第6話 ルクシア王国王家


「苦労を掛けたな、オルフェウス」


「ハッ。とんでもございません」


 王都に帰還したオルフェウスはルクシア王国国王、アレクシス・ルクシアの執務室にて直接労いの言葉を賜った。


 今年で60になるアレクシスは茶色の髪に白髪が混じり始め、歳相応の老いが見てとれる。顔にも手にも皺が出来始めた最近では「そろそろ息子に席を譲って引っ込もうかな」が口癖だ。


 しかし、口ではそう言っていながらも王らしく醸し出される威厳と顔つきは若い頃と全く変わらない。労いの言葉を告げる表情には王たる真剣さがあったのだが……。


「いや、本当にすまん」


 それも一瞬の事。すぐにオルフェウスと「友」であるアレクシスの申し訳なさそうな顔に戻った。


「いえ、王子殿下の落胆も理解できるので……」


 オルフェウスとしては家臣の勤めと思えば当然のことであるし、単騎で東の辺境都市まで駆けるのも苦ではない。丁度良く友の弟子であるクルツの様子を知る事も出来た。


 アーベル王子に「頼むぅ」とマジ泣きされながら懇願された時はどうしようかと思ったのも事実だが、大事な友から送られた剣が折れたとなれば元剣士であり騎士であるオルフェウスは王子の落胆も理解できる。


 ただ、クレントから戻ったばかりのオルフェウスに次の騒動が舞い込む。


「お父様ッ!」


 労いの言葉を受けていると、執務室のドアが勢いよく開かれた。中にズンズンと進入してきたのは美しき姫君、ルクシア王国第二王女のルカ・ルクシアであった。


 母親譲りの綺麗な銀髪とエメラルドの瞳、王都で流行している最新式の洋服を着こなす美しい体型、少し気の強そうなツンとした表情。王家の人間たる独特で高貴な雰囲気。


 美しいと国内外でも有名なお姫様は、手に一枚の紙を持って二人が話している間に割って入ってきた。


「お父様。これで文句ありませんよねっ!」


 彼女が執務机の上に叩きつけたのは『王立魔導アカデミー』の卒業証書。しかも、主席で卒業したという文字が添えてあるものだ。


 それを見たアレクシスとオルフェウスのリアクションは別々だった。


 オルフェウスは「そういえば卒業式の時期か」と思い出しながら、時が経つのは早いなといった表情。対し、アレクシスの表情は「遂にこの時が来たか」とため息を零す。


「言われた通り、魔導アカデミーを主席で卒業しました。これで私は魔導師です」


 王であるアレクシスがルカに対して「主席で卒業」「魔導師としてなれたら」と口にしたのは10年前の事。彼女はとある約束を果たすべく、10年間もの間ずっと努力してきたのだ。


 彼女と王、娘と父が交わした約束の内容とは――


「私はクルツの元に行きますからね。もう文句言わせませんよッ!」


 第二王女ルカ、彼女はクルツの元に行くために努力を重ねてきた。姫としての役割を果たしながら魔導師を育成するアカデミーに通い、プライベートな時間は全て勉強に費やして。


 10年間という努力の結果、彼女は王立魔導アカデミーに在籍していた1000人以上もの人間の中でトップとなったのだ。


 彼女の腕前はアカデミーの教師も兼任する魔導師達からも「文句なし」「現役魔導師と同等かそれ以上」と言われるほどの知識を身に着けた。


「これで大魔導師の弟子のになっても文句はありせんね!?」


 そこまで努力した理由は大魔導師の弟子であるクルツから魔導師としての技術を学ぶためだ。


 10年前に初めて彼女が言い出した時は「魔導師としての知識がないお前が行っても邪魔になるだけ」と却下された。だが、今は違う。主席卒業を果たしたのだから「魔導師じゃない」とは言わせない。


