第10話 杖の修理


 エコーが去って行ったあと、クルツは預かった杖を持って1階にある作業場へ移動した。


「魔法武具の修理なんて久しぶりだなぁ」


「ウォウン」


 後ろをついてきたジジが「いつ以来?」と聞くように鳴き声を上げながら首を傾けると、クルツはジジに「師匠と潜った迷宮で壊れた魔法武具を見つけた時以来かな」と笑いながら返す。


 杖全体の素材はエルダートレントと呼ばれる木の魔獣から獲れる素材――トレントの枝という素材を削ることで作られていた。


 トレントという魔獣は長く生きるにつれて体全体に魔力を蓄積させていく。エルダーと呼ばれるほど長く生きたトレントから採取される太い枝には、それ一本だけで魔法武具を作るだけの魔力を秘めているのだ。


 杖を形作る工程としては、枝を削って杖の形に形成し、先端を台座のような形に削る。その上に任意のコアとなる魔石を置くだけ。非常に簡単な作りだが、使っている素材が高級高品質とあって市場に出回る魔導具の5倍は性能が違う。


 ルクシア王国内の市場価格だけで言えば、この杖を買う金で王都の一等地に豪邸が立つほどだ。


「エルダートレントの杖だし、伝統的な杖なのかな?」


 師匠のクレア曰く、エルフとはトレントの素材をよく用いるそうだ。伝統的な部分もあるが、トレントという物に特別な拘りを持っているという。


 特にトレントの中でもエルダーと冠する高級素材を使って作られた魔法武具は、エルフ族の中でも伝統や儀式に用いる物として作られる事が多い。


 クルツは族長家に伝わる武具なのかな? と当たりをつけるが、真実はエコーしか知らない。ただ、杖の詳細を聞くのは少々踏み込みすぎかと思い直した。


「さて、まずはコアを外そう」


 まずは杖の先端、台座として形成された部分に接着されたコアを取り外す作業から行う。


 台座とコアを接着させているのはスライムの粘液とミズグモと呼ばれる魔獣の糸を溶かして混ぜた魔力を通す接着剤のようだ。


 接着剤の作り方は、熱湯で両素材を溶かした後に根気よく混ぜ合わせる事。こうする事でジェル状の接着剤として完成する。物に塗って乾燥させればくっ付く上に魔力の伝達を阻害しない便利な魔法混合物質だ。


 逆に接着剤を再びジェル状に戻す手段は熱を加えてやればいい。今回の場合は熱湯を流して剥離させるのだが、トレントの枝を削って作った杖部分が痛まないよう熱湯の温度にも気を付けなければならない。


「まずはぬるま湯から……」


 作業場に置かれていた魔導コンロ――魔石を燃料とする小さなコンロ――の上にヤカンを置き、手でも触れるほどのぬるま湯を作る。


 桶にぬるま湯を入れ、杖の先端を桶に近付けるとクルツはぬるま湯を手で掬って台座とコアの隙間に少量だけ流し込む。接着剤がジェル状に戻るかどうか経過観察しつつ、適切な温度を見極めていく。


 この接着剤がジェル状に戻る温度は接着剤を生成した時の配合によって決まる。ミズグモの糸が多ければ多いほど熱に強い接着剤が出来るのだが、少なすぎてもダメ。


 極論言えば水に濡れただけでジェル状に戻るような代物も作れるし、マグマのような超高温でなければ戻らない物も作れる。だが、後の修理を視野に入れているならば、どちらも現実的ではないだろう。


 果たして杖の製作者はどうだろうか。壊れたら終わり、と考える人物なのか。それとも修理して長く使って欲しいと願う人物か。


 最初に試したぬるま湯ではジェル状に戻らなかった。そこから徐々に温度を上げていき、湯気が立つほどの温度――50度を越えた温度を試すと……。


「おっ」


 接着剤がジェル状に戻ったのか、台座に乗っていたコアがグラつくのが分かった。温度としてはトレントの枝が痛まないギリギリかつ、接着剤としての強度を十分に発揮できる塩梅だ。


