8月14日
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僕らは朝食を食べてしばらくすると、近くの民家へ行った。先生は町長の川凪さんに挨拶するためだと言っていた。家のベルを鳴らすと小柄な女性が出てきた。
「P大学の四谷と申しますが、川凪努さんはいらっしゃいます?」
「主人はあいにく祭りの準備に行っておりまして。帰るのは夜になると思いますが。帰ったら行くように伝えておきましょうか。」
「うーん。今から行ったら邪魔ですかね。」
「いや、大丈夫だと思いますよ。」
「ご主人どこにいらっしゃるの。」
「そこの小学校ですよ。ほらあの白い建物が見えるでしょ。」
女性は指で方向を示した。僕らがその方向を向くと、大きな白い建物が見えた。たぶんそれが小学校だろう。
「そうですか。ありがとうございます。それから、これお土産です。よければどうぞ。」
「あらどうも、わざわざありがとうございます。」
女性は先生の差し出した紙袋を受け取った。僕らが小学校へ行こうとして、数歩歩きだしたところで、先生が立ち止まった。
「そうそう。川凪さん、いま忙しいですか。」
「いえ、テレビ見ていたところですから。」
ドアを閉めかけた川凪夫人がドアから頭を出して言った。
「お宅にオシンメサマってありますか。あれば見せていただけませんか。」
「ええ、結構ですよ。先生方は民俗学を研究なさっているみたいですからね。うちのでよければ見て行ってくださいよ。」
「でもテレビの邪魔しちゃ悪いですし。」
先生がとぼけて言った。
「そんなことないですよ。サスペンスの再放送だから犯人わかってるんですよ。」
「そうですか。それならお言葉に甘えて、お邪魔します。」
僕らは川凪さんの家に上がった。ここでも家の奥の方の座敷にオシンメサマの木像とお供え物があった。この家のオシンメサマも旅館で見たものと同じようなものだった。素朴な表現の顔と四肢のない胴体。だるまやこけしと似たようなものだが、胴体がうねうねと波打っていて気味が悪かった。
「これは、どういう神なのでしょうか。」
先生が夫人に聞いた。
「それがよくわからなくって。私もね、この島で生まれたんだけどね、物心ついた時にはもうこれを祀っていたから。まあ、強いて言えば家内安全かしらね。粗末に扱うと家が廃れるって小さい時から口うるさく言われていたのよ。」
「というと、どこか没落した家があるのでしょうか。」
「それがあったのよ。シマキタの家なんだけどね、あそこの息子は東京の大学に行っていたから、都会の気風にかぶれちゃっててね。だから家を継いでからはお世話をおろそかにしていたのよ。そしたらキノコにあたって一家全滅。なんだかわからないけど神様は祀っておくものよ。祟られたらたまらないもの。それからね、」
夫人はお喋り好きのようでなかなか話が止まらなかった。しかし、僕らは川凪さんに挨拶する用事があったので、そろそろ小学校の方へ行きたかった。
「いやあ、貴重なお話ありがとうございました。」
先生が夫人の話を遮って言った。
「あら別にいいのよ。」
「それでは、そろそろお暇いたします。」
「あらそう。寂しいわね。」
夫人は話し足りないようで、玄関へ行くまでにもシマキタの家の話をいろいろと聞かせてくれた。
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