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ようやく庚申塔群を過ぎて山上神社に戻ってきた。神社と呼んでいるが、その実祀っているのは道教の影響を受けた「常世神」なのである。
台北市に龍山寺があるが、そこにも道教由来の神々が祀られている。一度訪れたことがあるが恋愛の神なんかもいて煩悩を増長させるのは仏教的にアウトなのではと思ったのを覚えている。
山上神社はそんな寛容な宗教の矛盾を傍観し、そこに面白さを感じ取れるようなものではなかった。現世利益のために人命を捧げる呪術的な祭祀が放置されているのである。
ふと違和感を覚えた。島の人たちに「オシンメサマ」に現世利益を祈念している様子はなかった。むしろ人々はイエの永続を願って日々「オシンメサマ」にお供えをしていた。
自分の死後、子や孫に供養してもらうことで安泰な死後を迎えることができるという考えに基づいて、日本人はイエの永続を祈ってきた。これは現世利益とは真逆の願いである。「オシンメサマ」と「常世神」は同じものなのだろうかという疑念が生まれた。
「四谷先生、ここにいらしたんですか。」
聞き覚えのある声がした。役場の波山さんがそこにいた。波山さんは走ってここまで来たのか、肩で息をしていた。大の大人が全力で走ってくるというのは尋常じゃない。何か並々ならぬ出来事が起きたのだろうと思った。
「どうしたんですか。山を下りたんじゃないんですか。」
先生は息が上がった様子の波山さんに駆け寄った。
「それが、」
波山さんは一度息を整えてから続きを離した。
「町長がいなくなったんです。」
僕は驚いた。波山翁に続いて川凪さんの身にも危険が迫るとは。二人とも僕たちの調査に深く関わっていた。
「いつからいなくなったんですか。」
「はっきりしたことは誰もわからなくて。4時前には社で見たと言った人がいたのですが、山を下りてからは誰も見ていなくて。もしかしたらここに残っているかもと思ったんですけど、見ませんでしたか。」
「私は3時くらいに話をしましたけどそれ以降は。君たちは。」
先生は僕たちの方を振り返った。熊沢さんも僕も首を横に振った。
「最後に目撃情報があった社に行ってみましょう。」
先生が息の上がった波山さんの背中を押して社に向かった。
社は静かだった。普段管理している神主も徹夜した後はさすがに家で休んでいるのだろう。さっき集まっていた広い部屋はがらんどうだった。ただ一つ、川凪さんの亡骸が部屋の真ん中にポツンと横たわっていた。
「父さん。」
波山さんは上ずった声でそう叫ぶと、靴を履いたまま倒れている川凪さんのところへ駆け寄った。そして波山さんは声にならない叫び声を上げて尻もちをついた。
「どうしたんですか。」
先生が呼びかけたが、波山さんは座ったまま震えていて何も答えなかった。
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