第11話 修理された杖


 修理依頼をされてから4日後、エコーは店の開店時間丁度にやって来た。今回は付き添い人はおらず、彼女だけでの来店だ。


「修理終わっていますよ。今持ってきますね」


「おお!」


 エコーの歓喜する声に笑顔を返しながら、クルツは作業場から杖を取ってきた。


 カウンターの上に厚手の布を敷き、その上に杖を置きながら修理した該当箇所をエコーに見せる。


「先端部分にある魔石の交換、それと魔導回路の修理箇所はここです」


 専門外であるエコーにも分かるよう修理箇所の説明を丁寧に行いながら、修理前と修理後の違いについて説明を加えていく。


「ご希望にあった魔法威力の向上を施しました。ただ、修理前と使用感が違うかもしれないので十分に試運転を重ねてから本格的な迷宮探索に入って下さい」


 昨晩寝る前、それに朝一で杖の起動テストはクルツも行った。杖は問題無く機能していたが、実際に使用する者が感じる感覚の違いまでは分からない。その点は依頼主で確認してもらい、何か問題があれば随時調整すると告げる。


「なるほど。そちらは了解した。威力としてはどれほどの効果が?」


「恐らくは1.5倍ほどですね」


 クルツは実際に魔法を発動させていないので、どれほどの威力になったかは理論値でしか言う事ができない。魔導回路の組み合わせ的には彼が言った通りの上昇が施されているだろう。


 しかし、杖にはもう一つ重要な機能があった。


「杖のリミッターを外したので注ぎ込む魔力の上限値がありません。極論言えば、杖が魔力に耐え切れず自壊するまでは注ぎ込めます」


「は?」


 トレントの枝とマンティコアの魔石という素材は魔法使い向けとして非常に適した素材と言える。体内魔力を引き出す為や魔力を変換することに関してとても親和性が高い素材だ。


 ただ、どの素材にも言える事だが素材が魔力を吸う・蓄える等の行為に対して許容値が存在する。エコーの杖はエルダートレントの枝という特別な素材で作られているので、人の身でその許容値を簡単に越える事は無いのだが。


 しかし、魔力をあるだけ注ぎ込める杖などエコーは聞いた事がない。


「元々この杖にあった機能ですよ。恐らくは未熟な魔法使いが暴走しないようにリミッターを設けていたのでしょうけど、エコーさんのようなベテラン冒険者であれば大丈夫でしょう」


 極論言えば、エコーの持つ魔力を全て注ぎ込んで『命と引き換えにした一撃』すらも発動できるという事だ。魔導武具の原型となる魔法武具のほとんどにリミッターが設けられている理由はクルツが言った通りだろう。


 エコーのようなベテラン冒険者であれば自制できるだろうが、彼女以外の者が使う時は注意せねばならない。


「この杖を作った人はとてつもない職人ですね。魔導回路を見るだけで分かります。丁寧かつ、非常に効率的で使用者が注ぎ込む魔力を無駄にしないよう工夫されています。ただ、繰り返しになりますが魔力を注ぐ時は注意してくださいね」


 エコーの杖はこれまでクルツが見てきた魔法武具の中でも特別製と言えるだろう。性能が凄まじい故に使用者から魔力を吸う際もスルスルと流れる水のように吸い込んでしまう。使用者側が自制しなければ杖に殺されかねない。


「勿論、自制はするが……。まさか、そこまで凄い杖だったのか」


 リミッターを外した杖の真価を聞き、エコーは驚きの表情を浮かべた後、すぐに表情を笑顔へと変えた。


 もしかしたら、彼女の身内か知り合いが杖を作った製作者なのかもしれない。 


「ありがとう。とにかく助かったよ」


 エコーは杖を受け取りながら安堵の笑みを浮かべた。一時は絶望的かと思われた冒険者生活が、引き続き活動できるのだから彼女が浮かべる表情にも納得できよう。


 彼女は身に着けていた腰のポーチから財布を取り出して代金をカウンターの上に置いた。


「いえ、こちらも勉強になりました」


 クルツも滅多に見る事のできない魔法武具の修理をする事で魔導師としての経験値を積める。笑顔で「ありがとうございました」と言いながら代金を受け取った。


「メンテナンスもしますので、その時は是非」


「ああ、勿論だ。よろしく頼む」


 アフターサービスの案内もして、今後の営業に関してもバッチリだ。満面の笑みを浮かべたエコーの背中を見送りながら、店を出て会釈するエコーにクルツも会釈を返した。 



-----



「さて、試し撃ちといこうか」


 修理された杖を受け取ったエコーはその足で迷宮へと向かった。


 クレント大迷宮の調査状況としては、地下35階まで見つかっている。しかしながら、A級冒険者達やギルド職員達の間では更に下へ続く道があると睨んでおり、現在は下層に続く道を探している状態だ。


 35階から下に続く道は1年以上見つかっていない。巧妙に隠されているのか、それとも道を明らかにするギミックがあるのか。


 加えて、現状の最下層である35階までのショートカットが存在しないのも調査が遅れている原因の1つだ。


 一瞬で最下層まで行ける魔法的な装置も無いし、ひたすら長い階段があるわけでもない。冒険者達が最下層を目指すには地道に1階から下って行かなきゃならない。


 既にマッピングはされているものの、それでも35階まで降りるのは5日以上も時間が掛かる。道中で遭遇する魔獣の種類によってはもっと時間が掛かるだろう。


 ただ、下層の道を探すだけのも重要であるが、冒険者として金銭を稼ぐ為にも下層を目指すべしとされている。理由としては、最下層付近に出没する魔獣の素材は市場流通量が少ないからだ。


