第五幕
結局あのあとはただ普通に二人とも眠り、夜になってから魔王に起こされ、魔物たちと一緒に夕食(意外なことに、普通に豪華でおいしい料理でした)をとり、夜通しゲームをして遊びました。
死ぬ覚悟までしていたスミレはずっと頭に疑問符を浮かべながら、魔物たちと戯れることになりました。
スミレは鎧をつけることを禁止され、魔王から豪華で可愛いドレスを何着も渡され、それを着て生活することを命じられました。
魔王は隙あらばスミレと二人っきりになろうとしましたが、城には手下の魔物がいっぱい棲んでいましたから、なかなか二人っきりになれません。
手下の魔物は皆スミレと友達のような仲になっていましたから、魔物たちはいつ魔王とスミレが戦いを始めるか楽しみにしていて、魔王は心休まる時がありませんでした。
もうお気づきかと思いますが、魔王はスミレに恋をしていました。
それまで魔王は異性に興味を持つことなどなかったので、胸の中に沸き起こるその想いがなんなのかわかりませんでしたが、特別な存在だということは少しずつ自覚していました。スミレは普通の女とは少し違う。考え方もまっすぐで、女のいやらしい感じがしません。汗臭い男たちが血眼で向かってくる毎日の中で、彼女の存在はオアシスのようでした。戦いを挑んでくる彼女の強いまなざしと、負けても負けても懲りずに挑んでくる一途さにすっかり夢中になっていました。
そして三ヶ月もスミレに逢えない日々が続いたとき、その気持ちが恋であることに気づいたのです。
だから、次に逢えたときにはスミレを絶対に手放したくないと思っていました。
しかし、スミレがなぜ自分を倒そうとするのか、それが全くわかりませんでしたし、気がかりでした。
そして、スミレの他にも魔王の命を狙うものは大勢いましたから、どうせ狙われるような命なら、スミレにあげようと思って、あのとき自らスミレの剣を受けようとしたのでした。
でも、スミレは魔王の命を奪いませんでした。だから、魔王はスミレを城に幽閉し、自分のものにすることにしたのです。
一方、スミレも魔王に恋をしていることを自覚することにしました。
いままでは、魔王を好きになることなど許されないと、自分を束縛していました。
いつしか彼女の戦いの理由は正義ではなくなり、自分の愚かしい感情を押し殺す為だけの行為になっていました。
魔王に抱いた想いを、魔王を倒すことで打ち消したかった。ですが、魔王は相変わらず強く、なかなか倒せません。彼女の想いも強くなってゆき、なかなか倒せません。だから挑み続けたのに。
自分との戦いを楽しそうに待っていたり、不意に口づけをしたりするものだから、彼女の心はぐちゃぐちゃにかき乱されて。
三ヶ月間の修行中は、ただ熱心に修行だけをしていたわけではありませんでした。
魔王に逢うのが怖かったのです。不用意に逢いに行ったら、今度は自分の想いが溢れ出してしまいそうで。戦うことから逃げ出してしまいそうで。
そんな想いを切り替えるのに要したのが、三ヶ月だったのです。
ですが、魔王の圧倒的な魔力を身を以て思い知っているスミレは、魔王に幽閉されたと知ると、抵抗することを諦めました。スミレがつれない態度を取ると、魔王は泣きそうな顔になるので、もう意地を張っても無駄だと思うことにしたのです。
しかしお互いに戸惑いはありました。いままで異性とこんな関係になったことのない二人は、どう距離感をとって良いのかわからなかったのです。
ですから、ただなんとなく、友達のようにつき合うことで納得するようになりました。
二人がぎこちなくつき合い始めたある日、手下の魔物が魔王の元に慌てた様子で参りました。
「魔王様!あいつです!またあいつが来ました!」
「ライラックとか言う野郎かまったく……お前たちももう少しなんとか出来んのか」
苛立たしげに魔王が叱責すると、魔物は、「あいつだけは駄目です!スミレの次くらいに強えんですよ!」と泣き言を言いました。
「ライラック……」
スミレはその名前に聞き覚えがある気がしたので、用心して隠れることにしました。こんな姿を見られたらなんと誤解されるかわかりません。
「ちょっと行ってくるぞ」
魔王は魔法でマントを取り出し、それを羽織ってライラックの居る広間へ瞬間移動しました。
決着はものの数分でつきました。やはり魔王の強さは別格です。
そのあまりにあっけない結果に、スミレはやっと自分が魔王を倒そうとしたことの愚かさを自覚しました。魔王は、王だけあって、信じられないぐらいに強いのです。また、それほどの魔力がなければ何万という魔族を統べることなどできないのです。
「全く鬱陶しい。なぜ人間たちは私に挑もうとするのか……」
そのつぶやきを聞いて、スミレは大事なことを忘れていたことを思い出しました。
「……そうだ……。そういえば貴様、いつもそんなことを言うな。自覚がないのか?」
魔王は顔を歪めて「はあ?」と聞き返しました。
「自覚って何のことだ?そういえばスミレもだ。一度訊こうと思っていた。なぜ私の命を狙うのだ?」
スミレはあきれて、
「貴様が村の人間を攫ったり、食べたり、村を荒らしたりしたからだろう」
とため息まじりにたしなめました。
魔王はさも心外だというような顔をしました。
「バカか。人間なんて臭くて骨ばかりで食べどころのないもの、誰が好き好んで喰うものか。手下に命じた覚えもないし、村なんかに興味もないわ。私は一年くらい前にこの城に移り住んだだけだ。穏やかに魔界に指示を出して暮らしていたわ」
それを聞いてスミレは絶句しました。衝撃でした。まさか本当に魔王が無実だったなんて。それでは、犯人は誰だというのでしょう?
「そう……だったのか……?それはすまない……わたしは大きな誤解をしていた……すまない……」
魔王はスミレの動揺には気づかず、
「あー全く良い迷惑だ。誰だそんなホラをふれまわった奴は」
と、首をストレッチしながらぼやきました。
「まあ、そのおかげでスミレを手に入れることができたのだからな。退屈はしなかったから、ありがたかったかな?」
と付け加えて笑いました。
「笑い事ではない。真犯人を見つけなければ、被害者は無くならない。誰が真犯人か、探さなくては!」
スミレはがしっと魔王の手を握って、
「犯人探しに協力してくれ!」
と頼み込みました。
「ええ~~~?別に良いじゃ~ん。人間の一人二人どうなろうと知ったことか」
魔王はめんどくさそうに顔をしかめました。ですが、
「よくない!それに、真犯人が見つからなければ、貴様はいつまでも命を狙われることになる!」
と、スミレがいつになく真剣になっているので、う~んと気のない返事をしました。
スミレはこそっと、
「それにわたしが見つかったら、わたしが攫われてしまうかもしれんしな」
と付け加えました。
とたんに魔王の目つきが変わりました。
「濡れ衣を着せられたあげくスミレが奪われるだと?ならんならん!よし、真犯人とやらを探し出して、はらわた引きずり出してやるわ!」
魔王の瞳に炎が宿りました。
「よし、早速下僕の魔物たちに指示を出してくれ!敵のしっぽをつかむぞ!わたしもこうしてはおれん!」
スミレも立ち上がりました。
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