8月20日
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ひどい雨音で起こされた。寝不足が続いていたせいか、朝から体調が芳しくなかった。頭が重く、少し激しく動くだけで頭痛がした。
反対に先生はぴんぴんしていた。低気圧なんて感じないよ、と言って素振りの真似までしていた。
昼前に雨風はピークになっていた。その頃に、留衣山の方から地鳴りが届いた。それからさっきまでの暴風雨が嘘のように、青空が広がった。台風は去っていったみたいだった。
留衣山に籠っていた熊沢さんのことが心配になって山上神社に向かった。先生と役場の波山さんも一緒だった。山道がぬかるんでいていつもより時間がかかってしまった。
山上神社は無事だったが、そこには熊沢さんはいなかった。境内に神主が血を流して倒れていた。川凪さんの時と同様に、頭には穴が開いていた。血は頭と腹、そして左のももから出ていた。三尸虫は頭、腹、足にいることを思い出した。もしかしたら気が付かなかっただけで、川凪さんも足から血を流していたかもしれない。
神主のことは波山さんに任せて、僕と先生は洞窟へ向かった。洞窟への道のりも当然ぬかるんでいて、下に落ちないようにするのが大変だった。
洞窟は先日の状態をとどめていなかった。だが、大雨によるものではなさそうだった。ところてんのように、洞窟の中のものが奥から押し出されたみたいで、入り口には土や白骨、そして小さな社だったものが散乱していた。
消防団の人たちが洞窟の入り口に散乱しているものを掘り返したり、道の下の方を探したが、熊沢さんは見つからなかった。
暗くなり救助が中断されるまで、僕らはそこにいた。僕は熊沢さんが洞窟から飄々と出てきて、あの細く長い手を僕たちに振るのではないかと思っていた。先生はそんな僕を見守ってくれていた。たぶん、何を言っても僕は決してここを動かないのだろうと察したのだろう。
獣道を社の方へ向かっていると、庚申塔群の中で一つだけこちらを向いている庚申塔があるのに気付いた。庚申塔の下の方には三猿が彫られていた。
それ自体は珍しいものではない。全国のいたる所に、日光東照宮にあるような「見ざる聞かざる言わざる」のポーズをとった三匹の猿が彫られた庚申塔が見られる。
だが、その庚申塔に彫られた三匹の猿は、洞窟から帰ってきた僕たちに何かを伝えようとしているようだった。庚申塔で隠しているのだから、獣道側から庚申塔を見ることは想定されていないはずである。しかしわざわざ獣道に向けて配置されているということは、何らかのメッセージ性があるように思えた。
だが、僕は目の前の滑稽な表情を浮かべる猿たちの意図は読み取れなかった。
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