5
神主はタバコの煙を吐き出した。
「だが、ここまで来てしまうと、島民が祭りをやったところで常世神が鎮まるわけじゃねえ。」
「わかりました。」
熊沢さんが神主に向かって歩み出た。
「私が何とかしましょう。」
熊沢さんは覚悟を決めたようだった。どういうことをするつもりなのかはわからないが、その表情から察するに相当な受難が待ち受けているらしい。
「熊沢くん、考え直したらどうだね。」
振り返ると先生が社から出てきたところだった。
「先生、私がやらなければ、島の人たちが苦しむだけです。」
熊沢さんの言葉に先生は肩をすくめた。これ以上説得しても考え直すことはないと判断したのだろう。先生が説得をあきらめたのを見た熊沢さんは少し安心した表情を浮かべた。
「先生、一つ質問があるのですが。」
「何だい、熊沢君。」
「先生は石油の成り立ちを生物に求めますか。」
「急に化学の話か。そういうことは飯出君に聞いた方がいいんじゃないかな。」
二人の視線が僕の方に集まった。僕は両手を振って否定の意思を示した。
「僕は専門外ですよ。そういうのは地球科学とかの専門じゃないんですか。どうしたんですか急に。」
「これから潔斎に入る。肉食は控えなければならないのだが、調味料に石油由来のものが入っていることがあるからね。」
それを聞いた先生は笑い声を漏らした。
「熊沢君らしいな。」
***
「延長はできますから安心してください。」
宿に戻った僕たちに、女将さんが言った。何を言っているのか理解できず、先生も僕もポカンとしていた。よほどのまぬけ面を浮かべていたのだろう。女将さんはクスッと笑った。
「台風の予報が繰り上がって、船が出るのが明々後日になったんですよ。」
それでようやく理解できた。先生もそのようで、ああ、と素っ頓狂な声を上げた。
「すみませんがよろしくお願いします。」
「気にしなくていいですよ。それよりお風呂、沸かしてありますから。二人とも」
女将さんは鼻のあたりに手を添えてから続けた。
「昨日から入ってないでしょう。」
風呂から上がってもまだ9時を過ぎたところだった。徹夜をして朝早くから活動していると、どうも徹夜をした罪悪感よりも早くから活動できる優越感が勝ってしまう。
カフェインの切れはいつも突然にやってくる。昨日一睡もしていないのだから、その分を取り返そうと、怒涛の睡魔が押し寄せてくる。
夕方に昼寝をすると一日の大半を無駄遣いしてしまったと思い罪悪感に陥る。一日の終わりが近いことを知って、どうにか時計の針が12のところに行かないようにもがいて徒労に終わる。
だがこの時間から寝ても、一日の大半が残っているから一日の無駄遣いにはならないだろう。起きるのは昼くらいだろうからまだ一日の大半が残っていることになる。僕は横になって目をつぶった。
結局狸の皮算用だった。確かに昼には昼食を食べに起きたのだが、それでも眠気は残っていてもう一度寝てしまったのだ。気づいた時には午後の4時を過ぎていた。その時にはもう目が冴えていて、とても質の良い睡眠をとれたと、体中が喜んでいた。だが、僕の心は一日を浪費してしまった罪悪感で溢れそうだった。熊沢さんが苦労しているというのに、僕は昼寝に深い後悔の念を覚えているだけだった。
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