【短編番外】HAPPY HALLOWEEN

 魔王が村長となってから、魔王の棲む城は新しい村役場となり、麓の村のお役所の人間たちは丘の城で魔族たちと一緒に働いていました。

 季節は秋。高くなった寒々とした空を窓越しに見上げた役所の人間の一人が、こう呟きました。

「もうすぐハロウィンか……」

 隣に座っていた人間も、それを聞いて相槌を打ちました。

「もうそんな時期か、早いなあ」

 偶然お役所仕事を監督していた魔王が、それを聞いて首を傾げました。

「ハロウィン?何だそれは?」

「ご存じないんですか?魔族にも関わりのあるお祭りなんですが」

 魔王は初めて聞きました。しかも魔族に関わりがあるとは。

「ハロウィンは聖人や先祖の霊を慰める日の前夜祭のことです。先祖の霊に混じって悪さをする悪い霊や魔物を追い払う……あ!失礼」

 村人は説明しながら魔王の額の角を見て慌てて言葉を濁しました。話している相手は魔族の王です。追い払う祭りだなんて説明したらどんな怒りを買うか恐ろしくなって慌てて言い繕いました。

「すみません、いえね、本来はそういう由来があるんですが、今はすっかりそんな謂れも廃れ、子供たちのお祭りになってるんですよ。子供たちのお祭りです。魔族にどうこうするお祭りではありませんよ?」

 魔王はさして気にしている様子は無いようでした。それよりもどんなお祭りかに興味があるようです。

「子供たちの祭りとな?具体的に何をするんだ?」

 別の村人が答えました。

「家の玄関にカボチャの提灯を飾り、子供たちが魔物の姿に変装して、カボチャ提灯のある家に、お菓子をねだりに廻るんですよ。『お菓子をくれないと悪戯するぞー』ってね。魔物に変装した子供にお菓子をあげることで、魔除けを表してるんです」

 それを聞いて魔王は閃きました。

「ということは、純魔族の我々も、訪ねたらお菓子を貰えるのか?」

 村人は言葉に詰まりました。純魔族に会うことが今までは稀でしたから、そんなケースは考えたことがありません。

「え……それはどうでしょう?まあ、魔族ですからね……、魔除けですからね……?」

 魔王はやる気になりました。

「よし、早速協議しよう!今年のハロウィンは城の魔族も家々を廻るぞ!」


 魔王は魔界の自宅である魔王城に立ち寄り、宰相のアナナスにハロウィンについて話して聞かせました。子供達の祭りと聞いて、アナナスは目を輝かせました。

「子供達のお祭り………?!それは、どの程度子供率が高いのでしょう?!」

 アナナスについてご紹介いたしますと、彼は魔王より少し年上の九十三歳。黒い髪を短く刈り込んだ長身で色黒の人間型の魔族で、朗らかで穏やかな好青年でしたが、少し危険な意味で人間の子供が大好きでした。

 魔王はうっかり話してしまってから後悔しました。アナナスがこと子供に関しては過剰に反応するというのを失念していたのです。

「う……まあ、仮装するのは子供達だけだと聞く。子供達ばかりの祭りじゃないのか?」

「なんて素敵な祭り!あ、あの、人手は足りなくないですか?!お手伝いしましょうか?!俺はお菓子とか欲しがりませんよ?可愛いお嬢ちゃんと遊んであげるだけで充分ですよ?!」

 アナナスのものすごい食いつきに、魔王は後ずさりしながら

「わ、分かった、今後の話し合い次第だな」

 と、アナナスをなだめました。

「不肖アナナス、是非祭りの成功の為に尽力させていただきます!」


 日を改めて城の魔族の幹部と村人は今年のハロウィンについて話し合いました。

 村人たちは魔族たちが村を闊歩することについて不安がりました。城で働いている者達は魔族に慣れましたが、普通の村人達は魔族を怖がります。ですが、魔族達はお菓子を貰えるということに意欲的です。村人達は魔族の怒りを買うのが怖いのであまり強く反対出来ませんでしたが、だいぶ渋りました。しかし、魔王が

