第十二幕

 一方そのころマロニエ城では、スミレがいなくなったことで城内がざわめいていました。

「あの娘、逃げたな!なぜ誰も逃げたことに気づかなかったのだ!」

 捜せ捜せ!とヘンルーダが喚き散らし、城の者たちが右往左往していると、ハイドランジアが彼の前に現れて言いました。

「あの娘なら逃げ出したクレマチスと一緒に、今頃メタセコイアですわ」

 ヘンルーダは眉根を寄せました。

「何?貴様何を知っている」

「私が逃がしましたの。あんな娘などいなくても、陛下には私がおりますでしょう?それで十分じゃありませんか」

 ヘンルーダはその告白に激昂し、ハイドランジアを殴り飛ばしました。

「なんてことをしてくれたのだ愚か者め!あの女はメタセコイア獲得のための重要なコマだったのだぞ!それを……!つまらぬ嫉妬心でみすみす逃がしおって!」

「陛下!やめて、やめてください!」

 ヘンルーダは気が済むまでハイドランジアに蹴りを入れると、側近に声高に命じました。

「この女を地下牢に繋げ!しばらく繋いだら火炙りにしてくれる!」

 ハイドランジアは命乞いしました。そしてヘンルーダに重要な情報を伝えました。

「クレマチスが言っていましたの!メタセコイアの軍がこっちに進軍してるって!だからあの女さえ返せば、お城は平和でいられるわ!私だって考えましたの!だからお願い、私を許して!」

 その言葉はヘンルーダや側近たちの神経を逆なでました。

「貴様、それを我に黙ったまま自分の判断でやったのか」

 ハイドランジアは頷きました。ヘンルーダのこめかみの血管が切れる音が聞こえたような気がしました。

「それが女の浅知恵だというのだ!!余計なことをしおって!国を動かしているのは我、ヘンルーダだ!一介の寵姫の貴様如きが余計な真似をするな!」

「きゃああああああ!!!」

 ヘンルーダはハイドランジアの額を蹴りました。ハイドランジアの額が割れ、血が流れ出しました。

「この女を地下に繋げ!そして、城の守りを固めろ!クレマチスとあの女を追え!敵を一匹たりともこの城に近づけるな!」

 ハイドランジアは捕らえられ、側近たちはヘンルーダの命令を伝令すべく走り出しました。


 魔王は、スミレと赤子をアリウムと数名の護衛役に託して、メタセコイアに送りました。

「スミレに手を出したら許さんぞ」

「安心しろ、興味もねえ」

 魔王軍が進軍すると、前方から馬に乗った黒装束の男たちが、手に弓矢を携えてこちらに向かってきました。しかし男たちは魔王軍が思いの外マロニエ城に接近していることを認めると、何もせずに城へ引き返しました。

