第四幕

 ある日、魔王は魔界のサイプレス王国に帰り、王都の高級酒場に幼馴染たちを集めました。

 魔王が酒場に入り、VIPルームの個室に進むと、中では既に二人の友人が待っていました。

 アスターほどではありませんが、見上げるほど大柄な体躯に、額からそびえる大きな一本角の男の名は、アリウム・ギガンチウム。渋い出で立ちで葉巻を燻らせています。

 一方、魔王が少し見下ろすような小柄な男の名はレンギョウ・ヤブコウジ。スキンヘッドに二本の角を額から生やした、オリエンタルな印象の男でした。

「よう、久しぶりだな。ここのところずっと人間の国でぬくぬくしてたんだって?」

 レンギョウが片手をあげて魔王に声をかけてきました。

「久しぶりだな。いや、そうでもないぞ、ちゃんとこの国でもまじめに仕事しておったわい」

「お前そのうち暗殺されるぞ。もっとまじめに国政をやってるところを見せておかないと」

 アリウムが魔王に釘を刺しました。アリウムは商人なので、民の声を一番傍で聞いているものです。魔王は頭を抱えました。

「まあ、そう言うな。わかってる。なんとかしているから安心しろ」

 ウェイトレスが注文を訊きに来たので、三人は思い思いに酒を注文しました。

 グラスを傾けながら他愛のない話をしていると、三人目の幼馴染が個室に入ってきました。

「よう、カブトムシ」

「遅いぞ、カブトムシ」

「さっさと飛んで来い、カブトムシ」

「カブトムシじゃねーから!!俺にはれっきとした名前があるだろ!!」

 男の名はカブトムシ。赤い体に透けた羽、カブトムシのような二本の角が生えている、黒光りのレザージャケットを着た男でした。

「ちょっと待てー!地の文!お前まで俺のことカブトムシ扱いすんの?その表現じゃまるで俺カブトムシみたいじゃん!」

『カブトムシだろ』

 三人の声がハモりました。

「ちがーーーう!!」

 カブトムシはちょっとカッコつけて名乗り上げました。

「俺様はフロックス・ネリネ様だ!断じてカブトムシじゃない!あ、お姉ちゃん、俺っちはハニージンジャードリンクね」

 カブトムシは通りすがりのウェイトレスに注文しました。

「はいはい、わかってるよネリネリネリネ」

「なんでお前ら俺に冷たくあたるの……」


 四人で最近の近況を話し合い、つまみのから揚げの最後の一個を賭けてトランプゲームをしていると、カードゲームに於いては仲間内で右に出る者がいないレンギョウが、から揚げを口に頬張りました。

「弱い弱い、お前ら弱すぎるぜ!」

「絶対いかさまだー!くそう、俺のから揚げちゃん……」

 などと戯れていると、ふと、アリウムが魔王に向き直りました。

「なあ、サルビア。いつもは俺たちがお前を呼び出すのに、今夜は珍しくお前が俺たちを呼び出したな。しかも俺たちいつものメンツを全員だ。あ、アナナスはいないが……。何かあったのか?」