 クルツは杖を作った見知らぬ製作者に対し「凄いな」と素直な感想を口にした。


 桶の中にコロリとひび割れたコアが落ちると、クルツは熱湯を掬っていたおたまを置いて吸水性の良い布を代わりに取った。布で杖の濡れた部分を丁寧に拭き取り、陽の光が差し込む窓の傍に置く。


 杖の方は一日ほど置いて完全に乾燥してから修復作業に入らなければならないので、今日行える部分はコアの加工までだろう。


「えーっと、マンティコアの魔石は……」


 素材棚の下段に置かれた金属製の箱を開け、白い紙に包まれた拳大の魔石の中から「マンティコア」と紙に書かれた物を探していく。


「あった、あった」


 文字を見つけ、紙に包まれたままの魔石を取り出す。傷がつかないよう巻かれていた紙を外すと、綺麗な青色の魔石の姿が露わになった。


 作業場に差し込む陽の光に当てると、魔石の中心にある魔核・・と呼ばれる小さな球体が見える。


 核と名を冠している通り、この魔石内にある魔核が何より重要だ。同じ名を持つ魔獣でもサイズは様々だが、魔獣本体が大きければ大きいほど魔獣内部にある魔石の大きさと魔核の大きさが変わってくる。


 魔石が大きければ内部の魔核も比例して大きくなり、魔核が大きいほど魔法を発現する際の威力等に関わってくる。


 今回クルツがストックしていた魔石は標準よりも少しだけ大きいサイズだ。元々杖にあった物よりも大きいので、魔石の外殻を少し削らなければならない。


 クルツは棚の下にあった別の箱からハガネザラネズミの革を加工して作られた、魔石を削る際に使われる「ヤスリ革」を取り出してから、テーブルの前に椅子を持ってきて配置した。


 加えて、コーヒーが入ったカップを少し離れた場所に置く。


 彼は作業用の手袋を手に装着させながら椅子に腰を下ろすと「よし」と気合をひとつ。というのも、元々杖にはまっていた魔石と同じ大きさまでヤスリ革で削らなければならないからだ。


 根気がいる作業ともあって、今日一日はこの作業で潰れてしまうだろう。


 手袋越しに魔石とヤスリ革を持ち、クルツはひたすら魔石を磨くように削り始めた。シャカシャカと小気味良い音が作業場に響き、テーブルの上には削れた外殻の細かいカスが積もっていく……。


 ただひたすらに全体を削っていくだけ。昼になったら昼食休憩を挟み、また夕食の時間までひたすらに。陽が落ちて空が真っ暗になった頃、ようやく魔石は元の物と同じサイズに整形された。


「ふう……」


 削り終わった魔石を最後に魔法水で濡らした布で磨きあげた後に、杖の台座と接着する部分に魔力伝達用として古代文字で描かれた魔導回路を彫刻刀に似た道具で掘っていく。文字を掘り終えたらコア部分は完成だ。


 翌日になって、今度は乾燥が終わった杖の修理に取り掛かる。


 該当箇所となる破損した文字部分を魔石加工に用いた彫刻刀型の道具で薄く削り取り、その上に新しい魔導回路を刻むのだ。先日のコアに関しては根気が必要で、今日行う作業は集中力とが必要となる。


 集中力が必要となるのは杖の先端近くに掘られている魔導回路が小さく細かいからだろう。


 描かれる魔導回路は杖の表面に右巻・左巻きの螺旋となっており、始点・終点で魔導回路が完成するという複雑な作り。パッと見ると文字の羅列で数字の「8」となるような形であった。


 この細かく小さな文字の中にある該当文字だけを削らなければならない。他の文字を少しでも削り消してはいけないし、深く削っては修理箇所が目立って杖としての見た目が損なわれる。


「…………」


 いつも優しい笑顔を浮かべているクルツも、この作業の時だけは眉間に皺を寄せて最大限の集中を露わにしていた。


 集中力を要する理由は刻まれた魔導回路の細かさもそうだが、回路として刻まれた文字を削る際に魔力を使う。


 古代文字を素材の上に刻む事は魔力無しでも可能だが、それでは「ただの文字」になってしまう。特別な質の魔力を流しながら文字を刻み、純粋な魔力を含んだ文字として素材に刻まなければ「古代文字」とは言えないし機能しない。


