第七幕

 次の日の朝、スミレはしばらくぶりに銀色に輝く全身鎧に身を包み、身の丈ほどもある大剣を背負い、荷物をまとめて魔王の玉座に現れました。

 隙のない身なりに、魔王は顔をしかめました。

「それを着ていくのか?ドレスのほうが可愛いのに……」

 スミレはあきれました。

「あのな、わかってるのか?村への潜入調査だぞ?ヒラヒラのドレスで村に降りてみろ、わたしは顔が割れている。魔王退治する気がないと思われて違約金をとられてしまう。魔王はあくまで人間の振りをして、わたしの仲間として潜入するのだ。そういう手はずだろう?さあ、魔王、この布を頭に巻くのだ」

 スミレは白い布切れを魔王に手渡しました。魔王は嫌そうな顔をしました。

「私の立派な角が」

 スミレは無理矢理魔王の頭に布を巻き付けました。

「いいからおとなしくしろ!」


 村への潜入調査は人間の姿に近いジギタリスやハルジオンなど数名の魔物と、魔王とスミレで出発することになりました。

 一行はまず村の宿屋を手配し、荷物を預けてから、失踪事件の被害者の家族の家を一件一件あたりました。

 村人たちは涙ながらに、あるいは当時を思い出したくないと渋り、少しずつですが事件の様子を語りました。

 スミレの顔を知っている村人は、スミレの手を握り、一刻も早い魔王討伐を願いました。スミレは魔王討伐を口では約束しましたが、心の中では複雑でした。


 そして一行は一番最近の失踪事件の重要参考人のアカザの元を訪れました。

「アカザさん。その時のことを話して下さいますか?」

 スミレが優しく語りかけると、アカザは苦しそうな様子で語り始めました。

「俺たちは茸採りに森へ入ったんだ。二人で夢中になって茸を採っていたら、いきなり魔物が現れて……。最初に俺が襲われたんだ。ミモザは俺を助けようとしてそのまま魔物に……ううう……」

 ジギタリスは気になることがありました。

「魔物の姿を、見たのですかな?どんな姿でした?」

 アカザは少し顔を歪め、語りました。

「俺たちの倍もある大きさで、毛むくじゃらで、熊手みたいな爪を持った奴だった」

「それは熊ではないのですな?」

「ああ、熊じゃねえ。熊よりもっと醜かった。頭に角も生えていた」

 魔王は自分の下僕たちに符合するものを思い浮かべました

「そんな奴いたか……?」

 魔王は思わずぽつりと漏らしてしまい、スミレが慌ててごまかしました。

「わー!わー……それは恐ろしい魔物だな!」

 そしてこっそりと、「黙れサルビア、わかっているのか?」と小声でたしなめました。

「今日はお辛い話を話して下さり、ありがとうございました。それでは、お大事になさって下さい」

 とジギタリスが彼を思いやり、一行はアカザの家をあとにしました。

「どうだジギタリス、怪しい点はあったか?」

 ジギタリスの心に少し引っかかることがありました。それは魔王も同じでした。

「我々の仲間の犯行でないことは確かですな。この村の周囲に元々棲みついている魔物の犯行ではないかと」

 魔王も同意しました

 そして、最も重要なことを口にしました。

「それにしても…この村はずいぶん魔物臭いな」

 それを聞いてハルジオンが、以前から感じていたことを口にしました。

「そうやんなあ。そういえばあたしも不思議だったんやわ。この村は魔物臭いで」

 スミレは驚きました。村全体が魔物臭いだなんて。

「魔物の臭いなんて、わかるものなのか?」

「スミレは人間の臭いも魔物の臭いもわからんのか?」

 魔王たちは驚きました。

 そしてこう結論を出しました。

「人間の嗅覚が我々よりも鈍いということを逆手に取って、村の中でのうのうと暮らしている奴がいるわけだ」


 一行が去った後

 他愛もない日常会話のように村のどこかで物騒な会話がなされていました

「行ったか?」

「ああ、やつら、何かかぎ回ってやがる」

「余計な事は何も喋ってないだろうな?」

「喋るか。だが、やつら本物の魔族だ。何か嗅ぎ付けたかもしれん」

「集まれ、協議する」

「わかった」


 村の酒場では今夜も魔王討伐の戦士たちがたむろしていました。皆丘の城で魔物たちにやられた怪我を癒し再び挑戦するため、村に宿をとり生活しているのです。

 そこへ、淡い金色の髪を短く刈り上げた、薄い紫色の瞳をした美しいライラックという戦士が酒場の扉をくぐりました。ライラックもまた、先日魔王に勝負を挑み、全身に火傷を負って村の宿で療養していましたが、少し痛みが引いてきたので、体中に包帯を巻き、麻のチュニックを着て、リハビリがてら酒場に来たのです。

 隣に座っていた戦士が声をかけてきました。

「よう、兄ちゃん、その怪我を見ると、兄ちゃんも駄目だったか」

 ライラックは悔しそうにうつむきました。

「ああ……魔王の元まで進むことはできるんだ。だが、肝心の魔王の強さは別格だ」

 戦士は激しく同意して、彼の肩を叩きました。

「そうなんだよ、運がよけりゃあ俺も魔王の元まで行けるんだ。だが、あれは駄目だ……」

 すると酒場のマスターがうんざりした様子で戦士たちに言いました。

「あんたらなあ……飲みにきてくれるのは嬉しいがよ、毎日毎日駄目だ駄目だって愚痴ってねぇで、いい加減魔王をやっつけてくれよ」

 戦士はカッとなって怒鳴りました。

「言うのは簡単だ!だがな、あんた魔王と戦ったことがあるのか?奴の化け物ぶりを見てから言えよ!」

 マスターも怒鳴り返しました。

「じゃあ勝てないならせめてどっかに連れて行けよ!城の地下にでも繋いでこいよ!とにかくやつらの悪さをやめさせてもらえればどうだっていいんだよ!」

 マスターの怒鳴り声に、酒場の村人たちも触発されました。

「そうだ!できないってんなら他にも方法があるだろう、戦士さんがたで束になってでもかかって行けよ!」

 他の戦士も怒鳴り返しました。

「束になって行ったこともあらあ!それでも駄目だったんだよ!」

「元からこんな依頼無理があったんだよ!俺は知らねえ!おとなしく魔物に食われちまえよ!」

 村人はこの一言に憤慨しました。そして奥に座っていた村長が声を上げました。

「なんだと?今すぐ違約金を納めてこの村から出て行きやがれ!」

 戦士は、

「わかったよ!有り金全部置いてってやるよ!こんなところ二度と来るか!滅びちまえ!」

 と、呪いの言葉を吐いて酒場から出て行きました。

 村人の怒りの矛先はライラックたちにも向けられました。

「てめえらも違約金を払いやがれ!」

 しかし、ライラックは必ず魔王を倒さなければならない理由がありました。

『私より弱いやつなんか尊敬できるかよ』

 つんと澄まして彼の心を抉った、美しい少女の横顔が忘れられません。

「断る!俺にはできる!次こそ倒してみせる!」

「その言葉は聞き飽きたぜ!」

 今にも取っ組み合いの喧嘩が始まろうかというとき、酒場の外から、耳をつんざくような悲鳴が聞こえてきました。

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