無いな」


 冒険者の中にはアウトローな輩もいるし、お調子者だって存在する。最近あった話の中で目立つ事といえば、酔っ払った冒険者が酒場で全裸になって憲兵隊に逮捕された事件だろうか。


 そういった冒険者の素行に比べて、エコーは非常に品行方正な部類だ。いや、彼女のような者が普通なのだが。


「だが、ここから先はもっとでなければならないな。なんせ、王命が関係してくる」


「ルクシア王が……?」


 ウルスは「そうだ」と短く返し、この場で内容を言う気は無さそうだ。


「少し時間をくれ。それまでは迷宮に潜らないように」


 エコーはウルスから自宅待機を命じられ、その場はお開きとなった。


 この話し合いから3日後、彼女の家に職員が訪れる。とある場所に向かうのでギルド長と合流しろ、と。


 彼女を連れたウルスが向かった先は、大迷宮都市クレント北区にある領主邸であった。 

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