「あれは、何だと思う?」

 魔王はジギタリスに意見を求めました。

「スミレ様の追手でしょうか?ということは、あの男は本当にスミレ様を逃がすために逃げてきたのかもしれませんな」

 魔王は一瞬眉根を寄せましたが、何も言いませんでした。


 黒装束の男たちはそのまま、見たままの情報をヘンルーダに伝えました。

「うむ……ということはあの女とクレマチスは取り戻せんか」

 するとヘンルーダは側近に命じました。

「ドラセナ軍を市街地の外に配置しろ!市街地に敵を入れるな!」

 そして魔王軍は市街地を取り囲む壁の外でドラセナ将軍の軍と戦闘を開始しました。

 しかし先述の廃墟で英気を養ったばかりの魔王軍の勢いは止められませんでした。魔王軍は魔法でドラセナ軍を一瞬で壊滅させ、勢いを緩めぬまま進軍しました。

 しかしさすがにマロニエ城の城門は簡単には破れませんでした。

「くっ、堪えろ!敵の侵入を許すな!」

 マロニエ軍は城門越しに矢を浴びせかけ、魔王軍を攻撃しました。

 魔王軍も魔法で応援するのですが、マロニエ軍の抵抗も熾烈を極め、かなりの被害を出しました。

 何より、見えない相手めがけて放った魔法は制御を失い、マロニエ軍に大きなダメージは与えられませんでした。

 と、そこへ、海戦に決着がついたフロックス隊が合流しました。

「よう、サルビアちゃん!向こうの戦闘が終わったからこっちに来てやったぜ!」

「お、終わったって……そんなに簡単に終わるものなのか?」

「楽勝楽勝!もうマロニエの船は一隻も残ってねーよん」

 有翼鬼部隊の合流は戦況を有利に動かしました。

 フロックスたちの部隊は空からマロニエ城内に進入し、城門をこじ開けました。

 そこからはあっという間でした。魔王軍は城内の兵士や女子供を次々に殺してゆきました。

 斯くしてマロニエ城は一夜にして魔王軍の手に落ちました。


「貴様がヘンルーダとやらか。想像通りの下卑た面構えだな」

 魔王はヘンルーダを後ろ手に縛り、魔王の前に跪かせました。

「ふーん、いい物を持ってるじゃないか。いかにも王様らしいな。私もこういうものが欲しかったんだ」

 魔王はヘンルーダの宝石の笏を弄びながら言いました。

 ヘンルーダは命乞いをしました。

「頼む。命ばかりは助けてくれ」

 魔王はその命乞いに、にんまりと笑みました。

「おう、おう、死にたくないか。そうだな、死にたくはあるまい。いいぞ、貴様の命は保障しよう」

「ほ……本当に?」

「約束しよう。魔族は人間と違って嘘や約束違反は絶対にしない。絶対にだ。それに、貴様を簡単に死なせたら私が面白くないでな」

「……?」

 魔王はヘンルーダの反応を心から楽しんでいるようでした。

「ときに、ヘンルーダよ。なぜ何の関係も無いはずの我が国に攻め入り、私の可愛いスミレに手を出したのだ?」

 魔王はずっと気になっていた質問をぶつけました。

「そ、それは……貴様らの国から、怪物がやってきて……。スミレをくれてやると言ってきたのだ」

 魔王は宝石の笏をヘンルーダの頬に押し当て、ぐりぐりと捻じ込みました。

「口の利き方がなってないなあ。貴様は負けたのだ。敗者はそれ相応の口の利き方をせねば、罪がどんどん重くなるぞ?ん?ん?」

「あ、貴方様の国から、貴方様の国民がやってこられて……。スミレ様を私にくださると……」

 魔王は思案を巡らせました。確かにスミレをよく思わない勢力がいることは把握していましたが、そこから動いたものが思い当りませんでした。

「そいつはどこにいる?」

「はい、地下牢に捕らえております……」

 魔王は部下に「地下牢に繋がれている魔族を連れて来い」と命じました。


「貴様、私の記憶にない男だな。どこからの差し金で余計な真似をしてくれた?」

 地下牢に繋がれていた魔族は、手枷を嵌められたまま魔王の前に跪かせられました。

「それだけは、如何に魔王様といえど、お答えすることはできません」

 魔族が口を割ろうとしないので、魔王は魔族の角に手をかけました。

「喋りたくなければ喋りたくなるようにするだけだ」

 魔王は手に力を込めると、魔族の角を折りました。魔族にとって、角は急所でした。魔族はもんどりうちました。

「ぎゃああああああああああ!!!」

「まずは一本。さて、大人しくしろ、もう一本……!」

「オーキッド陛下です!!オーキッド王太后様の仰せです!!」

 魔族はたまらず白状しました。魔王はその名前に仰天しました。

「母上……だと?」


 魔王達がマロニエ王国の金銀財宝を抱えて凱旋すると、メタセコイアの人々は諸手を挙げて歓喜しました。半年にわたる長い戦争がついに終結したのです。メタセコイアのみならずセコイア中も祝賀ムードに沸きました。

 スミレに無事赤子が誕生したことが知れ渡ると、メタセコイアの人々は皆赤子を祝福しました。赤子の顔を一目見ようと、城には大勢の国民が詰めかけ、その姿を見て手を合わせて喜びました。

 戦争の残した爪痕に涙していた人々は希望に満ち溢れ、またやり直そうと立ち上がりました。

 幸せムードに沸くメタセコイアに背を向け、魔王はヘンルーダをサイプレスの地下牢に繋ぎました。

 そしてマロニエ王国で捕らえた魔族の首を刎ねると、その足でオーキッド王太后の部屋に向かいました。魔王は刎ねた魔族の首を掲げて問いました。

「母上。こいつに見覚えは?」

 オーキッド王太后は澄まして言いました。

「見ない顔ですね。その者が何か?」

「しらばっくれるのですか」

 オーキッド王太后は話をそらせました。

「それより、人間界での長き戦争、ご苦労様でした。お前、いつの間にか角が伸びたのですね。おめでとう。母は嬉しいわ」

 魔王は惑わされませんでした。

「その長き戦争を起こした張本人はあなただろう、母よ。こいつが何もかも吐きましたよ」

 オーキッド王太后は目を瞬かせました。

「なぜ私が戦争なんて起こそうとしなければならないの?」

「スミレがそんなに邪魔ですか母上?!貴女は私の結婚を認めたはずではなかったのか?!」

 魔王は激昂しました。しかし王太后は涼しい顔を崩しません。

「リリー。人間との混血を王族に迎えるわけにはいきません。古来からの慣習により、その子は王家とは認められません。後妻をもらいなさいな。私が面倒を見てあげましょう」

「後妻だと?スミレは生きているし、子供も健在だ。もうメタセコイアで元気に暮らしている。私は後妻も寵姫も取らない!法がスミレとの子を認めないというなら、王である私が法を作るまでだ!!」

