第4話 朝の散歩と納品 2


 冒険者ギルドを後にしたクルツは、犬ゾリに積まれた木箱残り一箱を納品するべく次の目的地へと向かって行く。


 メインストリートを中央区に向かって歩き出し、都市の中心にある中央十字路付近に建設された大きな建物に辿り着いた。


 彼が到着した建物の名は聖アリオス医療院、またの名を聖アリオス教会と呼ばれる場所である。


 名の通り、教会に勤める聖職者達が人々に対して医療行為も施す場となっており、都市に存在する建物の中では一番大きな建物と言えるだろう。


 その理由は、都市住民全員の医療行為を引き受けている点。加えて、大神アリオスに祈りを捧げる教会も併設されているからだ。医療院の裏手には聖アリオス教会が経営している孤児院も建っていて、中央区画の北東半分は聖アリオス教会の施設で占有されている。


 余談であるが、中央十字路には何も無い。歩道と馬車や馬用の石畳み道路が敷かれただけだ。


 昔は中央区に噴水や王国旗などが掲げられる柱やモニュメントが立っていたのだが全て撤去された。そうなった理由は都市の繁栄と共に都市内における人や馬車の交通量が増加したせいだ。


 都市の真ん中、メインストリートの中央交差点という事もあって東西南北から往来する人と馬車の数はとんでもなく多い。一時は交通量の増加に伴って馬車同士の衝突事故や人を轢いてしまう事故が多発。


 そのせいもあって、領主が中央区にあった噴水等を全て撤去。今では領主騎士団所属の憲兵隊が中央交差点に立ち、安全の為に毎日交通整備を行っている状態だ。


 因みに中央交差点に置かれていた噴水や王国旗用の柱は北区画にある公園に移動させられている。


 閑話休題。


 医療院前に到着したクルツは犬ゾリから箱を持ち上げ、ジジに視線を向けた。今度はついて来る? と聞く前にジジは床に伏せて目を閉じてしまう。


 ここで待っている、という態度にクルツは「ふふ」と笑い声を漏らしながら医療院の入り口へ続く石の階段を登り始めた。


 計5段になる石階段を登り、入り口のドアを開けるべく箱を地面に置こうとしたが、タイミングよく入り口のドアが開いた。


「おや? おお、クルツ殿。おはようございます」


 入り口から出てきたのは箒を持った中年聖職者。どうやら入り口の掃除をしようと外に出てきたらしい。頻繁にポーションの納品に来るクルツとは勿論顔馴染みで、中年聖職者はドアを開けて支えながら「どうぞ、中へ」と誘った。


 ありがとうございます、と礼を言いながら医療院内へと進入するクルツ。彼はそのまま医療院入り口にある受付へと歩み寄った。


「クルツさん。おはようございます」


「おはようございます。納品に参りました。先生はいらっしゃいますか?」


 受付に座っていた女性聖職者がクルツを見つけると、受付奥にあった部屋に向かって「先生、クルツさんが来ましたよ!」とやや大きな声で知らせる。


 女性聖職者の声を聞き、早足でやって来たのは祭服の上に白衣を着た茶髪の若い男性。だが、よく見れば上に羽織っている白衣には赤い血が付着していた。


「ルディ先生、どうしたんですか!?」


「やぁ、クルツ君! ――ああ、すまない!」


 白衣に付着した血にクルツが驚きの声を上げるのと同時に、彼が「ルディ先生」と呼んだ男性も同時に声を上げて言葉が被さってしまった。互いに「すみません」と謝って仕切り直すと、ルディが先に口を開く。


「申し訳ない、早朝に迷宮で怪我した者が運び込まれてね。先ほど処置を終えたところだったんだ」


 どうやら迷宮から運び込まれた患者を処置したばかりらしく、白衣に付着していた血は迷宮内で怪我をした冒険者のものだのだろう。


 聖職者であり、都市一番の優秀な医師としても活躍するルディは朝から大忙しだったようだが、緊急事態じゃないことに安堵したクルツはホッと胸を撫でおろす。


「いやはや、誤解させてすまないね」


 そう言いながらルディは白衣を脱いでクルクルと丸めて脇に抱える。そのままクルツを奥の休憩室へと誘った。


「ソファーに座って待っててね」


 休憩室内のソファーを勧められ、クルツは素直に着席。ルディは丸めた白衣を折り畳み式のランドリーケースに入れると、休憩室内にあった水道で手を洗い始めた。


 両手を清潔にしたルディは箱を開けてポーションの数を確認。品質についてはクルツの腕を知っているせいか、何も言わなかった。 


「うん。注文通りです。いつもありがとう」


 確認を終えたルディは受付にいた女性聖職者から「納品完了」と書かれた文字と聖アリオス教会の紋章朱印を押した紙をクルツに手渡した。冒険者ギルドと違い、教会が外部依頼した物に関しては全て納品完了書が渡される。


 これは依頼料と商品代金の振り込みに使われ、同時に『依頼完了』の証書としても扱われるものだ。同じ物を教会側が持っており、教会側は証書に書かれた金額を王立銀行が発行したクルツの口座に金額を振り込む。