「お菓子をくれないというなら、本当に悪戯をして廻るぞ!」

 と脅したので、村人達は渋々魔族達の参加を了承しました。

 そして魔王はさらにアイデアを提案しました。近隣の村や町からも子供達を集め、お菓子獲得合戦をさせて競わせたら面白いのではないかと。

 これには皆面白そうだと意欲的になりました。なにより村のお菓子の負担が拡散して軽くなるので、村人も喜びました。

 お菓子を集めたあとは子供達を城に招き、ハロウィンパーティーをして夜更かしをすることに決めました。子供の相手をすることを嫌がる魔族もいましたが、殆どの者達は好意的に受け止めたようです。

 その他、子供達の衣装やパーティーの飾り付けなど、細々としたことが決まってゆき、予算が組まれて話し合いはまとまりました。

「ハロウィン……楽しみだな!絶対に優勝してみせるぞ!」

 魔王は嬉しそうに目を細めました。

「待っててね子供達!お兄さんと遊ぼうね!」

 アナナスも目を輝かせました。


 ハロウィンの日、城に続々と近隣の村の子供達が集まりました。初めて魔族を見た子供達は恐ろしくなって泣き出したりしましたので、数人の役人の人間達が子供の世話に追われました。ですが、悪戯盛り、好奇心盛りの子供達は魔物を見て興奮し、早速仲良くなる者達もいたようです。朝から城は大賑わいでした。

 子供達には魔族達が手作りした衣装や小道具が配られ、子供達は大興奮でした。それもそのはず、今までは自分たちで手作りしていた衣装が、とてつもない迫力とリアリティをもって作られているのです。衣装に身を包んだ子供達は本物さながらです。

「すごい迫力だな。魔族と見分けがつかないじゃないか」

 スミレが驚いていると、魔王は胸を張りました。

「当たり前だ。純魔族の我々が手を抜くわけにはいかない」

「魔族のプライドって奴だな」

 魔王はぼそりと呟きました。

「……私も変装しようかな……」

 スミレは首を傾げました。

「なぜだ?そのままでいいじゃないか」

 すると魔王はコンプレックスを語りました。

「本当はなー。私はこの角が少し小さいのではないかと気にしているのだ。わざわざ変装してる子供より角が小さいのはちょっと面白くない」

 そばに侍していたジギタリスが提案しました。

「それでしたら魔王様。戴冠式の儀式用の王冠をご用意しましょうか?」

 儀式用の王冠は魔王家に代々伝わるもので、普段は身につけないのですが、魔王家の象徴的な小振りな角に引っ掛ける形で身に付ける、大きな角の形をした王冠でした。確かにそれを身につければすごく強い魔物に見えるでしょう。

