第19話 再会

「降霊術は基本的に、自分自身に死者の魂を降ろします。口寄せと呼ばれるものですね」

「イタコがやるやつ?」

「そうです。他者や遺体に魂を降ろすこともできるそうですが、制御不能になるおそれがあるので滅多にしないはずです。つまり、降霊術のほとんどが口寄せということになります。ですが召喚術を組み合わせると、少しややこしいことになります」

「死者を召喚するってだけじゃないんだ?」


 美澄は頷き、揺れている吊り革を見上げる。


「降霊は、死者の魂を降ろすものです。一方召喚は、人の頭の中にあるイメージを具現化するものです。以前も少しお話ししましたが、召喚によって呼び出されるものは死者そのものではなく、記憶の中にある人物ということになります。それを組み合わせるから、ややこしいことになるんです」

「なんとなくは想像できるけど。そもそも組み合わさるものなの?」

「私の中では、召喚によって具現化したイメージに、死者の魂を降ろすようなことをしています。でもそれが単なる召喚と異なるものなのか、私にもわからないんです」

「実は、召喚でしかない可能性もあると」


 その場合、記憶の中の死者と話しているだけということになる。死者そのものと会話したいのであれば、降霊術のほうが向いているわけだ。


「でもやっぱり、別の人を介して死者と話すのは抵抗があると思うんですよね。もちろん本当に口寄せができる人もいるんですが、降霊術を装って、相手に合わせて話しているだけという場合もあるので。かといって召喚だけでは、自己催眠に近いような気もしますし。だから組み合わせられないかと考えたんですが、やってみると判別がつかなくて」


 美澄が後ろめたそうに言うが、俺は感嘆することしかできなかった。


「偉いねえ」

「そうですか?」

「うん。言ってしまえば気の持ちようだけど、それで救われる人はたくさんいるんじゃないかな。少なくとも騙そうとしてやってるわけじゃないんだし、細かいことは置いておけばいいと思う。俺もそうする」


 外が暗くなり始め、車窓に自分たちが映る。電車の中は空いていたが、架橋の下では自動車のランプがずらりと並んでいた。それを見て、自分が切り離した世界に近づきつつあることを実感する。


 鏡と化した窓越しに美澄を見て、彼女の不安を感じ取った。美澄がこの電車に乗るのは、もしかするとあの時以来なのかもしれない。


「勘違いだったらアレなんだけど」

「はい」

「召喚術と降霊術を組み合わせようとしたのも、旭の件があったからだったりする?」


 美澄はしばらく押し黙り、「真剣に考え始めたのは、あの時からですね」と、照れたように言った。


「あそこに現れた、……いわゆる悪霊も、あの場所を恐れる人の心から生まれたものなんですよね。根も葉もない噂が突如として立つように、悪い想像は一気に膨らむものです。あれを生み出した人の中には、事態を面白がっただけの人もいるでしょう。それでも、人ひとり亡くなるくらいの力になるんです」


 俺は何と言ってよいかわからず、鼻を擦ってごまかした。それも美澄には見えていないようで、彼女は独り言のように続ける。


「人の想像力は、良くも悪くも大きい力です。私たちはそれを利用できても、制御することはできません。それを、あの時思い知ったような気がします。その一方で、私にできることが他にもあるのでは、とも思いました。そのひとつが依頼したお仕事であり、降霊と召喚の合わせ術なんです」


 美澄はこちらを見て、恥ずかしそうに笑う。


「私も吹っ切れてなんかいませんよ。ずっとあの時のことを考え続けていますし、これからも忘れることはないと思います。けれどあの後悔が、私の迷いを消してくれました。誰かに反対されても、結果的に間違いだったとしても、できることは何でもやるべきだと考えるようになりました。でもそれは、それくらいやらなければという覚悟ではなくて、やらなかった後悔だけはしたくないからです。だからやっぱり、私は瀬那さんを巻き込んでいるだけですね」


 俺は苦笑し、「偉いねえ」と、また感嘆する。


***


「召喚が完了したら、私は少し離れたところで待ちます。ですから気兼ねなくお話ししてください」

「わかった」

「では始めます。今回は目を瞑って、旭さんのことを考えてください」


 むやみに明るい街灯の下で、息を吞んで美澄の声を聞いている。これから何が起こるのかわかっているのに、心臓が一向に落ち着かなかった。


 瞼を閉じても明るく、血流が透けて見えるような気がしてくらくらした。なんとか足を踏ん張り、焦りも不安も、目の前に広がっているであろう光景もすべて塗りつぶし、ただひたすらに旭の姿を思い浮かべる。


 この道で、こっそりと手を繋いで帰ったことを思い出す。あの時は同僚に見られることを心配して、やたらと緊張していたのだった。手汗をかいていないか心配になって、さらに冷や汗をかくことになったものだ。


「びびりすぎじゃない? 中学生じゃあるまいし」


 手をつないで帰るという行為そのものが、すでに中学生みたいじゃないか。俺が言い返すと、「じゃあ大学生レベルになる?」とからかわれた。


「ナニその私服、大学生みたい」


 はっとして右手を見ると、白い手に握られていた。おそるおそる顔を上げる。


「え、なんか痩せた?」


 旭がいた。あの日と何ひとつ変わらない格好で、そこに立っていた。


「ちょっと彼女が失踪したもので」

「やだ、健気」


 彼女はけたけた笑い、俺の背中を叩く。

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