 要はトラブル防止として作られた教会独自のルールだ。


「運び込まれた怪我人は大丈夫でしたか?」


「15階でアイアン・アントの群れに遭遇したようでね。腕を噛みつかれてしまったようだ」


 内容を聞き、クルツは「うわぁ」と顔を顰めた。アイアン・アントとは鋼の外殻に覆われた巨大な蟻である。顎にある牙も鋼でできており、噛みつかれれば人間の腕など軽く切断してしまう。


 ルディは噛みつかれた後の事を口にはしなかったが、アイアン・アントを知っていれば「切断されたんだな」と簡単に想像できた。


 迷宮とは国に大きな恩恵を与える。迷宮に潜る冒険者も日々の糧を得ることは勿論、迷宮内で新たな発見や迷宮踏破を成せば名誉を得ることだって出来るだろう。


 しかし、それらは簡単なことじゃない。今朝運び込まれた冒険者のように、魔獣に腕を切断されて冒険者業をリタイア……なんて悲劇はざらだ。


 光り輝く栄光の裏側には暗い影がつきものだ。その影となった者達が運び込まれる場所こそ、この医療院という施設と言えるだろう。


「だが、幸いにして命を落とす事はなかったよ。君のポーションがあったおかげでね。年々、迷宮で怪我を負った冒険者が命を落とさずに済むのは喜ばしいことだ」


 そう言って微笑むルディだが、クルツは眉を潜ませながら首を振る。


「ポーションを店頭販売したり、納品先を増やせれば良いと思うのですが……」


「それはダメだ。クレア様にも国王陛下にも禁止されているのだろう?」


 現在、クルツが作るポーションは販売先も販売数も制限されている。制限を掛けているのは彼の師であるクレアとルクシア王国国王という最高権力者であった。


 大魔導師曰く「お前のポーションは薬であるが、害にもなる」とのことだ。当時そう言われてショックを受けたクルツも、今となっては彼女が一時ポーション作りを禁止した理由も理解できるようになってきた。


 だが、理解してはいるものの「もっと」と思ってしまうのは彼の優しさ故だろう。


「君のポーションは効きすぎる。怪我にもにもね」


 クルツの作るポーションは画期的で革命的だ。だが、同時にポーション生成を主とする薬師業界に大きな衝撃とダメージを与えかねない。


 何より、彼の作るポーションが「師匠を越えている」というのが問題でもある。


 クルツ印のポーションを公開することによって医療に関する急速な発展は人類にとって喜ばしい事でもあるが、同時に様々な問題が起きると危惧した大魔導師はルクシア王国国王に相談。


 国王との協議を重ねた結果、クレントにある教会と冒険者ギルドのみで数量限定販売という範囲に収まる。ただ、付け加えると国王が提案した「数量限定・販売機関の限定」にも大魔導師はポーション販売にも反対していた。


 とにかく、そういった経緯もあってウィッチクラフトでポーションは店頭販売されていない。


 彼が作ったポーションは教会とギルドという二大組織でしか取り扱っていないし、関係者以外に対しては製造者の情報は限りなく秘密とされていた。


 といっても、聡い者なら既にクルツの存在を知っているだろうが……安易に手を出せない理由もまた存在する。


「まぁ、全ては君を守るためだ。クレア様は愛情深いな」


「僕への愛情よりも、怪我人が回復する方が重要だと思うのですが」


「君の考えも正しいよ。だが、陛下が国としてのメリットとデメリットを天秤に掛けた結果だ。君が気に病む事もなければ、国としての判断としても正しいと思う」


 要はバランスの問題だ。未だ若いクルツが表舞台の脚光を浴びるにはまだ早い。


 世の中には優しそうな笑みを浮かべながらも、内心ではあくどい考えを抱く者も多かろう。そういった者達に利用されない、犯罪に巻き込まれないための処置が今の現状という事だ。


「それにね。君のポーションに頼りきりでは人生の先輩として恥ずかしいだろう?」


 と、ルディは言葉を続けて受付を指差した。


 そこには腕を医療用の固形材で固定して、その上から包帯をぐるぐる巻きにされた冒険者が笑顔で受付の女性と話す姿があった。


 クルツが耳を傾けると「いやぁ、腕が千切られた時は焦ったがまさかくっつくとはな! 冒険者業も廃業せずに済みそうだぜ!」と豪快に笑う話し声が聞こえてきた。


 現在の医療技術では切断された腕を元通りに治す、なんて行為は難しいとされていた。だが、目の前にいる医師はそれを可能にしてみせたのだ。


 冒険者の声を聞き、クルツは驚きながらもルディの顔を見た。


「どうだい? 日々研鑽を積む私の腕も悪くないだろう?」


 確かにクルツのポーションは優秀だ。だが、それだけで終わらせはいけない。


 ルディのように人を救おうとする強い意志を持った者が研鑽を積んで技術を向上させれば、相乗効果によって世の中はよりよく成長していくだろう。


 そう、目の前にある光景のように。 


「さすがです。先生」


「だろう? 年下の君に負けっぱなしというわけにはいかないよ」


 そう言って、二人は小さく笑いあった。

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