「おお、あれがあったか。すっかり忘れていた。用意してくれ」

「御意」


 日が傾いて辺りが暗くなる頃、子供達と魔族達は城を出発しました。

 参加したチームは三チーム。丘の麓のヒノキ村を魔王が指揮し、スミレの故郷ブナ村はスミレが指揮し、隣の町のシラカバの町はアナナスが指揮しました。

「みんな!負けるな!頑張ろう!」

 アナナスが子供達に呼びかけ、駆け出しました。

「お菓子は全て私のものだ!皆のもの!足を引っ張るでないぞ!」

 魔王も子供達に呼びかけました。

「故郷に錦を飾るぞ!わたしの屋敷でお菓子を配る。数を稼いで絶対に勝つ!」

 スミレも勇ましく出陣しました。


 麓のヒノキ村では大人達が戦々恐々としていました。魔物が暴走して村を襲ったりしないか、子供が魔物に食われないか、気が気ではありません。

 女達は大忙しでクッキーやパンケーキを焼き、男達は飴と武器を手にして身構えました。

 そこへ山のように大きな怪物が地響きを立てて近づいてきました。そして一軒の家の前で立ち止まると、大きな身体をかがめて家の玄関を覗き込みました。

「Treat or…」

 家の中で武器を構えていた主人は恐ろしくなって立ち尽くしていました。

「……destroy?」

 怪物がニタリと笑うと、主人は腰を抜かして尻餅をついてしまいました。

 凄みを利かせる怪物の影から、魔王が現れてたしなめました。

「おいおいアスター。驚かせ過ぎだ。それに台詞が違う。Trick or treatだ。可哀想に、見ろ、死にそうではないか」

「は、それは失礼を」

 アスターはトゲトゲの頭をぽりぽりと掻きました。

 魔王は主人が握っていた大きなロリポップに目をつけました。

「おお、その大きさならアスターにちょうど良かろう。ご主人。その飴をよこすのだ」

「は、はいいい!!」

 主人は震える手で魔王にロリポップを手渡しました。

「良かったな、アスター。さて、他にお菓子は無いのか?」

 奥から顔だけをのぞかせた奥さんが、

「クッキーがございます……足りないかもしれませんが……」

 というと、魔王グループの子供が走り出てきて、「ちょうだい!」と可愛く微笑みました。


 ブナ村へ向かったスミレ達は、スミレの指示に従いスミレの屋敷に向かいました。

 スミレはハロウィン戦争の話が決まってから今日まで、入念に仕込んでいました。

「さあ子供達、お決まりの台詞を叫ぶんだ!せーの、」

「Trick or treat!!!」

 子供達が甲高い声で叫びました。

 すると、屋敷のバルコニーからお菓子の滝が流れ出しました。子供達はその演出に大喜びです。皆我先にとお菓子の山に殺到しました。

「ふはははは!!この数があれば負けることは無いだろう!!魔王め、今回はわたしの勝ちだ!!」

 お菓子を拾い尽くすと、スミレは魔物を班長として子供達を班分けし、村の隅々まで派遣しました。

 ヒノキ村に比べて魔族達と交流の無いブナ村の人々は仮装した子供達のあまりにリアリティのある仮装を見て大パニックになったそうです。


 一方その頃シラカバの町ではアナナスが子供達を班分けして家々を廻っていました。決して小さくはない町です。商店の数も多いので、子供達の収穫は少なくありませんでした。

 アナナスの班では小さな女の子が手に入れた飴を食べ始めたことで諍いが起きました。

「デイジー!帰るまで食べちゃ駄目なんだよ?!」

「途中で食べたらあとで数えるとき負けちゃうじゃん。わたしたち我慢してるんだよ?」

 子供達に厳しく叱られたデイジーという女の子は泣き出してしまいました。

「だっておなかすいたんだもん~~~~~うわ~~~~ん」

 アナナスは困っておろおろするばかりです。

(いたいけな幼女が泣いている……どうしよう、でもここは叱るべきか、いや、既に叱られているから慰めてあげるべきか……)

 するとそばにあったパン屋の女将が声をかけてきました。

「お腹が減ったのかい?可哀想にねえ。おい兄さん、うちのパン、良ければあげるよ?数を競ってるんだろう?ちょっと食べるくらいならうちはかまわないさ」

 渡りに船。アナナスはグループの子供達にパンを振る舞いました。

(幼女が笑っている………ああ、可愛いなあ。やっぱり子供は笑って食べてるところが一番だ……これで俺も子供達のヒーロー……!)

