第9話 エルフの魔法使い 3


 領主邸で契約を交わしたエコーは約束通りウルスと共に件の魔導具店へと向かった。


 ギルドから徒歩で向かう中、人の往来が多いメインストリートを歩いて行く度にエコーの心臓はドキドキと高鳴っていく。


 果たして、大魔導師の弟子がいる店はどこなのだろうか。人目に付かぬ隠れた名店のような神秘的な場所なのだろうか。


「ここだ」


「え?」


 そう考えていたせいか、ウルスが指差す先にある店の外観を見て口を半開きにしてしまうほど拍子抜けしてしまう。


「とても、その……地味な店なのだが?」


 大魔導師の弟子が大魔導師の店を引き継いで経営している。事前にそう聞いていたエコーは地味な店の外観に戸惑いっぱなし。彼女が想像していたのはもっと、こう……外壁が蔓で覆われているような雰囲気溢れる外観だったのだろう。


 もしくは、もっと小綺麗な店を想像していたのかもしれない。


 隣にいたウルスは「あー……」とため息を零しながら地味な理由を語り始めた。


「大魔導師様が店を建てる時、手持ちの資金をギャンブルと酒で溶かしてな。ギリギリの予算で確保したのがここだったらしい。土地と店が抱き合わせで販売されていて、丁度良いと買ったようだ」


 とんでもない理由が明かされてか、エコーの口はやはり塞がらなかった。まさか超有名な大魔導師がギャンブルと酒で大金を溶かしたなど、彼女が抱いていたイメージとは程遠かったのだろう。


「まぁ、逆にこの地味さが利用できたんだがな。地味で怪しい店となれば物好きしか近寄らんだろ?」


 弟子の存在を公にしたくないという意味では、大魔導師の散財は大いに役立ったと言える。


「でも、物好きは店を訪れるのだろう? そういう意味では、弟子の存在を完璧に隠せてはいないのではないか?」


 聡い者であれば気付くのではないか。


 そもそも、エコーの記憶には「クレントに大魔導師が暮らしている」と大いに賑わっていた記憶がある。当時から彼女を探そうと思えば探せただろうし、彼女が都市を出た後であっても店の存在は知っていたはずだ。


「お前、ここが大魔導師様の店だって知ってたか?」


「いや……」


 そう問われてエコーはハッとする。まさか、当時から大魔導師の店は秘匿されていたのか? と。


「いや、当時は店の経営が面倒臭いと年中閉店状態だっただけだ。そのせいもあって、一部の近隣住民くらいしか知らんだけだ」


 エコーの予想は大いにハズレた。ただ単に大魔導師のやる気が無かっただけである。存在を知る一部の近隣住民達もクレアに恩があるのか、あまり騒ぎ立てないらしい。


「そもそも、ここが店として機能し始めたのは大魔導師様が弟子を置いて飛び出してからだしな」


「しかし、魔導具店として営業しているのであれば、私が最初に言った疑問の答えにはなってないんじゃないか?」


「別に大魔導師様は弟子に商売を禁止しちゃいねえんだ。店に陳列されている商品も領主様や大魔導師様から許可を得た物だけだし、騒がれるようなモンは置いてない」


 そこまで言って、ウルスはスキンヘッドの頭をポリポリと描きながら難しい表情を浮かべる。


「……なんつーかなぁ。説明が難しいんだが、大魔導師様は弟子に自由に生きろって言っているんだ」


 弟子には自由に生きろ、と言いながらも周囲の大人達には「存在を明かすな」と言う。大魔導師の言葉は相反しているようであるが、そういった物言いをするのが大魔導師という人物である、と。


「まぁ、なんだ。弟子にはしがらみや世の中の闇を気にせず成長してほしいんじゃないか? 大魔導師様本人はすげえテキトーだけどな」


 あくまでも弟子の思う通りに生きてほしい。彼が選択した現実を糧に成長してほしい。だから、周囲が余計な邪魔をするなという事なのだろう。


 これは直接付き合いのある者しか分からない、大魔導師なりの愛情に違いない。


「とにかく、中へ入ろう」


 ウルスを先頭に二人は店内へと入って行った。


 チリンチリンと鳴ったベルにいち早く反応するのは、カウンター前で寝そべっていた黒狼のジジだ。


 ジジは顔を上げて入店して来た二人をジッと見つめる。時間にして3秒程度だろうか。二人を見つめていたジジは「害は無さそうだな」と言わんばかりに、再び顔を沈めて眠りの態勢に入った。


 ただ、見つめられたエコーはそれどころじゃない。


「――!?」


 黒狼ジジの黒い瞳を見返した瞬間、彼女の背筋には冷たいものが走った。まるで喉元にナイフを突きつけられたような、鋭く恐ろしい感覚だ。


 ベテランであり、腕の立つ冒険者故の感覚。彼女の持つ冒険者としての実力と経験が「あれはヤバイ」と警鐘を鳴らすのだ。


「……落ち着け。何もしない」


 だらだらと額から汗を流すエコーの脇腹をウルスは肘で突いて正気に戻した。ウルスを見る彼女の視線は「なんだアレは」と物語っているが、ウルスは首を振るだけで答えを口にしない。