 流通量が少ないという事は素材自体の単価が高額になるし、牙の一本だけでも持ち替えればそれなりの稼ぎを得られる。辿り着けるだけの実力があればの話だが。


 そんな状況下でエコーが日々の糧を稼ぐ為に主な活動の場としているのは地下30階。


 地下に行けば行くほど凶悪な魔獣が跋扈する大迷宮において、現状の最下層付近を「稼ぎ場」として言えるのは彼女が優秀で有能な魔法使いである証だろう。


 ただ、試し撃ちとあって今日はそこまで深く潜るつもりはなかった。


 道中ですれ違う顔見知りの冒険者と挨拶を交わしつつ、彼女は半日で辿り着ける地下10階で試し撃ちする事にした。


 地下10階は簡単に言うと洞窟のような場所だ。ゴツゴツとした岩の壁に挟まれた道が続く場所であり、これは入り口のある1階からほぼ変わらない景色だった。


 下層に行けば行くほど分かれ道が多くなって迷路のような階層になっていくのだが、マッピングされた地図を持っていれば迷う事もない。地下20階に到達すると風景も変わるのだが、それはまた別の機会に語るとしよう。


「この辺りで良いか」


 エコーは地下10階にある広場のような場所――通称、サルの溜まり場と呼ばれる場所に到達した。呼び名の通り、ここはサルの魔獣であるマッドモンキーのねぐらである。


 単体としてはそう強くないのだが、群れで行動するマッドモンキーは連携攻撃を仕掛けてくる厄介な魔獣だ。


 とはいえ、革を剥げば立派な服の材料になるし、臓物は薬の材料、爪や牙も生活用品の材料として使われるので、初心者を脱した冒険者にとっては丁度良い狩場として有名である。


 サルの溜まり場に他の冒険者がいない事を確認すると、エコーは広場の中央で捕獲した魔獣の肉を喰らうマッドモンキー達へ杖を向けた。


「最初はいつも通りに――」


 エコーは杖が修理される前と同じ感覚で魔力を杖に注ぐ。彼女が得意とする魔法は雷の魔法で、単体にも範囲にも優れた汎用性の高い魔法だ。今回もマッドモンキーに向けて放とうとした魔法は雷が球体となって飛んでいくものである。


 自身の内側から引き出した魔力量は確かに以前と同じ。魔力が体からスルリと抜けて杖に吸収されると、杖の先端付近にあった魔導回路が淡い青色の光を発する。


 杖を伝って魔導回路全てに魔力が浸透し、魔力が魔石へと伝わって行く。プロセスとしては今まで通りであるが、修理された今は明らかにそこまで有する時間が短縮されていた。


「え!? はや――」


 効率性、魔力伝導率がクルツによって強化されている影響だ。魔力を流してから1秒も掛からずに、エコーの魔力が杖の魔石へと伝わる。


 しかも、それだけじゃない。魔石が発する光が修理前よりも明らかに強かった。クルツ曰く「威力は1.5倍」と言っていたが、それは効率性と伝導率を加味したものだったのだろうか。


 否である。クルツはしくじった。説明不足だった。クルツが選んだ魔法文字のおかげで威力が向上した上に、相乗効果で杖の基礎性能自体も上がったと言うべきだったのだ。


 結果、エコーが「いつも通り」と称した魔力量で、修理前に比べて3倍以上の威力を発揮する。


 青く発光した魔石からビカビカと強い光を放つ雷の球体が生まれ、宙を浮かびながらマッドモンキー達の方向へと進んで行く。雷の球体はマッドモンキーに接近すると、まるで落雷が落ちたかのような轟音と閃光を発しながら弾けた。


「うわあああ!?」


 魔法を撃ったエコーでさえ、目を片手で覆いながら顔を逸らすほど。顔を逸らしている間、彼女の耳には轟音と発光が鳴り響いた後も「バチバチバチィ!!」と電撃が弾けるような音が聞こえ続けた。


 ようやく音が鳴り止んで、エコーは恐る恐る目を開けた。広場にいたマッドモンキー達がどうなったのか確認すると……


「う、うわあ……」


 広場にいた複数匹のマッドモンキー全てがしていた。床には黒い焦げた跡が無数にあり、雷の魔法を喰らったマッドモンキーは毛の一本すら残さず消滅してしまったのだ。


 確かに威力は向上したが、まさか素材が獲れぬほどの威力になるとは思ってもみなかったろう。


「……下層での戦いは楽になりそうだが、練習が必要だな」


 そう言いながらエコーは「大魔導師の弟子が手を入れた結果か」と内心で感想を浮かべる。新しく生まれ変わった杖を使いこなせれば、下層での狩りがより一層楽になりそうだと満足感もあった。


 後日、彼女がクルツに試し撃ちの結果を話すとクルツは説明不足だった事に気付いて深々と頭を下げた。

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