「う、うむ……」


 父親であるアレクシスとしても「本当にやり遂げるとは」といったところか。


 こうなっては前言撤回など父としても王としてもできまい。今回ばかりは娘の本気に観念するしかなさそうだが。


「……わかった。に聞いてみよう。先生の許可が下りんことには私も許可を出せん」


「分かりました。なるべく早くして下さいね。私は城を出る準備をしてきますので」


 そう言って、ルカは執務室を出て行った。最早彼女の中ではクレントに向かう事が決定事項となっているようだ。


 娘の背中を見送ったアレクシスと一部始終を見ていたオルフェウスは顔を見合せる。


「……どうするのです?」


「どうもこうもなかろう。先生に聞いてみるしかあるまい」


 先送りにしていた問題に直面したアレクシスはため息を零す。ただ、彼としては「丁度良い」とも思える考えが胸の中にあった。


「クルツ君は今年で18か? ルカと同い年だったよな?」


「確かそうですな」


 オルフェウスが頷くとアレクシスは「頃合いだな」と小さく頷く。


「ちょっと手伝ってくれんか」


 アレクシスはオルフェウスと一緒になって執務机の位置をズラすと、真下にある床をコンコンと叩いた。すると、隠されていた持ち手が「ニョキ」と現れて、それをオルフェウスと共に引き上げる。


 本来机があった場所から登場したのは黒い箱型の魔導具。この物体を知る物が見たら「ダイヤルが無い黒電話だ」と言うだろう。


 アレクシスは受話器を耳に当てると黒電話にあった唯一のボタンを指で押す。すると、受話器からは「ツーツー」という音が鳴り始めた。何度か鳴ったあと、音が消える。この魔導具を作った製作者と音声が繋がった証拠だ。


「あー、先生聞こえ――」


『このクソ忙しい時に掛けてきてんのはどこのどいつだァァッ!!』


 受話器の向こう側からは「ゴゴゴゴゴ」という何か大きな物が転がる音と走りながら叫ぶ女性の声が聞こえてきた。


「アレクシスです」


『ああん!? 何の用だッ!? おい! そこの窪みに隠れろッ!!』


 ゴゴゴゴゴ、という轟音が遠くなっていくのが聞こえ、女性の発する怒声が落ち着くと改めて受話器の向こう側から「待たせたな」と声が掛けられた。


「クレア先生、相変わらずのご様子で」


『ああ、どっかのアホが迷宮の罠を起動させてな。テメェの事だぞ、スカタン野郎ッ!!』


 どうやら通話相手は大魔導師クレアのようだ。彼女は南の国で発見された迷宮にいるはずだが、遠く離れた場所にいる彼女との会話を可能にしているのは、彼女が作った対になっているこの魔導具のおかげらしい。


「実はご相談がありまして」


『どうした?』


「うちの娘がクルツ君の元で修業したいと言い出しましてな。先生のご意見を聞こうかと」


『娘? 娘っていうとルカの事か?』


「はい。王立魔導アカデミーを主席卒業したら考える、という約束を果たしまして。アカデミーで教わる知識は十分に備わっています」


 アレクシスがそう告げると、受話器の向こう側にいるクレアからは「うーん」と悩む声が聞こえてきた。


『私とクルツが使う技術はアカデミー式と全く違う。まぁ、無駄とは言わんがね。ルカは魔力持ちか?』


「はい。魔力は持っています」


 ルクシア王家は全員魔力持ちだ。詳しい魔力量を告げると、再び受話器の向こう側から「うーん」と悩む声が聞こえてきた。


『お前の本心を聞かせろ。どうせ、娘の願いを叶えたいってのは建前なんだろう?』


 そう言われ、アレクシスの心臓がドキリと跳ねた。珍しく顔にも驚きの様子が出てしまい、クレアがこの場にいないにも拘らず片手で口元を覆って表情を隠した。

 

「……クルツ君に王家の庇護をつける事が1つ。何か問題が起きても王家の権力があれば対応しやすいですし、ルカはそれなりに政治も分りますから。もう1つはクルツ君の名が世に出た時の保険と言いましょうか」


 国のトップが守っている。傍にいる。現在の世の中でこれほど強力な盾が他にあるだろうか。クルツの名が世に出た際も、ルクシア王家の力が傍にあれば他からちょっかいを掛けられずに済む。


