3

宿に戻るとすぐ夕食だった。僕らは一階の八畳くらいの座敷に通された。耳を澄ますと波の音が聞こえてくる。ちょうど海風が吹き始めて涼しくなってきた。どうやら宿泊客は僕らだけのようだった。

 夕食は島の海の幸と山の幸を一気に楽しめる料理だった。天ぷらは魚やエビ、それから島でとれた野菜を使っていた。みそ汁には貝がたくさん入っていた。独り暮らしで昼の学生食堂以外はインスタントのソースをかけたパスタで済ませているのがいい方の僕にとってはありがたかった。


「どうぞお召し上がりください。お客さんなんて久しぶりなんで味が落ちたかもしれませんが。」

「やはり観光客は少ないですか。」


 先生が言った。


「もともとこの島は外からのお客さんを受け入れてきたわけではないんですよ。この宿もお仕事でいらした方向けの宿だったんですけど、客足が途絶えて閉めていたんですよ。」

「それじゃあ、私たちのために開けてくださったんですか。それは申し訳ない。」

「いえ、気になさらないでください。お客さんが来るときだけ開けるようにしてるんで。完全に畳んじゃうと死んだ主人に合わせる顔がありませんから。」


 女将さんは笑みを浮かべていたが、表情は暗かった。


「ご主人、亡くなっていらっしゃるんですか。」

「飯出君、滅多なこと聞くもんじゃないよ。すみません、こいつ若いもんで。後できつく言っておきますから。」


 つい口を滑らせた僕を、先生は咎めた。


「いえ、いいんですよ。もう5年も前になりますから。ビールのおかわりお持ちしますね。」


 そう言って、女将さんは部屋を出て言った。彼女はまだ30代といったところだろうか。訛りのない喋りからして生まれはこの島ではなさそうだった。時々とはいえ、あの若さで一人、慣れない土地の旅館を営むのはひどく骨が折れるだろう。苦労人であろう彼女に失礼を働いてしまった僕は箸が進まなかった。


「そこまで気に病むことないさ。最初に言ったのは彼女なんだから。」


 僕の様子を見て先生が言った。さっきと言っていることが真逆だった。先生は呑気にビールを飲んでいた。

 しばらくして女将さんがビールをもって入ってきた。


「そういえば、女将さんはどこのご出身なんですか。訛りがないようですけれど。」


 夕食が終わり食器を片付けに女将さんがやってきた時、先生が唐突に聞いた。


「生まれは横浜です。結婚して旦那の実家があるこの島に。」

「そうなんですか。なら、ちょうどいい。この島特有の風俗とかってわかりますかね。」

「四谷様は民俗学の先生でいらっしゃいましたものね。それならちょうどうちにありますよ。」


 僕たちは女将さんについていった。座敷を出て板敷の廊下を進んでいった。電灯が古く、スイッチを押してもすぐには点かないため、しばらくは薄暗いなかを進んでいった。壁に手をつけながら歩いていると、漆喰のざらざらが手の平を滑ってこそばゆかった。


「この部屋にあるんですけどね。」


 女将さんが止まって障子を開けた。僕らは薄暗い座敷に入った。


「いま電気つけますね。」


 女将さんが天井から垂れている紐を2,3回引っ張った。電灯が点滅して、この部屋の様子が少しわかった。広さはさっき僕たちが食事をとった部屋と同じくらいだが、あの部屋と違い床の間に何かがあった。

 電灯が完全に点いて、床の間にあるものがはっきりと見えた。それは人型の木像だった。木像の前にはお膳があって、ご飯と水が供えてあった。

 先生は木像の前にひざまずき、興味深そうに眺めていた。僕は先生の肝の大きさに敬服した。


「これは何と言うものですか。」


 先生が女将さんの方に振り向いて聞いた。

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