第4話 二律背反
おもしろそうだとかいう、至極単純かつ雑な理由で契約を結んだ俺は、その翌日、どうしてだか立派な屋敷に招かれていた。
「ここは民家?」
「そうですけど」
もう少し古びれていれば重要文化財と見紛ったであろう、古風な屋敷だった。下手な時代劇よりも時代考証されていそうな、和風の家屋と庭園。タイムスリップしたと言われたら、本気で信じてしまいそうだ。
「志塚家は、
「いまいちわからないんだけど。神社の神主とは違うの?」
「少し違いますが、同じようなものと言ったほうがわかりやすいでしょうか。違うというのは、私たちの祀る神の社が、一般的な神社にある設備を欠くからです。それとその神は、人々が参拝して親しむような神ではありません。そもそも志塚家の家業はかなり特殊なので、別物と考えてもらったほうが良いかもしれませんね。もちろん、神職ではありますが」
信仰心が薄く、大した教養もない俺には、かなりややこしい話になってきた。おかげで志塚が召喚師だという話も、強ち嘘ではないのかもしれないと思えてくる。
「どういうところが特殊なの?」
「そうですね……。まず鎮守神とは、地主神を治めるために祀る、より霊威の強い神のことです。地鎮祭はご存知ですか?」
「家とか建てるときに、竹立ててやるやつ?」
「そうです。今は形だけの儀式になっているのかもしれませんが、もとはその土地の地主神が人間や建物に危害を加えぬよう、新たに守護神を祀って地主神を服従させるというのが狙いです。その新たな守護神が、鎮守神です」
地鎮祭にはそんな意味があったのか。てっきり、地主神に赦しを請うための儀式だと思っていた。
「そういうのを専門としてるってこと?」
「鎮守神を祀るという意味では。ですがもう少し、規模の大きい話になります。志塚家が祀る鎮守神は、拠りどころを失くした神々を治める神なんです。開発によって行き場を失くした地主神や
本当に規模の大きい話になってきた。志塚の話に対して、半信半疑どころかほとんど疑っていたにもかかわらず、いつの間にか興味深く聞き入っている。
新たな守護神を立てるというのが、志塚の言っていた召喚にあたるのだろうか。しかし志塚家の家業はほとんど人に知られていないから、何を鎮守神として祀っているのかが疑問だ。
そんなことを考えていると、ぱたぱたという足音が聞こえてきた。目を向けると、縁側から女性が現れる。
「こんにちはー。美澄がお世話になってます」
女性はそう言って、いそいそと茶を差し出す。その様子を上目に窺いつつ、軽く会釈した。
「姉です」
「あ、そうなの?」
「美澄の姉の、
姉の美園は美澄より明るく、世間慣れした雰囲気があった。加えてこちらは、明るめの茶髪に猫目という現代的な風貌だ。見た目も雰囲気も、美澄とはあまり似ていない。歳も離れているようで、美園は俺と同じくらいか年上に見える。
「で、この人が例の?」
「例の」
美園も同席するらしく、さっさと美澄の隣に座る。俺は怯み、「もしかしてあの話って、家ぐるみなの?」と訊いている。
「違います。姉は知っていますが、ほとんど私の独断でやっていることです」
「あ、そう。もしかして、お姉さんも召喚師、なんですか?」
「下の名前でいいですよ。あたしもいちおう、心得はあります。でも、美澄ほど本格的なやつじゃないんで」
美園が当然のことのように言うので、美澄の話に信憑性が増す。その一方で、壮大なドッキリかもしれないと警戒もした。
「まだ半信半疑ってカンジですね。無理もないですけど。で、今はどのへん?」
「鎮守神の説明と、家業の話を。ここまでは大丈夫ですか?」
「まあ、おおよそは」
「では本題に戻ります。昨今、人々の神への信仰は薄れつつあり、神々の力も弱まっています。その一方で、変わらず存在する漠然とした不安や恐れのために、祀るべき神が邪神化することも増えています。矛盾するようですが、それが現状です。しかし、従来のやり方では邪神化した神を治めることが難しいため、新たに別の神を祀る必要があります。けれど全体の傾向として、神々の力は弱まっている。ここで堂々巡りになっています」
要するに、今の戦力では収拾がつかない状況にあるけれど、新たな戦力を補充しようにも戦力になり得る神がいない。だからでっちあげてしまおう、というわけか。
「そこで、人為的に強い神をってことね」
「媒体が書物でもネットでも、人間が存在を認識して信じることが召喚術において必須条件になります。ですから、邪道を承知で依頼しました。つまり瀬那さんには、神を創造していただきたいんです」
アツい展開になってきたなと興奮しつつ、壮大なドッキリだったらどうしようと心配する。
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