第一幕
「ぐほっ……」
「おのれ、魔王め……」
毎日朝から晩まで、実に沢山の戦士達が丘の古城にやってきて、魔王に挑んでは、倒れてゆきました。
「ふん。つまらぬ。もっと楽しめるかと思ったのだが…いささか飽きたな」
細身の長身に滝の様に肩にかかる真直ぐな黒い髪、高貴な衣服に身を包んだ美しい青年の額には、小さな二本の角がありました。そしてその顔は青白く、まるで死人のようでした。このどちらかと言えば華奢な青年が、丘にやってきたこの城の新しい城主、「丘の魔王」でした。
連日の人間達との戦いですっかりぼろぼろになってしまった広間を眺め渡して、丘の魔王は、ふぅ、とため息を吐きました。
「アスター!」
「は。ここに」
魔王が一声呼ぶと、天井を突き破るような大きな鬼が現れ、魔王のもとにひれ伏しました。
「私は雑魚共と遊ぶのは飽きた。後はおまえが片付けろ。そして歯応えのある奴がきたら私をよぶがいい」
「は。お任せを」
そして魔王はマントを翻し「私は寝る」と、寝室へと足を向けました。
「おやすみなさいませ魔王様」
と、その時です。
「魔王はここか!」
甲高い声が広間に響き渡りました。
聞き慣れない高い声に魔王は足を止め、声のほうを振り返りました。
「何者だ」
広間の入り口に、小柄な人間が一人、小さな胸を張り凛として立っているのが見えました。
「我が名はスミレ!丘の魔王を倒しにきた!魔王は何処か!」
それは銀の全身鎧に身を包み、身の丈程もある大剣を背負うには、不釣り合いなほどに華奢で美しい娘でした。
「ふむ。小娘か。これは随分変わった客人だ」
魔王は少し興味を持って、2、3歩前に進み出て言いました。
「魔王様……」止めようとするアスターを片手で制し、
「いかにも、私がこの城の主、魔王サルビア・リリー・グラジオラスである。小娘、そのナリで私に挑むというか」
魔王は名乗り、スミレと対峙しました。
張り詰めた空気が、広間を覆いました。
しかし、先に緊張感を打ち破ったのはスミレでした。
「………………………………………っぶー!」
堪え切れずに噴き出してしまったのです。
「さ、サルビア……リリーだって!!あはははははは可笑しーー!」
娘は膝をついて腹を抱えて大笑いしてしまいました。
「何が可笑しいか!失敬な!笑うな!」
魔王が顔を紅潮させて怒鳴るのを見ると、スミレはなおも声を上げて
「魔王のくせに……そんな可愛い……ぷあはははははは顔赤いぞ、可愛いー!!」
魔王はいたく傷ついたようでした。主の様子を察したアスターは、
「小娘!魔王様を愚弄するとはただ置かぬ!捻り潰してくれるわ!」
と、娘におどりかかりました!
すると、娘は背中の大剣をすらりと引き抜き、山ほどもある大鬼をいともあっさりと薙払いました。
「申し訳ありません魔王様ー!!この娘出来ますぞ!!」
アスターは随分余裕のある声をあげて吹き飛び、壁に打ち付けられて転がりました。
「あはは、すまんすまん。侮辱して悪かったよ」
といいつつもまだ笑いながら、娘は大剣を握り直しました。
「貴様……(気にしてるのに)私を侮辱するとは大した身のほど知らずよ!雑魚をいたぶる趣味はないが、貴様は許さぬ!生きては帰さぬぞ!!」
「ふふっ、こちらこそ、元より手ぶらで帰るつもりはない!」
魔王は右手をふりかざし、闇の魔法を解き放ちました。
幾つもの真っ黒い影の球が、スミレに襲い掛かります!
スミレは数個弾いたものの、猛烈なる魔王の魔法は躱し切れず、ついには強烈な衝撃波に吹き飛ばされ、壁に強か打ち付けられました。
幸い急所を外していたせいで、なんとか立ち上がったスミレ。
あと一撃を食らったら命が無いと思ったスミレは破れかぶれで魔王に躍りかかりました。
「くらえええ!!」
剣先の読めない渾身の一撃に、魔王は躱しきれず、肩に軽い負傷をしました。
魔王は驚き、無事な右手で魔力弾を放ちます。
その衝撃はダメージを負っているスミレには躱しきれず、スミレは気絶してしまいました。
「ふぅ……私としたことが……小娘相手に少し力を使いすぎたな……」
娘に近づいてみると、幸いまだ息はあるようでした。
(小娘ごときに本気を出して殺したとなれば寝覚めが悪いからな……私のプライドも許さぬし……)
魔王はちょっぴりほっとしました。
(なかなか綺麗な顔をしている。何故死にに来たのか……。腕は立つようだが、殺すには惜しいな)
「………」
魔王が立ち去ろうとすると、娘は「うぅ……」と呻き、目を覚ましました。
「ほう、もう気が付いたか」
「!貴様!……うぐっ!」
スミレは起き上がりかけ、激しい激痛にまた倒れました。「さすが魔王というところか……」
憎々しげに睨み上げると
「無理は止せ。骨の数本は無事ではなかろう。城の部屋を一部屋貸す。数日寝ていくがいい」
思いがけない魔王の優しい気遣いに、スミレは戸惑いました。
「こ、殺さない……のか?」
魔王は振り返らず、寝室へとすたすた歩きだしました。
「待て!勝負はまだ付いてはいない!」
敵に情けを掛けられるなどとは。
スミレは屈辱に怒り震え、体の痛みを押し殺して立ち上がり、再び剣を取りました。
「やめておけ。相手にならぬ」
「まだまだこれしき!」
スミレは魔王におどりかかろうとしましたが、体に力を入れるたびに激痛が走り、よろよろと膝をついてしまいました。
「立ち上がる気力があるなら自力で帰れるか。無理はするな。また挑むがよい」
「おのれ……な、名前の可愛い魔王め!」
スミレの挑発に、もう魔王は反応しませんでした。ただ、「また来るがよい」とだけ言って、広間を出てゆきました。
スミレは腑に落ちないながらも、「望むところだ、次は倒す!」と再び決意を燃やし、城を後にしました。
寝室の窓から、スミレがよろめきながら帰るのが見えました。
「変わった女だ……」
魔王は小さくなってゆく後ろ姿を見つめながら、ため息とともに呟きました。
「必ずまた来い。……私を殺しに……」
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