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波山翁の家からの帰り道も、人っ子一人見かけなかった。

 帰り際に、川凪さんが僕らに頭を下げた。


「わざわざ来てもらったのに、こんな仕打ちをしてしまい、何とお詫びすればいいか。」


 頭を下げている川凪さんの方が、今にも泣きだしそうな表情を浮かべていた。

「開けた島づくり」というのが、川凪さんが町長を務める際のモットーであり、四谷先生を招待し祭りの調査を依頼したのは、その一環なのだ。今まで外部との交流を避けてきた夷島の住民にとって、島外の人間は恐ろしいものである。そんな島民を説得してどうにか僕らを招いたのだ。その努力ったらないだろう。それがこんな形になってしまうなんて、川凪さんにとっては努力が水の泡になるし、町長としての面目は潰れるし、悔しいこと極まりないはずだった。

だが僕たちの方は冷遇に慣れていた。


「よくあることですから気にしないでくださいよ。」


四谷先生はそう言って笑いさえしたのである。

温かく迎えてくれるところもあるが、こうやって冷たい目で見られることも多々ある、というのは先生の言葉である。そういう保守的なムラ社会が昔ながらの行事を守り継いできた一面もある。だから一概に悪いことだとも言えないのが事実だ。

そもそも、この国の文化はそういう内側に結束が固い集団が作ってきたのだ。道祖神が多いのもそのためである。道祖神の石碑や石像は村境に設けられて、外部からやってくる「悪いモノ」を防いでもらおうとしていたのだ。


「明日までには説得しますから、ぜひお祭りにはいらしてください。」

「そう根を詰めなくても結構ですよ。祭りに行けなくても、避暑に来たと思えば十分ですから。」


 先生の慰めの言葉を聞いても、川凪さんの顔からは泣きそうな表情が取れなかった。そういえば、昨日旅館にやってきた役場の波山さんも慇懃に頭を下げていたのを思い出した。


「普通はもう少し後にやるんだってさ。」


 先生がおもむろにつぶやいた。


「何をですか。」

「埋葬。女将さんが言っていたんだけどね。お義父さんや旦那さんの時は亡くなってから埋葬までに一週間くらいかかったそうだよ。それに波山さんのご家族もご遺体と対面してないでしょう。だからそこまで早くするのは不自然なんだって。」


 波山翁の死には不自然なことがたくさんあった。消えたオシンメサマと血痕、そして不自然なまでに早い埋葬。


「それに、今まで温厚だった人たちが波山さんが亡くなってから冷たくなるのって不思議じゃない。人の死についてとやかく言うのも不謹慎だけどね。」

「先生は、不思議なことって信じる方ですか。」

「飯出君は祟りとか信じる方かい。私は殺人とかだと思っているんだけど。」

「オシンメサマの祟りとかはどうなんでしょうか。」

「昔は今よりオシンメサマを祀るのが義務的なものだと考えられていたはずでしょ。新しい当主がそういう義務を怠るようじゃ、他の生活にかかわる義務も疎かにしていただろうし、それで不幸になるのも当然じゃないかい。要するに、相関関係を因果関係と読み違えていただけじゃない。」


 そう考えても矛盾はなかった。むしろそれが妥当な線だろう。それに、家がつぶれることは多々あって、そのうち祭祀をしなくなった家が注目を浴びて祟りとみなされただけだろう。

この文明化して久しい社会にカミだタタリだが存在するはずはない。厳格な学術の領域にオカルト的な好奇心を持ち込んだ僕が恥ずかしかった。

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