第九幕
「でかしたジギタリス!やっと正体を現したな、下衆め!」
魔王は魔法の防御幕を解いて攻撃魔法の力場を展開しました。
「よくも私に濡れ衣を着せ、好き勝手やってくれたな!はらわた引きずり出して燃やし尽くしてくれる!」
戦士たち、ジギタリスたちは魔物となった村人たちと対峙しました。
「まさか村人が魔物だったとは……!よくも騙してくれたな!」
「胃の痛い一年間だったぜ!魔王に比べたら恐ろしくもねえや!」
戦いは熾烈を極めました。酒場の壁は吹き飛び、人間たちと魔物たちは入り乱れ、混沌と化しました。
酒場にいた村人たちは村長の側近の魔物たちでした。皆村長に次ぐ実力の持ち主で、そう簡単には倒れません。長い爪を振りかざし、戦士たちをなぎ払います。気を抜いて軽装をしていた戦士たちは一撃で重傷を負ってしまいました。
鎧に身を包んだスミレが前に躍り出て、戦士たちの盾となりました。
「軽装をしているもの、負傷したものはわたしの陰へ!」
しかし戦士たちも負けてはいません。
「女の子の陰で震えているほど弱くはないぜ!」
ライラックもスミレの隣に進み出ました。
「俺は君の為に戦ってきたんだ。君は俺が守る!」
魔物の爪が一同を襲いました。なぎ払い、突き刺し、引きずり倒します。
戦士たちは剣で受け、あるいは隙をついて切り払い、返す刀でその腕を切り落とします。
魔王の下僕たちは魔法で戦士たちを援護しました。防御障壁を張り巡らし軽装の戦士たちを護り、傷ついた戦士たちを回復しました。
「誰だか知らねえが、ありがてえ!」
スミレが「彼らは魔王の側近たちだ」と紹介すると、戦士は魔族たちに今までの非礼を詫びました。
「すまなかったな、化け物共。もっと早く仲良くなりたかったぜ!」
ハルジオンは援護しながらも「あんたらと馴れ合う気はないわ。魔王様の為やで」と、そっぽを向きました。
「へ!訂正だ、かわいげのねえやつら!」
一方魔王は村長と一対一で戦っていました。
村長はおびただしい魔力の球で魔王を攻撃します。
「魔王などと名前は立派だが、その実力はどうかな?儂は人間たちとは違うぞ!」
しかし魔王は涼しい顔で、笑みすら浮かべています。
「生憎魔の領域は私の領域でな、全ての魔力は私の前にひれ伏すのだ」
村長の魔力弾は次々と魔王の周りで泡と消えてゆきます。
「魔力が駄目なら儂には力がある!」
と、村長はしっぽで魔王をなぎ払い、躱したところに鋭い爪を叩き付けました。
しかし魔王は力もとても強かったのです。村長の腕をひねり上げ、投げ飛ばしました。
「自分の愚かさを悔やむがいい、灰にしてくれるわ!」
魔王は村長を灼熱の炎で包みました。しかし村長は大きく息を吸い込み、炎を吹き消してしまいました。
魔王は笑いました。
「ほう、貴様『息をする』のか。面白いことを思いついたぞ」
すると魔王は村長に冷気を浴びせました。冷気は村長の呼吸の自由を奪い、全身を少しずつ凍らせます。
「なっ……んがっ……!」
村長は呼吸を奪われ、体の自由を奪われ、その場に倒れ伏しました。
「私は怒っている。安らかな死を与えてやるつもりはない。ゆっくり苦しんで死ぬがいい」
村長は白目を剥いてもんどりうちました。体が少しずつ壊死していき、激痛が全身を蝕みます。
魔王は今まで控えていましたが、実はとても嗜虐的な性格をしていました。苦しみのたうち回る村長を見下ろして、くすくすと笑いました。
やがて村長は全身の穴という穴から汚物を漏らして息絶えました。
「もう死んだのか……つまらぬ。口ほどにもなかったな」
ちょうどそのとき、戦士たちの戦いも決着がつきました。
「魔王、無事か!?」
スミレが駆け寄ってきました。
「私を誰だと思っている。私は魔王グラジオラスだぞ!」
そのいつも通りの尊大な答えに安心して、スミレは魔王に抱きつきました。
ライラックは驚き慌てました。
「ス、スミレ!そいつは魔王なんだぞ!?」
スミレは笑いました。
「ああ、世界一いい奴な魔王だ!」
激しい戦いの騒ぎを聞き、村人たちが酒場の周りに集まっていました。彼らは魔物ではありません。何も知らずに魔物の脅威に震えていた人間たちです。
戦いに決着がついたと見えて、村人の一人が戦士に尋ねました。
「あの、この騒ぎは一体……?」
ジギタリスが説明しました。
「お騒がせしてすみません。この魔物たちは失踪事件の真犯人たちです。我々は真犯人をあぶり出して、退治しにやってきました」
スミレも言いにくそうに説明しました。
「そしてな……残念だが、その真犯人は、村長以下、十数人の村人だったんだ……」
村人たちは驚愕しました。彼らは村長たちを幾分も疑っていませんでした。そして、その裏切りに怒り震え、嘆き悲しみました。あまりの出来事に、村を救ってくれた戦士たちへの感謝の情も湧きませんでした。