 いや、彼も答えは知らないのだろう。彼自身、初めてジジを見た時はエコーと同じ状態になったのだから。


 色々と言いたい事はあるが、全てを飲み込んだエコーは店の床を見つめながら深呼吸を繰り返す。すると、店の奥から「いらっしゃいませ」と声が聞こえた。


「あ、ウルスさん。こんにちは」


「おう。邪魔してるぜ」


 エコーはウルスと挨拶を交わす青年を見て抱いた感想は、先ほどのジジから感じたものとは180度違う。


 綺麗な青い瞳と金髪、中性的な顔つきに優しそうな笑み。見ているだけで心が落ち着く雰囲気だ。


「こちらの方は?」


「ああ、今回の依頼主でな。ほら」


 脇を突かれたエコーが正気に戻ると、彼女は「エコーだ」と簡単な自己紹介をした。すると、クルツはニコリと温かみのある笑みを浮かべながら「僕はクルツと申します。よろしくお願いしますね、エコーさん」と返した。


 彼の所作や態度、浮かべる笑顔と雰囲気。それを見てエコーは「なるほど」と内心納得した。


 まだ若いクルツは世の中の闇を知らなさそうだ。それに純粋そうで詐欺師にすぐ騙されそうな雰囲気は、彼の周りにいる大人達が守ろうとするのも頷ける。


 ただ、大魔導師の弟子という肩書を抜きにしても彼の笑みにはエコーは庇護欲を掻き立てられた。それはエルフの美的感覚でも十分に美青年だと思うし、彼女が年上の女性という立場も相まってだろう。


 歳甲斐にもなく頬を赤く染めてしまいそうになったが、自制したエコーは首を軽く振って正気を取り戻した。


「私の杖を修理して頂きたい」


 エコーは手に持っていた杖をクルツに差し出した。破損した箇所を先に告げると、杖を受け取ったクルツは該当箇所を真剣に見ながら「ああ……。ん?」と小さく呟いた。


 彼は破損している魔石だけではなく、杖全体を観察し始めた。くるくると杖を回しながら別の視線で探るように観察し続けること5分程度。彼の告げた言葉にエコーは衝撃を覚える事となる。


「エコーさん。この杖ってリミッターが掛かっていましたよね?」


「え? あ、ああ……。使ってもいないのによく分かったな」


 そう、彼の言う通り杖にはリミッターが備わっていた。使用者の魔力を過剰に吸い取らないように、という目的で製作者が設けた機能だ。


「魔導武具じゃなく、は大体リミッターがありますからね。それにほら、ここの古代文字の刻印はリミッターとして機能する文字なんですよ」


 彼の言った本物の魔法武具。それは現在流通している人間が作ったとは違って、エルフが作り出した正真正銘の魔法的効果を有した武具を指す。


 エルフは生まれながらにして魔力を持っており、彼等が作る武具は体内魔力を引き出して使うことを前提としている。


 エルフが作り出した魔法武具を簡単に言えば、魔法使いが行使する魔法への自由度を与える事と魔法発動時に用いるブースターの役割を持つ道具だ。


 魔法と親和性の高い素材を用いる事で引き出した体内魔力を効率よく魔法へと変換させ、また魔法効果を増幅させる。同時に使用者が思い描くイメージの具現化を助ける、魔法使いにとって使い勝手の良い武具と言えるだろう。


 逆に人間が独自開発した魔導武具――魔導剣、魔導槍や魔導弓、魔導杖などといった物――は体内魔力を使わずとも効果を発現できるように開発されているが、予め設定された単一の魔法効果しか発動できない。


 魔導武具の内部には魔獣から採取される魔石と呼ばれる素材を人工的に加工した『人工魔石』が組み込まれており、この人工魔石のおかげで体内魔力を持たぬ者も扱える仕組みだ。


 ただ、先に説明した通り、魔導具を通した魔力を任意の形や属性に変換する事が出来ない。これは刻まれた魔導回路に用いられる文字の差だ。古代文字で魔導回路を組んだ魔法武具は自由度の高い魔法を行使できるが、魔導武具はそれができない。


 魔導武具開発の経緯としては人間の多くは魔力を持たず、体内に魔力を秘めている者の方が珍しい故に。魔力を持っていない全ての人間が同様の魔法効果を使えるように開発されたのが『魔導剣』などと呼ばれる品である。


