8月17日
1
祭りの日がやってきた。朝食が終わるころ役場の波山さんから連絡があって、祭りの見学は問題ないという旨を伝えられた。祭りへの参加を許してもらったが、まだ島の人々からの心象は悪く、各戸を訪ねオシンメサマを見せてもらえる雰囲気ではなかった。夕方までは旅館に居よう、と先生が言った。
祭りと言っても、縁日が並んで盆踊りをするような楽しいものではない。祟りを起こしうるオシンメサマをなだめ、今年一年の平穏を祈るのが目的だ。だから花火が鳴るようなこともなく、島の子供たちも浮足立っていなかった。
夕方まで何もすることがなかった。
「暇ならトランプでもやらないか。」
先生がカードを混ぜながら僕に言った。先生はやる気満々だった。暇を持て余していた僕はすぐに飛びついた。
しかし、そこから昼食をはさんで5時間が地獄だった。二人きりでやるババ抜きは絶望的に面白くなかった。
退屈を弱火で煮詰めたようなゲームだったが、5時間は持った方だと思う。最終的に昼食を食べて眠くなった先生が、昼寝をしに部屋に戻ってようやくババ抜きがお開きになった。
「あれ、飯出さん、起きていたんですか。」
トイレから出てきた僕を見て女将さんが驚いていた。
「と言ってもまだ午後の3時ですよ。」
「お祭りは一晩中起きてなきゃいけないから、祭りの日の男衆はたっぷり昼寝するんですよ。」
だから先生も昼寝しているのかと腑に落ちた。たが、僕は昨日随分寝たから眠くはなかった。
いいものあげますよ、と言って女将さんがエナジードリンクをくれた。先生の分と2本もらった。
その時呼び鈴が鳴った。女将さんについて玄関に行くと、図書館であった熊沢さんがいた。
「熊沢さん、どうしてここに。」
「人に聞いたんだ。ところで四谷先生は。」
「上で寝てますけど。」
僕が上を指さすと、二階から大きな物音と先生の叫び声がした。
遅かったか。熊沢さんがそう吐き捨てたように聞こえた。
「すみません、上がらせてもらいます。」
そう言うと熊沢さんが急いで階段を駆け上がった。呆気にとられた女将さんは、はあ、としか答えなかった。僕も物音に驚いて立ちすくんでいたが、我に返って熊沢さんの後を追って二階に向かった。
熊沢さんは先生の部屋の扉を開けていた。彼の肩越しに、尻もちをついて口をあんぐり開けている先生と、全開になった窓が見えた。
「今の、見た?」
先生が震える指で窓の方を指した。しかし、レースのカーテンが海風でひらひらと揺れているだけで、そこには変わったところは見受けられなかった。
「先生、大丈夫ですか。」
熊沢さんが先生の方へ駆け寄った。僕も後について部屋に入った。部屋は柑橘系の爽やかな香りが充満していた。夏ミカンでも食べたのかなと思ったけど、そんな形跡はなかった。
「熊沢君、あれは?」
「わかりません。」
その口ぶりから熊沢さんも何かを窓の外に見たらしいことがわかった。僕は窓に近づいてみたが、特に何か変なものはなかった。
「強いて言うなら『オシンメサマ』と呼ばれているものです。」
熊沢さんはそう言った。確かに「オシンメサマ」と言ったのだ。
「いま、『オシンメサマ』と言いましたか。」
「ああ。」
熊沢さんが答える。
「一体何を見たんですか。」
僕は二人に聞いた。先生が乾いた口をお茶で潤してから、口を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます