8月21日
1
その日は台風一過により快晴で、島にいる間で一番暑かった。
チンチキチンチキチン
山上神社へ向かう階段を上っていると上の方から風鈴のような音がした。階段を昇りきると、先生が境内の石に座っているのが見えた。
チンチキチンチキチン
先生がお茶碗を箸で叩いている音だった。
「先生、そろそろ帰りますよ。」
僕が声を掛けるまで、先生はお茶碗を鳴らしている間中空を眺めていて、心ここにあらずという感じだった。昨日、洞窟の入り口の瓦礫の山を掘り返し熊沢さんを探す僕を、先生は必死に引きはがそうとしていた。先生はもう熊沢さんが見つからないとわかっていたように冷静だった。だけど、今日の先生はまだ彼が戻ってくるのではないかという一縷の望みを捨てきれていないようだった。
「もうこんな時間か。」
先生はお茶碗を叩く手を止めて腕時計を見た。
子供たちの声が聞こえた。声は神社への階段を上ってくるみたいだった。
僕たちは階段の方を見た。上がってきたのは子供たちじゃなくて、一匹の蝶だった。蝶は一直線にお茶碗に止まった。僕と先生は驚いて蝶を見つめていた。
「チョウチョどこ行っただ。」
「上がってたけどな。」
子供たちが階段を駆け上がってきた。彼らは虫かごに虫取り網を携えていた。
「おじさん、チョウチョ見なかったか」
「ここにいるよ。」
先生はお茶碗を挙げて見せた。
「こいつは逃がしてやってもらえないかい。」
先生は子供たちにそう言った。
「せっかく見つけたからいいじゃんか。」
「なかなか見つかんないぜ。」
彼らは口をとがらせて言いたい放題だった。
「ほら、お盆には亡くなった人が虫になって帰ってくるっていうじゃないか。」
だが、子供たちはお盆を分かっていなかった。この島にはお盆の文化が根付いていないようだった。
「虫になるわけね―じゃん。」
「虫全部ユーレイなの。」
「お盆って台所のじゃないのかよ。」
子供たちは好き放題不平を言っていたが、結局は木の上の蝉を見つけて、蝶への関心は無くなった。
「それじゃ。」
先生はそう言って、お茶碗に止まった蝶の触角を撫でると、空に放った。蝶は飛び立つとどこかへ行ってしまった。
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