【短編番外】アナナスのトマト嫌い克服大作戦

 ある夜、サイプレス王国で、魔王や貴族たちが一堂に会し、パーティーを行いました。今夜は重要な会議の延長というわけではなく、親睦を深めるための、気軽な社交界という位置づけでした。そのため、貴族とはいえ普段は王宮に立ち入れないような身分であるレンギョウやアリウム、フロックスたちも、魔王の親友ということで招かれ、魔王たちとテーブルを共にしました。

 いよいよメインディッシュが運ばれてきたというときに、アナナスは突然大声を出しました。不満げに料理に文句を言っています。

「なんでステーキの上にトマトが乗ってるんだよ、信じられない!味覚おかしいじゃないのか、絶対場違いだろ!誰だよこの料理作ったのは!」

 アナナスはメイドを呼びつけ、料理を取り換えさせました。それを見てアリウムがアナナスを諫めます。

「何もそこまで言うことないだろう。トマトソースだろ?普通じゃないか」

 しかしアナナスはなおも抗議します。

「ソース?ソースなんて可愛らしいものじゃなかったね。がっつりトマトそのものだったよ。料理長に言ってなかったかなあ?トマトは出すなって!」

 すると、魔王が王女のアイリスを抱きかかえながらアナナスのテーブルのそばにやってきました。

「そういえばお前はトマトが嫌いだったな。なんの手違いだ?アナナスにトマトは出すなと言ってあるはずだが?料理はもう下げたのか……私が食ってやろうと思ったのだが」

「魔王様……。料理は取り換えてもらいましたよ。まったく一体どうなっているのか……」

 すると、魔王が抱きかかえていたアイリスがアナナスを指さし、こう言いました。

「あななちゅ、しゅちちらい、めーよ!」

 その一声で、場がシーンと静まり返りました。アナナスは顔をくしゃくしゃに歪め、席を立ち、アイリスの顔を撫で繰り回しながら「ごめんねええアイリス様あああ」と謝罪しました。

「ああ、そうだ、しゅちちらいはだめだねえええ!アナナスは悪い子でしたああ!!アイリス様の見ている前でお見苦しいところをお見せしましたああ!!」

 レンギョウがそれを見て、

「まったくだ。トマトぐらいで情けねえ。黙って食え」

 と言いました。しかしアナナスは開き直って

「まあ、今回は取り換えてもらったので食べますけどね」

 と、食卓に戻り、邪魔なトマトがいなくなったステーキを満足そうに頬張りました。


 しかし、ある日、アナナスは沈痛な面持ちで魔王のもとにやってきました。

「魔王様、俺、トマト嫌い直したいです」

「どういう風の吹き回しだ」

 すると、アナナスはアイリスをちらりと見て、

「実はアイリス様が、俺が食事しているとどこからともなくやってきて、好き嫌いしてないか監視するようになりまして……」

 魔王は驚いて、「本当か、いつの間に?!」と、無邪気に一人遊びするアイリスを見ました。おそらく瞬間移動の術を使って、アナナスを監視しているのでしょう。魔王は末恐ろしい子だ、と生唾を飲み込みました。

「それで、みんなを集めて、俺がもう好き嫌いせず、トマトを食べられるように特訓してほしいんです」

 魔王はアナナスがトマト嫌いでも気にしなかったので、その決意を不思議に思いましたが、そういうことならば、と、仲間達を集めることにしました。


 アナナスがトマト嫌いになったのには、ある根深いトラウマがありました。

 子供のころ、アナナスの身の回りで、吸血鬼はアナナスの一族だけでした。そのことをからかわれ、いじめられたアナナスは、信頼していた仲間に「血を飲ませてやる」と騙されて、トマトジュースを飲まされました。血の味を裏切られたショックと、想像を絶する不味さで、アナナスは思わず吐いてしまいました。その様子を当時の仲間たちにからかわれ、アナナスはトマトジュースはおろか、トマト全般が受け付けられない体質になってしまいました。

 以降、王宮の食事ではアナナスだけトマト抜きの特別メニューが徹底されていましたが、先日の会食では誤って、アナナスにほかの料理が運ばれてしまったということでした。

「アイリス王女に恥ずかしくない男になるため、俺を鍛えてください!」


 というわけで、仲間たちは機会を設けて、再び王宮に集まりました。厨房のそばに陣取り、料理長の全面協力でアナナスのために特別料理を作ります。魔王はアナナスに問いました。

「お前が一番ましだと思うトマト料理は何だ?」

「そうですねー。デミグラスソースですかね。あのくらい形が分からなくなっていれば、結構気にならないです」

「料理長、デミグラスソースの試食を持ってこい」

 料理長はデミグラスソースを小さめに切り分けたステーキにかけて持ってきました。アナナスがそれを口に運びます。

「うん。これはいける」

「その次に大丈夫なのは?」

「えーーーー……トマトのスープかなあ……」

「料理長。トマトスープを」

 ほどなくして運ばれてきた、小皿のトマトスープを、アナナスはおっかなびっくり口に運びました。

「あっ、美味しい。これ食べられますよ。ブイヨンと香辛料が利いてるんだな。これいけます!」

 フロックスが手を叩いて、「トマトスープクリア!」とはやし立てました。

「次はミニトマトにする?ミニトマトなら小さいから……」

 しかし、アナナスは大声で拒否しました。

「何言ってんすか、ミニトマト一番だめでしょ!気持ち悪い!あのブシュ!がもう絶対無理」

「煮たトマトならいいのか?トマトを煮込んだものもってこい」

 魔王が料理長に指示すると、ほどなくして湯剥きして煮込まれたトマトが登場しました。ナイフとフォークで切り分けて、アナナスが恐る恐る口に運びます。

「あっ……あっ……なんだろう、ここからが結構やばいかもしれない。微妙なライン。少しなら食べられないこともない」

 レンギョウがその様子を見て、

「じゃ、生ちょっと食ってみるか?砂糖かけよう。砂糖かけると食えるぞ」

 と、生のトマトを皿に載せて勧めてきました。

「まっ!ちょ、待って、生はさすがに」

「じゃあトマトジュース」

「ダメ、それトラウマ!絶対吐くぞ、いいのか?!」

 その様子が、アイリスには好き嫌いしているように見えたようです。アイリスがすかさず、

「あななちゅ、しゅちちらい、めーよ!」

 と言ったので、アナナスは泣きたくなってきました。ついに、

「いや、もう、食べたから!俺ちゃんと食べましたから!もう許して!!」

 と、降参してしまいました。

 一同は「加熱すれば食えるみたいだから……」と、アナナスを許してやることにしました。


 またある日。アナナスのもとにトマトのソースがかかった料理が運ばれてきました。アナナスは一瞬身構えましたが、目の前でアイリスが見張っているので、意を決して料理に口を付けました。

「あななちゅ、まいまい?」

 アナナスは引きつった笑みを浮かべて、

「まいまいです、アイリス様」

 と言いました。それを見て、アイリスは満足そうに笑いました。

 アイリスは隣でその様子を見ていた魔王にも、「ダダ、しゅちちらい、めーよ?」と言いました。

「ダダは、しゅちちらいしてもいいのだ」

「め!」

「ダダがしゅちちらいしなくなったら、お前のママを食べてしまうぞ」

 するとアイリスは泣きそうになりながら、「め!」と言いました。

「ダダのしゅちちらいは、ママを愛しているから、良いしゅちちらいなのだ」

 そう言って、魔王はアイリスを愛おしそうに抱きしめました。


 おしまい。

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丘の魔王 ぐるぐるめー @ankokunogrove

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