第6話 願望

「美澄はね、すごい子なんだ」


 駅へと送ってもらう道中、美園が急に神妙な顔をして言う。美澄とは志塚家で別れたので、今はふたりきりだ。


「そりゃ、召喚術使えますもんね」

「そうなんだけど、それだけじゃない。あの子は降霊術もできるし、はらいだってできる。多才なのよ。それに、どれもクオリティが高い」

「へえ。降霊術も難しいんですか?」

「難易度より、適性によるって感じかな。でも、召喚よりはオーソドックスだし単純だね。あたしにもできる」


 志塚家はやはり由緒正しい家なのだろう。美園だって人より断然特別だし、美澄に劣らず重宝される存在のはずだ。この国で神職に従事する人がどれほどいるのかわからないが、その中でも一線を画すのではなかろうか。


「そういうのって、修行でどうにかなるもんですか?」

「修行って。まあ、ほとんどは才能だね。だけどこういう仕事は世襲が大半だから、才能のある人をスカウトしてくるとかじゃないでしょ。棲み分けてるから同業者で争うわけでもないし、一族内で運だめししてるようなもんよ」

「志塚一族?」

「そ。うちは宗家じゃないんだけど、宗家のいびりはすごいよー。うちには美澄がいるから、ジェラシー抱いちゃってるの。やだよね」


 あれで宗家ではないというのが驚きだ。志塚家の宗家は、いったいどうなっているのか。


「宗家のほうも、召喚術を使うんですか?」

「そうね。同業の家でも手法は様々なんだけど、召喚術は志塚の相伝みたいなところがあるから。うちの両親はそこまで狂ってないからいいんだけど、宗家は才能、それも召喚術のそれがすべてって感じ」


 特殊な家業に相伝の召喚術。浮世離れした名家にとってはそれがアイデンティティであり、存続の術なのだろう。一般家庭の生まれであり、つい昨日まで召喚術の実在を想像したことすらなかった俺にとって、理解が及ばない世界だ。


「美園さんは、妹に嫉妬したりしないんですか?」

「しないね。歳が離れてるからかな。両親の影響もあるかもしれないけど、家業に関する才能がすべてだなんて、あたしは考えてないの。その才能に恵まれた美澄が楽してるとも思えないし、妹なんだから可愛いがってあげたいじゃない? あたしはお姉ちゃんだからね」


 美園は誇らしげに言って、鼻の穴を膨らませる。


***


「確認しておきたいんだけど」


 車を降りようとしたところで、美園が唐突に尋ねる。低めの声音に、のっぴきならない質問が来ると思って身構えた。


「瀬那さん、いくつ?」


 身構えていたのに、不意をつかれたような気分になる。


「えーと、二十五です」

「なんだあ年下じゃん。さん付けして損した」

「損はしないでしょうよ」


 自分の歳はさすがに言わないのかと、どうでもいいが少しがっかりもする。「それじゃ、送ってもらってありがとうございました」と、ドアに手を伸ばした。


 閉めようと腕に力を込めたところで、「ねえ瀬那君」と、美園が呼び止める。今度は何かと思いつつ、「はい?」と車内を覗く。


「君はどうしてあの時、信じてくれたわけ? トンネルでさ、召喚できるかもって期待してくれたんでしょ? だからあたしが、このキャラ実在したんだよって言った時に、召喚が成立した。あの場で君に足りてなかったのは、あのキャラがうつつに存在し得るという認識だけだったってこと。君がまるで信じてなかったとしたら、あたしたちのイメージと、あの漫画を知っている人たちのイメージを基に、もっと早い段階で召喚が成立してたはずだからね。でも、あの場にいた君の迷いが強く影響して、召喚の成立を遅らせた。つまりあの微妙な間は、君が召喚を信じた証拠なんだよ」


 瞬きをする直前に見えた幻のような、あるいはコマ送りの動画に紛れ込んだ宣伝のような、一瞬の光景。あれが召喚によるものだったのか、今でも半信半疑だ。


 それでもあの時の俺は、何かが起こると信じていた。そうであってほしいと望んでいた。無為を極める今の生活がひっくり返るような、根拠のない予感を胸に抱いたのだ。それはもう二度と経験しないだろうとあきらめていた、不意の希望に似ている。


「君ってすごく冷めてるし、話した感じも現実主義者だから、あれくらいで信じてくれないかなって思ってたんだよね。案外、こっち側に興味があったのかな。それとも、信仰に目覚めるような願いでもあるの?」


 信仰に目覚めるような願い、か。しかし実際のところ、俺はどの信仰にも目覚めていない。ちょうど少し前に、しつこい宗教勧誘のおばさんを根負けさせたところだった。


 それに、ただの暇つぶしに願望を持ち込むほど、俺はこの生活に不満を抱いていない、はずだ。


「どうでしょうね」


 もう一度礼を述べて、控えめにドアを閉める。

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