 すると、その様子を、近くを通りかかった別の班の子供達に目撃されてしまいました。

「あ、ずるーい!悪いんだ!」

「お兄さん、僕たちにも買って!!」

 子供達がアナナスに殺到しました。アナナスは困り果て、

「わ、わかった。君たちにもあげるよ……」

 と、財布を取り出しました。

(ああ、ここは厳しくするべきなんだろうけど……うう……。あ、まてよ?ここで数を稼げば……)

 そしてアナナスもある作戦を始めることにしました。商店の店主に袖の下を手渡し、少し多めにお菓子をせしめることにしたのです。この作戦が今後どうなるか……。町中を巡って、アナナス達は帰路につきました。


 夜も更けた頃、戦利品を山と抱えた子供達、魔物達が城に帰ってきました。

 皆手に入れたお菓子を早く食べたくてうずうずしていましたが、戦果が気になって我慢していました。

 勝敗はお菓子の重さで決めることになりました。魔界から大きな魔物用の秤を調達し、ヒノキ村から順にお菓子を秤にかけていきました。

 勝敗は都会のシラカバの町に軍配が上がりました。次いでスミレがバラまき作戦を敷いたブナ村。魔王のヒノキ村は僅差で最下位でした。

 魔王は怒り狂いました。

「貴様らーー!!あれほど頑張れと言ったのに!罰だ!今日の獲物は全て私が食う!!」

「食えるわけないだろうその小さな胃で。我が儘を言うな。負けは負けだ」

 スミレは笑いながらたしなめました。いつも魔王に喧嘩で負けているスミレは楽しくて仕方ありませんでした。

 アナナスも笑いが止まらないようですが少しだけ魔王に気を使いました。

「申し訳ありません魔王様。町という経済力の差が出ましたね。子供達が頑張ってくれまして。あ、でも、魔王様がシラカバ町を襲撃すればきっと魔王様が勝っていたことでしょう」

「気休めを言うなアナナス。貴様謀ったな?!」

「謀ったなんてとんでもない。ふふふ」

「笑っている……。貴様……許さん。あとで30倍にして返してやる!」


 文字通り溢れんばかりのお菓子の山を囲んで、ハロウィンパーティーが催されました。魔界の魔王の実家から楽団が招かれ、子供達も、魔物達も、踊ったり歌ったり、思い思いに宴を楽しみました。

 普段隣村や町と交流の無かった子供達は新しい友達ができたり、あるいは喧嘩が起きたり、様々な出来事が起きましたが、パーティーも終盤に差し掛かると皆仲良く打ち解けたようでした。

 幼い子供達は早くも睡魔に導かれ広間の隅で寝息を立てていました。

 あまり夜更かしするのもいけないと、空の月が傾きかけると大きな魔物――アスターのような――が肩に掌に子供達を乗せ、それぞれの家まで送り届けました。

「嵐のような一日だったな」

 食べ散らかされた広間を眺め渡して、スミレが溜め息をつきました。侍従達は口々に溜め息をついたりぼやいたりしながら片付けに大忙しです。

「負けたのは癪だったがなかなか面白い祭りだったな」

 魔王も散らかったお菓子の包み紙を拾い上げ、呟きました。

「お菓子争奪戦なんてしなかったらもっと気楽な祭りだったんだがな」

 スミレは苦笑しました。

「……子供も悪くないな」

「?」

 スミレが首を傾げると、魔王は少し恥ずかしそうに呟きました。

「……世継ぎが生まれたらあんな感じなのかな」

 スミレはそれを聞いて俯きました。魔王と人間が結婚することなど前例がなかったので、二人は世継ぎを諦めていました。ですから、スミレは魔王の世継ぎを産めない身体を悔やみました。

「……すまん……」

 スミレが謝ると、魔王はハッとして慌てて言い繕いました。

「いや、気にするな。子供がいなくても私は気にせんぞ?スミレさえ側にいれば私は十分だ」

 そして

「また来年子供を招いて祭りをしよう。来年こそは勝つぞ!」

 と、話を反らせました。スミレは力無く笑い、そして傾きかけた月を見上げました。


 その日を境に、城に子供達が遊びにくるようになりました。子供達は度胸試しの儀式として魔物達に挑戦してきました。魔物達もまんざらでもなく、子供達と遊びました。一説によるとアスターの頭のトゲトゲに願い事を書くと、願いが叶うらしいですよ。

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