【短編番外】効果的に人を泣かせる方法

 ある日の昼下がり、退屈そうに庭のベンチで日向ぼっこをしているスミレを見つけた魔王は、スミレに声をかけました。

「スミレ、暇か?」

「ああ、やることがなくなってしまった」

 魔王は、自分に対して何も警戒していないスミレに悪戯を仕掛けようと思い、手のひらの中で魔法を使いました。

「ちょうどよかった。スミレ、これを見てくれ」

「?」

 魔王が差し出した手のひらを開くと、そこには小さな芋虫がウゴウゴと気持ち悪く蠢いていました。

「キャアアアアア!!!」

 スミレは甲高い声で絶叫し、魔王を突き飛ばして全速力で逃げ出しました。

 魔王はかんらかんらと大笑いです。

 スミレは小さくてクネクネした生き物が生理的に大嫌いでした。

 同じ芋虫でも巨大な怪物なら勇敢に立ち向かうのですが、何故か小さな芋虫や糸ミミズのような、小さいものがダメなのです。魔王はその弱点を掴んで以来、たまにこうやってスミレを苛めて楽しんでいました。

 魔王は、人を苛めるのが昔から大好きで、イライラしていると人の嫌がることをして反応を楽しみ、そうすることで憂さを晴らしていました。

 今日はこのような小さな悪戯ですが、本来はもっと酷い拷問が大好きなのです。

 それも、味気のない弱いもの苛めよりも、もっと陰湿で意地の悪い拷問を好みました。

 しかしそれも同じ方法だとすぐに飽きてしまうので、魔王は人を泣かせる方法についてはいつも研究していました。


 こうして時々スミレを苛めていた魔王ですが、やがてスミレを苛めることでは満足できなくなってきました。

 それというのも、スミレはどんなに苛められてもどんどん魔王の魅力に惹かれてゆき、芋虫は確実に嫌がるのですが、他の方法ではあまり苦痛に思わなかったり、魔王が楽しいなら耐えようと諦めたり、いまいち人並みに苦しまないのです。