 また、文字を消す際も含まれた魔力を中和しなければ削り取れない仕組みだ。故に修復作業としての集中力、体内で文字を刻む為の魔力を練りながら引き出し続ける集中力、2つを同時に行わなければならない。


 該当文字の上に軽く刃の先端を置きながら、薄皮を削るように「スッ、スッ」と慎重かつ優しく削っていく。

 

 修理道具を握る手に力が入り過ぎないよう慎重に。手や指先が少しでも震えたら道具を一旦置いて手を休ませて……それを繰り返しながら少しずつ文字を削り取っていった。


「ふぅ~……」


 該当の文字数は全部で4文字。だが、全てを削り消すまでに2時間も要した。もっと大胆に削って作業時間を短縮する魔導師も多いが、クルツは修理箇所を目立たせないという点を重視しているせいもあるだろう。


 しかし、時間を掛けた甲斐もあって文字が消えた箇所は目立っていない。あとはここに新しい文字を刻むだけだ。


「威力アップを希望していたし……。うーん」


 依頼者であるエコーが熱望していたのは使用者が発現する魔法の威力増加だ。ただ、威力増加を実現させる文字の組み合わせは幾つかパターンが存在する。


 どれを刻めば全体の魔導回路と相性がいいか、または他の相乗効果を生むか。適切な文字の組み合わせも魔導師としての腕の見せ所と言える。


 クルツは紙と羽ペンをテーブルの上に置くと、考えられる文字の組み合わせをありったけ書いた。書き上げた文字と杖に刻まれた魔導回路を見比べながら、どれが最適かと考える。


「あ! この文字にすれば!」


 紙に杖に刻まれた魔導回路を書き写し、そこに思いついた文字を組み合わせる。本当にこの文字でいいのか、他の文字と相乗効果を生むかどうかを最終確認していった。


「魔力の引き出す総量は変わらない……。威力も上がっているし……。伝達効率、変換効率……。発現する魔法の……」


 ブツブツと小さな声で呟きながら、指で文字を追っていく。始点から終点まで、杖が行う魔法発動までのプロセスの確認と最終的に生み出される機能性や効率性をひとつずつ確認して、漏れや誤りがないか何度も確認を行った。


「よし、問題無し!」


 魔導回路の確認が終わったら、いよいよ実際に杖へ刻み込む作業だ。ここからはまた集中力を要する。


 一文字一文字にたっぷりと時間を使いながら、削り消しの作業と同じく手を休ませながらも慎重に刻み込む。完全に刻み終わった頃には、先日と同じくまた夜になっていた。


 刻み終わった杖を手にして、クルツは体内にある魔力を杖に流すと魔導回路が正しく起動するか試してみた。杖が手に吸い付くような感覚を覚えながら、杖に刻まれた魔導回路が淡い青色を発する。


 全ての文字が光っているのを確認し、クルツは「問題なし」と小さな声で呟いた。


「ふぅ~」


 朝から晩まで集中力を要する作業を続けていたせいか、クルツは目頭を揉み解した後に体をほぐし始めた。


「明日で仕上げだ。頑張ろう」


「ウォン!」


 クルツの言葉に傍で寝そべりながら見守っていたジジも「あと一息!」と鳴き声を上げる。


 翌日、最後の仕上げ作業に取り掛かるが連日の作業と比べてそう時間は掛からない。最初に用意する魔法混合物質の接着剤だけ用意してしまえば、あとは組み立てるだけだ。


 製作者が用いていた接着剤と同じになるよう限りなく再現し、台座に接着剤を塗ったらコアを乗せて位置を調整。コアに刻んだ文字が真下に位置し、台座の真上にくるよう整える。


 あとは接着剤がある程度固まるまで手で押さえ、作業場にある杖用ホルダーに設置すれば完成だ。


「エコーさん、満足してくれるといいな」


「ウォフ」

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