「そんな……これから我々はどうしたらいいんだ……」
村人の一人が言いました。
「勇者樣方、ともかく今夜はこの村でお休みください。明日になったら村の今後について協議したいと思います」
次の日の朝、魔王たちと数人の戦士たちが、村人たちの会議に参加しました。一晩経って、村人たちも冷静さを取り戻していました。
「ともかく、勇者樣方には村人を代表して感謝申し上げます」
魔王は面白くなさそうに「感謝の言葉が遅すぎる」と不平を言いました。
村人は詫びましたが、魔王の額の角を不審に思いました。
「あの……そちらの方は……?額に、何か角のようなものが……」
魔王はふんぞり返って名乗りました。
「私か?私は丘の城に棲む魔王、グラジオラスだ」
それを聞いて村人たちは恐れおののきました。スミレは慌てて弁解しました。
「あ、魔王と言ってもな、悪さはしないぞ。こいつは魔界のことで手一杯で、人間を襲うようなことはしないんだ」
「全くその通りだ。私は忙しいのだ。それを勝手に濡れ衣を着せられて、迷惑しておった」
村人たちは再び詫びました。怒らせたら食べられてしまいそうで恐ろしかったのです。
戦士の一人が言いにくそうに切り出しました。
「あの……それで……謝礼のほうは……?」
村人は痛いところを突かれてうなだれました。
「それです。実はこの村は元々五百金が精一杯です。それも、犯人が魔王ではなく村長とあれば、我々には今すぐどうとお答えしかねます」
「うーん……それに、皆でやっつけてしまったからなあ……。山分けということになるか」
謝礼の為に戦ってきた戦士は抗議しました。
「そんな!せめて百金ぐらいはいただかなければ割にあわんぞ!」
村人は小さくなるばかりです。
「村長の蓄えを切り崩せばいくらかはお出し出来るかもしれませんが、肝心の村長がいない今、なんとも……」
そこで別の村人が重要なことに気づきました。
「そうだ、村長がいなくなっては重要な案件を決定することもできないだろう。新しい村長が必要だ!」
それを聞いて、スミレは思いつきました。
「そうだ、ならばこうしてはどうだろう。魔王が新しい村長になるのだ」
一同はざわつきました。特に魔王は嫌がりました。
「ええ~~~?私は嫌だぞ、そんな、めんどくさい」
スミレは自分の発案に意欲的です。
「いいじゃないか、丘とこの村は目と鼻の先だ。村一つ領地が増えてもそう難しくないだろう?お前は魔王なんだから!」
戦士は反対しました。
「お嬢ちゃんなあ、それじゃ村の脅威は無くならないじゃないか。年貢の代わりに生け贄を要求されたんじゃ堪らないぞ」
村人は激しくうなずきました。
それに魔王が憤慨しました。
「誰が人間の肉なんぞ食うか!あんな臭くて骨ばかりで食いどころのないもの、こっちがお断りだ!」
スミレは「まあまあ」となだめました。ジギタリスが付け加えます。
「魔王様は人間の肉がお好きではない。それに城の食料は魔界から調達しておりますので、村人を要求することはありません」
そして、
「よいではないですか魔王様。なかなかいいアイデアですぞ」
と、スミレに賛同しました。
「本当に人間を食ったりしないんですか?」
村人がおそるおそる窺いました。魔族は「ありませんな」と否定しました。
それを聞いて村人の一人が受け入れました。
「村長を倒して村を救っていただいたのは確かだ。俺はいいと思うぞ。どっちみち新しい村長が必要なのには変わりない。魔王が人を襲わないなら、他の魔物から、また守ってくれるかもしれねえ。な?どうだ?」
スミレの
「次の村長が決まるまでの間だ、いいだろう?」
という提案に、魔王は渋々了承しました。そしてスミレは村人たちへ、
「魔王が悪さをしないよう、わたしが丘の城に一緒に住み、魔王を監視しよう。それならいいだろう?」
と提案しました。
村人たちは勇者が監視するならいいだろう、と、魔王を受け入れることにしました。
ただ一人、ライラックがこの提案に猛反対しました。
「駄目だスミレ!そんなことをしたら、魔王や魔物たちに何をされるか……!」
スミレは平然と
「大丈夫だライラック、わたしは魔王の城の仲間は皆友達だ。安心しろ」
と、ライラックの心配を気にもとめませんでした。
「スミレ、大丈夫なわけがないだろう……!」
ライラックのみが反対しているので、多数決で魔王が新しい村長となりました。
謝礼は前村長の蓄えが思いのほか沢山見つかったので、あのとき居合わせた戦士たちに均等に分配することになりました。
「これで、村も平和になるでしょうか?」
村人の心配を、ジギタリスが約束しました。
「我々にお任せください、隣人よ」
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