『私の名だけでは不十分と言いたいのか?』


 クレアの言葉を聞いたアレクシスの背中に冷たいものが流れた。だが、国トップである王としては譲れない部分もある。


「だからこそ、と言うべきでしょう。大魔導師の弟子が持つ価値を正しく認識していると思って下さい。それに現状の護衛でも私は不十分であると考えています」


『護衛はとびきりのを傍に置いている。それでもか?』


「王というのは、どんな状況にも対応できるよう想定しておくものです。先生の弟子に何かあれば……私は悔やみきれませんよ。それに、先生はすぐに弟子を置いて飛んでいってしまうでしょう?」


『……それを言われると何も言えんな』


 受話器から「ふぅ」とため息をつくのが聞こえると、クレアは「わかった」と告げた。


『建前は理解した。だが、ルカの想いが実るかどうかは本人次第だと伝えておけよ』


「……承知しました」


 取り繕った建前を見抜かれ、しかもクレアはルカが抱える本当の想いも知っているようだ。父親であるアレクシスも承知の上であるが、クレアはアレクシスの想いにも一言告げる。


『将来的に王家に入るかどうかはクルツに決めさせろ。お前達の思惑を優先させるな。あいつを政治に巻き込めば、分かるな?』


「それは重々承知しています」


『あと、私がいないからってあいつの開発した魔導具を積極採用するな! アカデミーの怠け者共によく聞かせておけッ! 国内最高峰を語るなら、組織外の人間が生み出した技術に頼らず己で研鑽を積めとなッ!』


 どうやら南の国でルクシア王国から輸入した魔導具を見つけたらしい。クレアは見つけた魔導具に弟子の技術が使われていると見抜いた上での苦言である。


「そ、それも言い聞かせておきます」


『ふん。ならば良い。ルカの行動を許可する』


 クレアの言葉からは受話器の向こう側でふんぞり返っているのが容易に想像できる。それを想像したのか、アレクシスの顔には苦笑いが浮かんでいた。


『しかし、不思議なものだな。お前とお前の母親が私の生徒。弟子の生徒がお前の娘か……』


「そうですな。時が経つのは早いものです」


 互いにしみじみと時の流れを感じているようだ。


 アレクシスは頭の中で子供の頃を思い浮べているのだろう。子供の頃、魔導師として国をより発展させようとしていた彼の母はクレアの生徒であった。


 アレクシスを産んだ後も生徒として学んでおり、まだ小さかった彼は母がクレアの講義を受けている様子を見た事がある。


 ただ、彼が脳裏に浮かべるクレアの当時の姿は


『ふん。まぁ、いい。迷宮探索はまだまだ掛かりそうだ。アレクシス、弟子を頼む』


 クレアは「帰る時は墓前に供える酒でも買って帰る」と寂しそうに付け加えた。


「先生。急なご提案でしたが、ありがとうございました」


『ああ、ルカによろしく伝えてくれ』


 この会話を最後にアレクシスは受話器を置いた。ルカにもすぐに伝えられ、彼は娘に「2週間後に出発しなさい」と告げた。



-----



 父から正式に許可をもらったルカは、まだ2週間と期間があるにも拘らず早速荷造りを始めていた。


 さすがに衣服を鞄に詰める事はなかったが、魔導師として持って行く道具を吟味したり、当日会う時に着る服などを考えながら彼女の顔は……ニヤケ顔になっていた。


「もうすぐ。もうすぐ会えるわ」


 彼女が初めてクルツと出会ったのは10年前。王城にやって来た大魔導師クレアがクルツを連れてやって来た時に初めて出会った。


 その時の思い出は今でも鮮明に思い出せる。それほど衝撃的で、嬉しかったから。


 彼女は自室にある化粧机の上に置いてあった宝石箱を手に取って蓋を開けた。中には王城の庭園にあった白い石を加工して作られた花細工が入っていた。


 これは10年前から彼女が大切にしている宝物だ。そして、憧れた男の子との唯一の繋がり。


 ルカは白い石の花をそっと手に取って、愛おしそうに胸に抱きしめた。


「早く会いたい」

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