 全員の目がアリウムに注がれ、一拍置いて魔王に視線が集中しました。魔王は苦しげに目を伏せました。

「アリウム……貴様には、嘘はつけんな」

 かぶ……フロックスが、きょろきょろと皆の顔を見回して食いついてきました。

「え?なになに?今夜は俺っちにハニージンジャードリンクを吐くまで飲ませてくれる集まりじゃなかったの?違うの?どうしたのサルビアちゃん」

 魔王は震える手でグラスを傾け、酒を一気に飲み干すと、ため息とともにグラスをテーブルに叩き付け、苦し紛れに告白しました。

「妻のスミレが、命を狙われた」

 一同は黙りました。静かに魔王の嘆きを聴きます。

「人間界のわが国、メタセコイア。そのヒノキ城に、人間どもが攻めてくるという情報が入った。それは二度目だが、今度の標的は私の首ではない。スミレの命だ」

 レンギョウがため息をつきました。

「まったくお前は……だから人間界なんかに手を出すんじゃねえと言っただろうが。この国でも問題が山積してんのに、面倒増やしてどうすんだよ。バーカ」

 アリウムが口をはさみました。

「常勝王のお前がなんで人間相手にそんな苦い顔してるんだ?人間界にも魔族はいっぱい暮らしてるはずだ。楽勝だろ」

 魔王は頭を振りました。

「それだけじゃないんだ。奴らは国を挙げて戦争しようと言ってきた。さすがに人間どもとはいえ、国単位で敵に回すと人間界にいる奴らだけでは心もとない。それに」

 魔王は言いにくくて、一拍置きました。

「スミレが身ごもった。あいつの戦力は当てにできん。無理をして戦わせたら世継ぎが死ぬ」

 一同は絶句しました。まだスミレが身ごもったことは知れ渡っていませんでした。

 アリウムが何も言わず魔王の肩を抱きました。

「えっ……おま……どうすんの、それ……」

 フロックスが、反応に困っておたおたしました。

「それでだ、また、戦争なんだ。だから、お前たちにも力を、貸してほしい」

 レンギョウが苦々しく舌打ちしました。

「そんなこったろうと思ったぜ。お前が頼み事がある時なんて決まってるからな。で、どうしろって言うんだ?」

 アリウムが魔王の気持ちを察して、抱きかかえた魔王の肩をポンポン叩きました。

「相手は人間だろ?わかった。任せておけ」

 フロックスはリアクションに困り、とりあえず持ち前の明るさを爆発させてみました。

「ま、あれだ!何はともあれおめでとうサルビアちゃーん!!戦争?楽勝楽勝任せておけよ!」

 魔王は俯きました。

「すまん、みんな。いつも苦労を掛ける」

「へっ!すっかり腑抜けだな。ざまあねえな」

 レンギョウがフォークで魔王の額を小突きながら、言いました。

「まあ、俺たちがいれば負けるこたあねえよ」

「なんとしてもスミレとお腹の世継ぎだけは守らねばならぬ。今までの戦いとは、わけが違うのだ」

 魔王は拳を握りしめました。


 三人の魔王の親友たちは、将軍として人間たちを率いることになりました。

 レンギョウは東の国境にある樹海の入り口の街・ローレルの町を警護することになりました。何か動きがあったときは翼のある魔族が情報を知らせることになっています。

 フロックスは交易の重要な拠点・シラカバの街を警護することになりました。

 フロックスは商人なので、シラカバの街を的確に守護することでしょう。

 アリウムはヒノキ城を警護することになりました。万が一の時、アリウムのような大柄で力自慢の魔族がいると安心です。

 三人は魔界と人間界を繋ぐ時空の扉をくぐり、それぞれの持ち場につきました。


 魔王は魔界から呪術師を数人招集し、ヒノキ城に結界を張りました。

 結界に近づいた人間は見えない壁に阻まれて中に入れないようになるという結界です。

 しかし城に出入りする村人は大勢います。そんな村人たちには、結界を打ち消すまじないがかけられた首飾りを渡しました。

 首飾りを怪しい人間に譲渡したり、紛失した者には厳罰が下るという念の入れようです。

 村人たちは怖々首に掛けました。

 ヒノキ城でスミレの母体のケアをするガーベラにもまた、首飾りが授けられました。彼女には家庭があるため、ヒノキ城とヒノキ村を往復していました。

「母さん、ほんとについていかなくて大丈夫かい?」

 ガーベラの身を案じる彼女の息子が、彼女の送り迎えを望みました。しかし、

「お城とここは目と鼻の先だよ。もし戦争が始まったらお城に泊まるから、大丈夫さ」

 と、断りました。

「首飾り、無くさないでね」

 ガーベラの息子が、彼女の首に首飾りを掛けました。

「無くしたら一大事だからね」


 ヒノキ城の尖塔に隔離されているスミレの元に、魔王が音もなく現れました。

「スミレ、これをお前に渡しておこう」

 魔王はそういうと、長い紐を括り付けた小瓶を差し出しました。小瓶の中には得体の知れない赤いゲル状のものが閉じ込められ、コルクの蓋が蝋でがっちりと固められていました。

「なんだこの怪しい瓶は」

「お守りだ。人間に効くかわからんが、お前の身に万が一のことがあったら、この瓶の封印を解いて戦うのだ。この瓶の中には魔法を閉じ込めてある」

 長い紐は輪になっていて、首から下げることができるようでした。

「お前が作ったのか?」

「うむ。急ごしらえだが、私の血液とその他いろいろを閉じ込めた特製のお守りだ」

「け、血液?!」

 中の物質の赤い色は、血液の色なのでしょうか。

「あ、ありがとう……お前ってホントに変なものいっぱい作るよな」

「変なものとは失礼な。魔力を見ることができる魔族からしたら、恐ろしくてひれ伏すような代物だぞ」

「ふーん」

 スミレは気休めのつもりで持っておこう、と、小瓶を首から下げました。


 一方そのころ、マロニエ王国では、ヘンルーダ王が、忠臣バターバー・スターチス将軍をはじめ、数人の将軍を招集しました。

「バターバー・スターチス、参上仕りました」

「うむ。此度、そなたらにはとある小国を攻めてほしい」

 ヘンルーダは謁見の間に掲げられている世界地図を、宝石の笏で指し示しました。

「最近新しくできたという国、メタセコイアだ。ここには魑魅魍魎が潜んでいるという。ここに幽閉されている人間の姫を救い出すのだ」

「なんと……!魑魅魍魎が!」

「敵は一匹でも街を壊滅させるような悪鬼だ。くれぐれも油断するなよ。そして、姫君は無傷で手に入れろ」

 難しい命令に、スターチス将軍は眉根を寄せて考え込みました。そして、進言しました。

「姫君の救出と城攻めを同時にやるのは少々難しゅうございます。忍びを数人お貸しください」

 ヘンルーダは頷きました。

「よかろう。女一人救い出すのに忍びの軍団はいらぬだろう。何人か遣わす」


 スターチスは大軍を率いて出陣しました。魔物と剣を交えることなど数えるほどしかなかった将軍に、魔物の根城を落とすなど想像もつきませんでしたが、数多の戦争を潜り抜けてきた経験を活かして戦おうと、覚悟を決めました。

 本陣に先立って、三人の斥候がメタセコイアに旅立ちました。

 三人が三人とも、顔を覆い尽くすような仮面をつけ、頭から爪先まで黒装束に身を包んだ、気味の悪い男たちでした。

 彼らは音もなく走り、気配を消して歩く忍びの者でした。そして、誰も彼らの素顔を知る者はいませんでした。

 にわかに暗雲が空をよぎり、空の陽が陰りました。

 メタセコイアに、闇が忍び寄っていました。

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