第5話 役不足
「瀬那さんさ、彼女いないでしょ」
「まあ、今はいないですね」
「えー。気にいらない反応」
唐突に彼女の有無を確認した挙句、気に入らないとはなんだ。俺は静かに立腹したが、美園はこういう性格らしい。
「なんですか、いきなり」
「だって普通、女子高生を家に上げないでしょ。下手したらお縄だよ? そういう認識甘い男は、彼女いないよ」
理屈のよくわからない決めつけだった。反論すべきことが多すぎて、あからさまにうんざりする。
「重々承知で、人目を避けた結果がそれだったんですけど。てか、それなら美園さんも来るべきだったんじゃないですか」
「まあね。でも美澄が嫌がるし、あたしも暇じゃないからさ。昨日は仕事だったんだよ」
「仕事、何されてるんですか」
「神職。邪神や
美園の性格であれば誰でも気軽そうだが、さすがに口には出さない。
「茶髪でいいんですか?」
「カンケーない。神だろうが悪霊だろうが嗜好は人間と大差ないんだから、可愛くしといたほうがいいのよ」
「へえ」
そんな会話を、美澄は白けた表情で眺めている。つくづく似てないなと思う。
「さー着いたよ。近場の心霊スポットでーす」
美園の運転する車で到着したのは、薄暗いトンネルだった。線路の架橋下に作られた、歩行者用の小さなトンネルだ。
「これ、心霊スポットなんですか?」
「真上で人身事故があって、その霊が出るって噂」
「人身事故があったのは事実です。気にせず通る人のほうが多いですが、噂を信じて夜は避ける人も、それなりにいます」
至る所にありそうな、ちょっと不気味スポット。「召喚が何たるかを見せてやる」とか言って、美園がなかば強引に俺と美澄を連れ出し、ここに来たのだった。ちょうど夕方で、薄暗くなり始めたから雰囲気はある。
「召喚、必要?」
「いいえ。この場合地縛霊に分類されるので、家業とも少し違います。もちろん召喚で祓うことはできますが、こういうのはあまりやりません。放置しても問題なさそうですし」
「考えあってのことよ。瀬那さんこれ見て」
美園が見せたのは漫画だった。俺はその漫画を知らなかったが、神主らしきキャラクターが登場している。絵柄にはリアリティがあって、見てくれにおいては実在していても不思議ではない。
「霊を祓えそうなキャラですね」
「そ。これは霊を祓えるキャラです。美澄も見たね? じゃあ、このキャラを召喚して地縛霊を祓いましょう」
なるほど、架空の人物を召喚するわけだ。この漫画の認知度は知らないが、出版されている以上、見かけたことのある人間は少なくないはず。この解釈が正しいのかはさておき、召喚術の特色を学ぶにはちょうど良いのかもしれない。
美澄も意図を察したのか、漫画をしげしげと見つめる。その後、トンネルのほうへと進んでいった。
「本当にいるんですか? 地縛霊」
「瀬那さんは見えない人?」
「見えないっすね」
「いい環境で育ったんだね。こういうのは一度見えると、見ずにはいられないものなんだよ。個人差もあるけど、嫌でも見えちゃうようなやつに会ったことが無いんだろうね。私らには、今もはっきり見えてるよ」
美園はトンネルを指したが、俺には美澄しか見えない。美澄はトンネルの中でしゃがみ込み、何やら手を動かしている。美澄の声がかすかに聞こえてくるが、何を言っているのかまるでわからなかった。数十秒ほど見守り、いつまでやるんだろうかと不安になり始める。
「ところでこの漫画、実在した人間の話なんだって」
「そーなんですか?」
その直後、トンネルの中で人影が増えた、ような気がした。その数秒後に美澄が立ち上がり、一礼する。終わりらしい。
「急ごしらえにしては、けっこうはっきりした姿で現れたね。これはこの場にいるあたしたちが、明確に召喚する対象を想像してたからなんだよ」
「こんなことで召喚するのかって感じで、変な顔されましたけど」
「ねえねえどうだった? 美澄の召喚術は」
美園が目を輝かせるが、俺は首をかしげるほかない。
「そもそも地縛霊が見えてないから、何やってるかわかんなかったですね」
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