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それから僕らは小学校だと思われる建物の方へ向かった。「夷小学校」という看板が掛かっていた。小学校の校庭には人がたくさんいて、テントを建てたり集まって話し合いをしていたりと忙しそうだった。17日に控える祭りの準備だった。川凪さんを見つけるのは難しそうだったので、「事務局」と書かれたテントの方へ向かった。


「どうも、川凪さん。」


 頭をくっつけるほど集まって話し合っている集団のなかにいた、恰幅の良い白髪の男性が先生の声で振り返った。彼は僕らに気づくと笑顔を浮かべた。彼が川凪さんらしい。僕は振り返った瞬間、彼が思い詰めたような重苦しい表情を浮かべていたことを見逃さなかった。


「今日はどうしたんですか。」


 川凪さんは集まっていた人たちに断りを入れてから僕らの方へやってきた。


「挨拶に伺おうと思いまして。」

「それだったら別にいいですよ。」

「そういうわけにはいきませんよ。川凪さんには、島の調査の許可を取るにあたっていろいろとしてもらいましたから。」

「いや、当然のことです。」


 川凪さんは首を横に振った。この島は閉鎖的で、文化的な調査を受け入れてこなかったらしいが、川凪さんが町長になってから、文化を外へ発信していこうという機運になっているそうだ。


「これを見ればわかる通り、この島は高齢化が進んでいましてね、このままだと無人島になりかねません。そうなる前に、私たちがこの島で生活を営んできた記録を残してもらいたいと思ってましてね。」


 校庭では年嵩の人たちが目立っていた。校庭の真ん中で櫓を組み立てているのだが、そのための木材を運んでいるもの老人ばかりだった。若者が全くいないわけではなかった。


「これでも若い連中には来てもらっている方ですよ。」


 川凪さんは苦笑いしていた。

 これだけ人が集まっているのに、やけに静かなことに気づいた。周りの人たちは黙々と祭りの準備に取り掛かっていた。だが、彼らの顔には苦痛の色が張り付いていた。表情は一様に暗く、皆いやいややっている感じであった。


「しかし、こんな状態だと祭りを継続するのも大変でしょう。」


 僕が聞くと、川凪さんの表情は曇った。


「やめるわけにはいかないんですよ。学者先生には笑われるかもしれませんが、祀るのをやめると祟られるんですよ。この島にはそうやって滅んでいった家がいくつもありましたから。」

「ということは、これはオシンメサマの祭りなんですか。」

「ええ、いかにも。」

「オシンメサマのお祭りは留衣山でやるんじゃないんですか。」

「ここで各家のオシンメサマを集めて、留衣山へお移しするんです。詳しいことは、当日ご覧ください。」

「ところで、」


 先生が口を開いた。


「オシンメサマはどういうカミなのかご存知ですか。」


 川凪さんはかぶりを振った。


「ずいぶん昔から祀られてはいるそうなんですが、詳しいことはさっぱり。」

「誰か詳しいことを知っていそうな方はいらっしゃいませんかね。」

「ヤマニシの爺さんが知っているかもしれないなあ。」

「ヤマニシさんですか。」

「いや、名前は波山だよ。この辺りは苗字のバリエーションが少ないから屋号で呼んでるんですよ。あの爺さんの親父さんがこの島の神様についていろいろ調べていたはずだから、あの爺さんももしかしたら詳しいと思うよ。」

「波山さんは今日いますかね。」

「いるんじゃないかな。いまヤマニシの家までの地図書きますよ。」


 川凪さんが戻ってくると、地図の書かれた紙をくれた。


「狭い島だからすぐ行けますよ。」


 そう言うと川凪さんは祭りの支度に戻っていった。


「みんな忙しそうだから邪魔にならないようにここを出ようか。」


 先生が言った。


「そうしましょう。」


 僕らは小学校を後にした。昼食の時間も近いので僕らは宿に戻った。

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