 別として、魔力を持つ人間が魔法使いとして成ろうとした場合は『魔導杖』と呼ばれる魔導具を持つことが多い。


 こちらは人工魔石へ自身の魔力を直接チャージする事が可能となっている。ただ、魔導剣等と同様に単一の魔法しか発動はできない。事前にチャージしておいて体内魔力を節約しながら戦ったり、回復した体内魔力を随時チャージしながら戦うといった戦術が主だ。


 総じて魔導武具と魔法武具の違いは人工魔石によるバッテリー式かどうかの違いである。


 こういった経緯もあって、本物の魔法武具――使用者の制限はあるものの、自由度や汎用性が優れた物――と呼べるのはエルフが作り出した武具を指す。


 こちらが元祖であり、あくまでも人間達が作り出した魔導具は模倣品というわけだ。


 模倣品として称される最大の理由は魔法武具に刻まれる魔導回路の内容に『古代文字』が使用されているからだろう。


 古代文字を刻んで組んだ『古代魔導回路』と呼ばれる魔法式は、人間が模倣する際に独自に作った『汎用魔導回路』よりも効率性や性能が優れているのが理由の一つである。


「すごいな。エルフでも古代文字を読める者は少ないというのに」


 エコーはクルツの知識に驚きを隠せない。古代文字を理解できる事も驚きだが、エルフの作る魔法武具に関してもだ。


 魔法武具は人間社会の市場に出回る事など稀だ。どこで知識を手に入れたのか、と彼女は驚くが彼の師が大魔導師だと思い出して納得がいった。


「杖の材質はエルダートレントの枝に……。コアはマンティコアの魔石かぁ」


 ただ、スラスラと杖の構造や用いられている素材を言い当てるのは「大魔導師の弟子」という一言で済ませられるのかどうか。彼の呟きを聞いているだけで、エコーはクルツが「優秀」であると確信が深まっていく。


 彼が一通り確認し終わった頃には「直るな」と思えるほどの安心感が沸いていた。   


「どうだ?」


「直せますよ。ただ……」


 安心感を抱いていたエコーとは裏腹に、クルツは少し困ったかのように眉を潜ませた。クルツはドキリとしていたエコーの顔を見ながら言葉を口にする。 


「リミッターまでは直せません。というよりも、直さない方が良いと思います」


「どういう事だ?」


「エコーさんが持つ魔力量は、この杖が必要とする魔力量を越えています。杖の破損具合を見るにエコーさんは杖を使う際、無意識にリミッターを越える量を流していたようですね」


 例えるならば、杖が本来使用者から引き出す魔力量は10。だが、リミッターで5までしか引き出さないようにしていた。


 しかし、エコーが持つ魔力量は20で、10を引き出しても余裕がある。しかし、杖を使う際にエコーはリミッター量である5を越えて10の魔力量を常に杖へと流し込んでいた。


 これは簡単な例えであるが、実際はもっと大量の魔力を杖に流してリミッター機能に負荷を与え続けていたのだろう。杖が制御しているにも拘らず、使用者がその制御をぶち破るような使い方をしていた。


 その結果、度重なる負荷に耐え切れずリミッター機能が破損してしまったようだ。機能破損による衝撃で魔導回路の別部分へ魔力的な過負荷が生じしてしまい、核である魔石をも破損してしまった……という事らしい。


「ですので、リミッター機能は杖に無駄な負荷を与えていたという事ですね」


「なるほど……」


 杖が破損した原因が判明した事に加え、杖を越える魔力量をいつの間にか手にしていた事にエコーは頬を緩めてしまう。


「リミッターを外した状態の杖に修理しますか? リミッター機能を削るので空いた場所に新しい魔導回路を組む事もできそうですよ」


 クルツ曰く、リミッター機能を削除して代わりに威力を増加させる機能を埋め込む事も可能だという。


「なんだって!?」


 それを聞き、エコーはカウンターに乗り出すほどの勢いで喰い付いた。


 魔法使いとして、魔法の威力が上がる事は迷宮探索において絶大な効果を生む。威力が増した魔法で魔獣を簡単に討伐できれば、それだけ探索スピードも身の安全も確保しやすくなるのだから。


「お願いできるか!?」


「は、はい。わかりました」


 エコーの勢いに圧倒されたクルツは背を反らしながら何度も頷きを返す。


 その後は必要素材の確認作業を行い、店に素材のストックがあったのでそちらを使用するかどうかの確認をした。


 エコーが素材を持ち込まない事を選択したので、素材代と修理代を合算した金額を提示する。彼女が納得した上でクルツは「修理には3日ほど必要なので、その間は杖を預かります」と打ち合わせを締めた。


「店の開店は10時からです。4日後、好きな時間にお越し下さい」


「ああ、分かった!」


 店に来店したばかりの時とは違って、エコーは満面の笑みだ。ジジに感じていた恐怖などどこへ行ったのか。


 ウルスと共に店を後にした彼女は「ヒャッホー!」と喜びの声を上げてしまいそうなほど上機嫌に去っていった。

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