第六幕

 丘の麓の村、とある村人の家に、朝早くから訪問者がありました。

「おい、ミモザ、居るか?」

 ミモザと呼ばれた男は聞き覚えのある声に玄関のドアを開けました

「アカザじゃないか、どうした?」

「今日は村の奥の森へ、茸を採りにいかないか?」

 ミモザは少し不思議に思いました。はて、今の時期おいしい茸が森に生えていたでしょうか?

「今からか?なんか今の時期おいしい茸なんてあったっけ?」

 アカザと呼ばれた友人は両手を広げてやれやれという顔をしました。

「キクタケだよ。この間すげえでっかいキクタケを見つけたんだ。だから今度お前も誘って来ようと思ってたんだ。今日は天気もいいし、ちょうどいい」

 ミモザは朝食をとり、これから畑を見に行くところでしたが、その話に興味を持ちました。

「うーん……今日は畑の手入れをしようと思ってたが……いいな、それ!畑はおっかあに任せても良いだろう。よし、準備してくるからちょっと待ってな」

 ミモザは大急ぎで支度をし、奥さんに畑を任せると言いつけて、アカザと森へ出かけました。

 ミモザの奥さんは

「あんた、最近物騒だから気をつけるんだよ」

 と声をかけて見送りました。

 さて、森の沢にやってきた二人は、そこにキクタケの群生を見つけました。

「すげえ、もっと寒くならねえと出てこないと思っていたが、こんな早いうちにこんなにキクタケが見つかると思わなかったぜ」

 ミモザは夢中になってキクタケを採りました。

 すると、後ろからアカザの悲鳴が聞こえました。

「……どうしたんだアカザ?……う、うわぁあ!」

 振り向いたミモザの目の前で、アカザは魔物に捕まり森の奥へと連れて行かれました。

「あ!アカザぁ!てめえ、アカザを返せ!」

 ミモザは夢中でアカザを追いかけ森の奥へと入っていきました。そして二度と村へと戻る事はありませんでした。


 暫くして傷だらけのアカザが村にかえってくると、畑仕事をしていた村人たちがアカザの周りに集まりました。

「どうしたんだアカザ?その怪我は?魔物にやられたのか?」

 アカザは悔しそうにうなずきました。

「俺は命からがらなんとか逃げてきたが、一緒に森に行ったミモザが……」

 ミモザの奥さんはそれを聞いて泣き出してしまいました。

「ああ、あんた……!だから気をつけなって言ったのに!」

「すまねえ奥さん……」

 村人は怒りに震えました。

「勇者は何をやっているんだ……こうしてまた人がやられたのに、いつまで魔王退治に時間をかけてるんだ……許せねえ!」

 村人たちの勇者たちへの怒りは益々燃え上がりました。


「アスター。貴様やってないだろうな?」

「滅相もございません。魔王家に仕えて二百年。私が魔王様に罪を着せるなど考えたこともございません」

「うーん……だろうな。アスターがやるわけがない」

 魔王の城では、魔王に濡れ衣を着せた犯人探しが行われていました。魔王の城には二百ほどの魔族や魔物が棲んでいましたが、引っ越しの時、魔王は気の置けない下僕だけを集めて連れてきたつもりだったので、見覚えのないもの、怪しいものは居ないはずでした。ですから、いくら探しても怪しいものは見つかりませんでした。

「第一、魔王様が村を襲って誰が得をするのです?魔王様は人間の肉がお好きではない。そんなことはこの城のものなら周知の事実です」

 ジギタリスという魔物が、指摘しました。

「そうなんだ。私は村一つ襲っても何も面白くない。奴隷にも困ってないし、食用にもならんし。いたぶって遊ぶのは楽しいかもしれんが……」

「だが、この城に居ないとしたら何を疑えば良いのだ?村人が失踪しているのは事実だぞ?」

 スミレはあくまでもこの城の魔物を疑いました。魔王が現れるまでこの辺りは平和で、失踪事件の噂など聞いたことがなかったからです。

「誰か嘘をついているものが居るんだ」

「では訊くが、スミレ、村人が魔物に襲われたところを見たことがあるのか?見たことがあるならどんな姿かで犯人がわかるが、見たのか?」

 魔王に訊かれて、スミレは言い返せませんでした。

「いや、見たことはない……やつらは見えないところで動いているんだ。居なくなったものがいる、という話はよく聞くのだが……」

「それでは探しようがない」

 ジギタリスは一つため息をつき、

「では、最近村に降りたものが居ないか、改めて聞いて回りましょう」

 と、部屋を出て行きました。

「魔王。貴様は人間を食べないというが、魔物の中に人間を食べるものがいるんじゃないか?」

 スミレの疑問に、魔王は難しい顔になりました。

「確かにいないわけではない。だが、魔界から送らせている食料でこの城の消費は完全にまかなえていると思っている。そんなに飢えているものがいるだろうか?」

 スミレは驚きました。そういえば自分がここ数日で食べてきた料理の材料はなんだったのでしょう。ですが、とてもおいしい料理だったので、考えるのをやめました。

「真実を知ったら吐いてしまいそうだ」

「ん?何か言ったか?」

「なんでもない。そうだな。おいしい料理だし、わざわざ人間を襲うほうがおかしいよな」

 魔王は「とりあえずジギタリスの報告を待とう」と、難しい顔で玉座に座り直しました。


 夕刻にジギタリスが調査を終えて魔王の元に報告しにきましたが、それでも犯人はわかりませんでした。

「小間使いのハルジオンやヒメジョオンが買い物に降りただけで、村に近づくものはいないようです」

 魔王はハルジオンを招集しました。

「貴様村人を食う趣味はあるか?」

 スミレはあの親しくしてくれた可愛いハルジオンがそんなことをする様が想像もつかなかったので、そんなばかな、と思いました。そして案の定、ハルジオンは否定しました。

「そんな趣味ないわ。お城のご飯で間に合っとるで」

 魔王は念を押して訊いてみました。

「村に降りたのはお前たち小間使いたちだけだと聞いている」

「それは……確かに村に買い物行ったけど……。人間攫ってきたほうがよかったんか?」

「いや、何もしない方が良い……実は私に嫌疑がかけられているようでな……」

 スミレはハルジオンが可愛い人間の姿をしているのに結構凄いことをぽんぽん発言するので驚くばかりでした。

 結局ハルジオンの疑いも晴れ、疑惑は村の内部の犯行ではないかという話題に移りました。

「それしか考えられん」

「村の中で殺人事件が起きていると?」

 スミレは村人をどうしても疑う気持ちにはなれませんでしたが、魔王城のものたちが皆潔白だというので、魔物たちは村人たちを疑い始めました。

「村人の誰かが自分の犯行を隠す為に魔王様に罪をなすり付けたのだ」

 しかしスミレはわかりません。

「しかし、それだけであんなに賞金をかけられるか?五百金だぞ?問題はそんな賞金を出すほど深刻なのだ。ただの殺人事件とは思えない……」

 しかし魔族たちは村人たちへの疑惑が否定出来ません。

「これは一度村へ降りて調査したほうが良いでしょうな」

「村か……」

 かくして魔族たちは、人間の振りをして村の調査に出ることにしました。

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