 魔王はスミレが可哀想になってきて、いつしか苛めるのをやめてしまいました。

 そして、どうやったらスミレが喜ぶのかについて考えるようになっていきました。

 愛情表現の歪んでいた魔王は、スミレと愛し合うようになってから、だんだん正しい方へ矯正されてゆき、いつしか愛情深い人物になってゆきました。


 魔王とスミレが結婚してしばらく経ったある夜のことです。

 夜の営みを終えた二人は抱き締め合って眠ろうとしていました。

 不意に魔王はスミレのことが可愛くて仕方なくなり、珍しくスミレに愛をささやきました。

「スミレ、可愛い」

 いつも淡白であまり愛を表さない魔王が急に熱っぽく褒めてきたので、スミレは驚きました。

「な、なんだよ、急に」

 魔王は今までも全く褒めなかったわけではありません。たまに気が向いたときにスミレを褒めていました。

 しかし本当にごくたまにしか愛を表さないので、スミレは未だに耐性がありませんでした。急に褒められるとドキドキしてしまいます。

「スミレはどんどん可愛くなるな。昔に比べたらずっと女らしくなった」

「……」

 スミレは嬉しくてしかたない反面、どう反応していいのか困惑しました。

 少し前は意地を張って喧嘩したスミレでしたが、なぜだか今はとても満たされて、反発する気になりません。

 困ったような顔をして黙り込むスミレを見て、魔王は心配になりました。

「どうしたスミレ?私、何か変なこと言ったか?」

「……ううん……。……嬉しい、よ……?」

 表情と発言が矛盾するスミレに、魔王は困惑しました。全然嬉しそうに見えません。

「嬉しいなら、もっと嬉しそうにしろ。せっかく褒めてるのに」

「う、嬉しいよ。ほんとに喜んでるんだ。でも、その、お前、あんまりそんなこと言わないから、なんか、慣れてないんだ」

 スミレがどんどん嬉しくなさそうな顔になっていくので、魔王はもっと熱っぽく愛を語りました。

「そんな顔をするなスミレ。嬉しいなら笑ってくれ。私は確かにあまり好きだとは言わないが、いつだってお前を愛しているんだ」

 この言葉に、ついにスミレの涙腺が決壊しました。本当に珍しく嬉しくなったので、感情がおさえられなくなったのです。

 しかし、魔王は困りました。喜ばせようとしたことが逆の結果を招いたのです。

「な、なぜ泣くんだ?私全然苛めてないぞ?」

「違う、違うんだ、魔王。わたしは、本当は、すごく、泣き虫なんだ……」

 困惑しながら、泣きじゃくるスミレを見ていた魔王の心に、不意に火がつきました。それは実に久しぶりな部分、嗜虐性です。

 魔王は気がつきました。

 苛めてもなかなか泣かないスミレも、魔王の理解できない部分で突然泣くことがあるのです。スミレは逆境には強いのですが、順境には滅法弱く、嬉しいと泣くのです。

 魔王はワクワクしてきました。スミレをもっと泣かせたい。スミレをもっと困らせたい。かつて見たことのない反応に新鮮な感動を感じました。

 明日、また誉めちぎって泣くかどうか実験しよう。


 昨夜、あまりに嬉しくて泣き疲れて、満たされた気持ちで眠ったスミレは、朝目が覚めてからも、お昼になっても、ぼんやり魔王のことばかり考えていました。

 昨夜の貴重な台詞を頭の中で何度も反芻し、ため息をつきました。

 様子がおかしいスミレに城の魔物たちも心配になり、魔王になんとか元気付けてもらえないかと進言しました。

 涼しい顔をして魔物たちの訴えを聞いていた魔王は、しめしめと思いました。

 スミレが大分弱っているようなので、少しつつけばすぐ泣くかもしれません。

 スミレを慣れさせてはいけない。タイミングとさじ加減が一番重要だと考えた魔王は、スミレが弱りきった今畳み掛けて、あとはしばらくまた淡白に接しようと考えました。

 ともかく困らせて泣かせるには今がチャンスです。魔王はスミレのもとに行き、さも心配そうに優しい声を掛けました。

「朝から元気がないようだな。具合でも悪いのか?」

「ま、魔王……」

 想い人が急に現れて、スミレは動揺しました。昨夜あんなに泣いてしまったので、気まずさもありました。

「だ、大丈夫だ。なんともない」

 スミレは魔王と目を合わせようとしません。

「城の者たちも心配していたぞ。一体どうしたのだ?」

 スミレは言いにくそうに、正直に話しました。

「……お前が……あんなこと言うから……」

 魔王はこの言葉を待っていました。スミレがいつものようにツンツンした態度に出ないとこちらはいまいち攻撃力に欠けてしまうのです。

「……私は……お前に愛していると言ってはいけないのか?」

 魔王は悲しそうに顔を曇らせました。しかしこれは泣かせる実験。もちろん演技です。

「……そ……そんな……ことは……」

「ならばなぜ、お前は元気を出してくれない?私が愛していると言っただけでお前は泣き、今日は一日憂鬱そうにしている。私はお前を愛してはいけないのか?」

「あ………あ……っ、あ……っ」

 魔王は、スミレがだいぶ困惑しているようなので、ここで畳み掛けることにしました。

「お前が私に愛されることを拒んでも、私の愛はもう止められないのだ、スミレ。お前を愛している……」

 おもむろにスミレを抱きしめ、なおも耳元でささやきました。

「お前の体は柔らかいな。触り心地がいい。ずいぶん女らしくなったな」

「は、はうううう……」

 スミレは滅多にない事態に頭がついていかず、ついに泣き出してしまいました。

「なんで急にそんなこと言い出すんだよ~~!うわあああん!わたし可愛くないもん~~~!うえええん!」

 いじめたときよりずっと派手に泣き出すスミレに、魔王の心は潤いました。

「どうして泣くんだスミレ。お前は可愛いぞ。とっても」

 スミレが顔を覆って泣いているのをいいことに、魔王は満足そうににやにやと笑いました。

 その顔は悪魔そのものの笑みでした。

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