流された神の島

厠谷化月

8月13日

1

「カミ」はいかにして誕生したのだろうか。地球上のどこを探しても神像を作ったり、聖典を詠唱しているサルがいないのだから、サルからヒトになるまでのどこかでカミは誕生したはずだ。では、いつ、何がきっかけでヒトはカミを認識し始めたのだろうか。


***


 夏の太陽に照らされた海原を、一直線に船が航行する。傍から見れば気持ちのいい光景だか、乗客にとって常に揺れている船内は居心地が悪かった。少しでも船酔いを和らげるため、朝からずっと甲板に立って水平線を眺めていた。太陽と雲の動き以外変化のない景色でいい加減飽きてしまっていたが、他にやることもなかった。ふと進行方向を見ると、黒いゴマ粒のようなものがずっと向こうに浮かんでいるのが見えた。


「よく本なんか読んでいられますね。酔いませんか?」


 客室に戻って、四谷先生に言った。朝食が載っていたプレートが僕の分まで空だった。僕が手をつけなかった分も先生が食べたのだろう。


「歳をとるといろんな所が鈍感になるんだよ。」


 先生は本から目を離し、目頭を押さえていた。鈍感な様を見ただけで酔いがひどくなるような気がした。


「そろそろ着くみたいですよ。向こうの方に夷島が見えてきましたから。」

「まさか飯出君、ずっと外にいたの?」

「はい。」

「よく飽きないね。」


 先生は呆れた顔で僕を見ていた。

 先生が読んでいた本に目を向けると、表紙に「P.H.ラヴクラフト」の文字があった。


「先生、クトゥルフ神話読むんですか?」

「うん。飯出君、知ってるの?」

「ええ。サークルの仲間とTRPGやったりしますよ。でも、民俗学者の四谷哲郎がクトゥルフを読むなんて意外です。」

「創作だけど、民俗学的モチーフが出てきて面白いんだ。」

「ネイティブアメリカンの邪神信仰が発見されるところとかですか。言われてみればカヤカベあたりと似てますかね。」

「いや、別物だよ。浄土真宗自体は大衆に知られていたからね。」


 船内放送があと30分で夷島に着くことを告げた。先生と私は船を出る支度を始めた。

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