第八幕

 月の綺麗な夜でした。退屈を持てあまして魔王が散歩にいこうとすると、

「なりません!まお……じゃなかった、サルビア様、危険です!」

 と、ジギタリス以下お供の魔族たちが皆散歩についてきてしまいました。

「私の力をなめているのか貴様ら……。ふん、まあいい。来たければ来い」

 スミレにどうするか尋ねると、スミレは

「わたしはいいよ……結果を出せなかったわたしは、この村は気まずい」

 と、宿に残ることを選択しました。

 魔王たち一行が人気のない夜道を歩いていた時です。突然前方に毛むくじゃらの魔物が現れました。

「ほう……私の前に姿を現すとは随分大胆だな貴様」

 魔王たちが身構えると、魔物はあっさり逃げ出しました。

「あ!待て、貴様!」

 魔王たちは魔物を追いかけましたが、魔物はものすごいスピードで逃げて行きます。

 魔王はお供たちに指示を出しました。

「私はこのまま奴を追跡する。貴様らは別方向から回り込め!絶対に逃がすな!」

「はっ!」

 お供たちは散って行きました。しかしお供たちと別れると、魔物はふっと姿を消してしまったのです。

 魔王は路地に立ち尽くし、辺りをうかがいながら警戒しました。その背後に、何者かの手が伸び、魔王の頭巾をするりと取り上げてしまいました。

「…む!?」

 魔王が振り向くと、そこには昼間訪問したアカザが立っていました。

「あんたらは邪魔なんだよ」

「何?」

 アカザはそういうと頭巾を投げ捨て、「化け物だああ!!」と突然大声で叫びました。

「誰か!誰か来てくれえ!!助けてくれえ!!」

「だ、黙れ貴様!ええい、黙れ!貴様一体……!」

 すると、すぐそばの酒場から人が出てきました。

 人々は魔王の姿を見て、その額の角を見て驚きました。ライラックたち、魔王の姿を知っている戦士たちはなおも驚愕しました。

「ま…魔王じゃねえか!なぜ魔王がこんなところに……!」

 村長はうろたえながら叫びました。

「ほ、ほら、先生方!魔王だ、今こそ始末しておくれ!!」

 ライラックは素早く剣を構えました。

「やはり貴様……村人を攫いにきたのか!だが、魔王直々に現れてくれて好都合だ!食らえ!」

 魔王も構えました。

「人間共め……!」


 窓辺で夜の村を眺めていたスミレは、男の悲鳴を聞きました。

「!……まさか、魔物が出たのか?」

 スミレは全身鎧を身につけ、大剣を背負って宿を飛び出しました。村の中を走っていますと、酒場のほうから喧噪が聞こえてきます。

 スミレが酒場までやってくると、そこではなんと、魔王と見知った戦士たちが戦っているではありませんか。そしてそこには、スミレのよく知っている顔がありました。記憶の中の姿よりいくらか精悍な顔つきになりましたが、間違いありません、幼なじみのライラックです。

 スミレは叫びました。

「ライラック!お前はライラックか!?」

 ライラックも驚きました。

「スミレ!スミレか!?こんなところに来ては危ない!こいつは魔王だ!」

 大勢の戦士たちに一度に攻撃されて、魔王は押されている様に見えます。

「違うんだライラック!そいつは、人を襲うような奴じゃないんだ!」

 しかし、スミレの声を聞き入れるものはいません。戦いはどんどん激化していきました。スミレはなす術もなく見ていることしかできませんでした。


 一方その頃、魔王のお供の魔族たちは先ほどの魔物を追いかけていた所、いつの間にか逆に数十体の魔物に囲まれていました。

「な……!?囲まれている!?」

 魔物の一人が下卑た笑みを浮かべました。

「ふふ……我々は囮よ。今頃魔王はどうなっているかな?」

「何!?」

「どういう意味だ!?」

 しかし魔物は答えません。

「ふふふ……今から死ぬお前らが知る必要はない」

 魔物達は一斉に襲いかかってきました。


 魔王は戦士達には手を出しませんでした。なぜかじっと身を守っています。魔法の壁を作り出しているのか、魔王の周りでは青白い火花が散っています。

(私が今手を出してしまっては真犯人は迷宮入りだ……)

 戦士達の攻撃は激しいものでした。魔王に挑むだけあってそこにいるのは一流の戦士たちです。何よりライラックの剣さばきには凄まじいものがありました。


 ライラックの故郷はケヤキ村で、スミレの故郷のブナ村とは、川を挟んだすぐ隣の村でした。親同士が仲が良く、その関係で幼い頃からスミレの喧嘩友達でした。スミレは何かあるとライラックに喧嘩を売り、その度にライラックを負かしていました。

 ライラックはいつかスミレに勝ちたいと剣の腕を磨いていました。

 しかし、どうしても勝てません。

 そして月日は流れ、彼の耳にも魔王討伐の知らせが入ってきました。

 彼はチャンスだと思いました。魔王に勝てれば、スミレへの自慢になりますし、スミレにだって余裕で勝てるでしょう。

 だから魔王に負けるわけにはいきませんでした。

 本当はそれだけが理由ではなかったのですが……。


 スミレがどうしようか迷っていると、「そこまでだ!」と、背後から声がありました。ジギタリスたちです。一同は戦いの手を止めました。

「そこにおわす御方は確かに丘の魔王グラジオラス様だ。しかし魔王様は村の失踪事件の犯人ではない」

 そういうと、先ほど自分達を囲んでいた魔物の首を投げ捨ててみせました。

 転がった首を見て、アカザが顔を歪めました。

「失踪事件の犯人はこの村の中に居る!村人に成り済ました魔物が、魔王様に罪を着せているのだ!さあ、正体を現すがいい!」

 戦士たちは「そんなバカな」と、唖然としてきょろきょろするばかりです。そして村人たちの反応を見守りましたが、村人たちは険しい目つきでジギタリスたちを睨んでいました。

「あっさりやられおって……使えないやつらめ」

 村長がにやりと笑いました。

「いかにも、村人を食っていたのは儂らよ」

 戦士たちは驚きました。

「昔から我々はこの村にやってきた旅人や、近隣の町や村から人間を食らって生きてきた。それなのに、丘の古城に魔王何ぞがやってきては、我々の食い扶持が減ってしまう。我々はあんたらが邪魔だった!だから村人を少しばかり犠牲にして、魔王討伐の知らせをバラまいたのよ!」

 そして、村人は次々にその正体を現しました。体から獣のような毛が生え、熊手のような爪が生え、頭からは角が生えました。

 村長の姿は村人とは異なり、背丈も体格も段違いに大きく、体中鱗で覆われ、長いしっぽと鋭い角が生えていました。真犯人のボスは村長だったのです。

「人間共もろとも喰らい尽くしてくれるわ!」

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