 王太后は首をひねりました。

「サイプレスの者たちが認めるかしらね」

「そして、新しい法により王太后、貴女を地下牢に繋ぎます」

 王太后は扇で口元を覆って驚きました。

「なんですって?母である私を地下に繋ぐと?そんなことが許されると思って?」

 魔王は「おい!」と扉の向こうに声を掛けると、下僕たちが部屋に入ってきて王太后を捕縛しました。

「私は怒っている。貴女の首を刎ねるのは簡単だ。しかし、仮にも私の親だ。だから特別に命だけは奪わないで置こう」

 「運べ」魔王が命ずると、下僕たちは暴れる王太后を地下へと運びました。


 数日後。魔王がサイプレス城の地下拷問場に立ち寄ると、四肢を鎖でつながれたヘンルーダが、手足が千切れんばかりに魔王に駆け寄ってきました。

「魔王様、頼む、もう一思いに殺してくれ!命乞いは取り下げる!お願いだ、殺してくれ!」

 魔王は首をひねりました。

「何を言っている?命ばかりは助けてくれ、何でもすると言ったから、生かしてやってるんだぞ?」

「こんな毎日はたくさんだ。お願いだ、もう楽にしてくれ!」

 ヘンルーダは毎日気が狂うような拷問を受け続け、すっかりやつれ果てていました。ひどい拷問のせいで、体も限界を超えてボロボロに痛めつけられていました。

「言ったはずだ。我々魔族は絶対に約束は破らない。自殺できない呪いをかけたし、拷問官にも絶対に殺さないよう加減してもらってる。何の不満がある?」

「それが不満なんだ!なぜ、なぜ死ねないのだ!」

「安心しろ、老衰では死ぬ。あと40年は楽しめるぞ。私がな」

 ヘンルーダは絶望のあまり口をあんぐり開けて呆けました。

「ヘンルーダ、今日はいい物を持ってきたぞ。マロニエ城の地下で見つけたんだ」

 「おい」と魔王が合図すると、下僕は嫌々と暴れる一人の女を連れてきました。

「ハイドランジア!」

「ヘンルーダ陛下!」

 魔王は感動の再会のシーンを喜んで見ていました。

「スミレから聞いたんだが、お前の一番のお気に入りはこの女だったそうだな。こいつをお前に返してやろう」

 ハイドランジアはすっかりボロボロになったヘンルーダの顔を労しそうに撫でました。

「ハイドランジア……。済まないことをした。お前のことは愛しているよ」

「陛下……!」

「今日からこの女と交代で拷問してやる。この女も相当スミレに辛く当たってくれたらしいからな。万死に値するが、お前のお気に入りならば恩赦として、死なないように遊んでやることにした。よかったな。今日からはお互いが拷問される様を見て遊べるぞ」

 ハイドランジアはそれを聞いて青くなりました。拷問なんてとんでもありません。

「し……!知りません、こんな人、知りません」

「ハイドランジア……?」

 ハイドランジアは立ち上がり、魔王に縋り付きました。

「この人、私を愛してるなんて真っ赤な嘘ですし、私のこと殴る蹴る、それは酷い扱いを……!おまけに私を地下に繋いで見放したんですよ。こんな人、私、何でもありません!」

 ヘンルーダはハイドランジアの裏切りに目を丸くしました。魔王はハイドランジアを汚い物を見るような目つきで見下ろしました。

「そ、そうですわ!魔王様、私を寵姫にしてくださらない?きっと魔王様をご満足させて見せますわ。だからお願い、私を可愛がってくださいまし!何でも致しますわ!」

「ヘンルーダよ、女は汚いな。これだから私は女なんて大っ嫌いだ」

 「もう見るのも気分が悪いわ」そう言うと、魔王はハイドランジアの首を刎ねました。

「悪い、ヘンルーダ。この女で遊ぶのやめるわ。お前だけは殺さないでやるから、これからも私の遊び相手になってくれよな?」

「う……うわああああああああああ!!!」

 ヘンルーダは絶叫しました。

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