第7話 力不足

 美澄がもってきた古そうな書物には、ほとんど普通の犬の見た目をした、妖怪のようなものが描かれていた。神社の狛犬を彷彿とさせるが、神だとは思えない。


「都市伝説的な伝搬をねらうなら、悪霊とかのほうが向いてない? 人に怖がられるような」


 俺は今日も、志塚家に招かれていた。本当はメールで済ませたいところだが、美澄が機械音痴でとても意思疎通できるとは思えなかったため、こちらが出向くという形にせざるを得なかった。機械音痴の女子高生なんて絶滅危惧種のようなものだし、敢えて機械に慣れさせようと思うほど、俺に根気はなかった。


 思わぬ客先常駐となったわけだが、家に女子高生を呼ぶよりかはマシだ。そういうわけで、美澄が帰宅する平日の夕方から夜にかけてお邪魔することになったのだが、幸い美澄の親と顔を合わせたことはない。多忙なのだろう。


「怪異を召喚するのも、ひとつの手ではあります。ただ毒を以て毒を制すということになるので、いたちごっこになりかねません。ちなみにこれは、志塚家に伝わる神の使いです。いわゆるオオカミですね。知名度も低いですし、もとから召喚することもありませんでしたが、人間に好意的という点で基にしやすいかと」


 オオカミとはいえ犬の仲間であれば、人間に親しいイメージを持てるかもしれない。しかし信仰の対象とするには、見た目にも役割にもこれといった特徴が無かった。


「ちなみに今は、どんな風に治めてるの?」

「神々を治めている鎮守神ちんじゅがみは、この辺りの産土神うぶすながみであり、私たちの氏神でもあります。裏の森はうちの私有地なのですが、その森を社としているんです」

「ウブスナガミって?」

「その土地で生まれた人間を守るとされる神です。たとえばこの地の出身者が別の土地に移動したとしても、その人は神の加護を受けます。私たちの氏神は名前をもたない神ですが、神威の非常に強い神です。その神のもとに、行き場を失くした神々を集めているんです」


 そういえば、屋敷の裏には立派な森があった。あそこに神が住んでいると言われたら、まあそんなこともあるだろうといったところだ。


「知名度は低いけど、強い神なんだ」

「森じたいが社であり神なんです。ですから、人々に認知はされていますよ。というか、畏れられてきました。名前をもたないのは、古くからこの地において絶対的な神だったからです。神と呼べば足りるから、名前をもたない」

「なるほど。でもあの森には、たくさんの神々がいるんでしょ? ごっちゃにならない?」

「たしかに多くの神々がいるわけですが、あの森に入った時点で個々の概念はなくなります。それに、鎮守神のもとで治められるのは一時的です。私たちの仕事は、神々がその名を失い、人間に完全に忘れ去られるまでの一時を、安らかに過ごしてもらうためにあります。治める、というと支配するように聞こえますが、実際は閉じ込める、あるいは囲うに近いです」


 例えが悪いかもしれないが、人間に必要とされなくなった、消えゆく神の墓場のようなものか。供養というより、お焚き上げに近い行為。尊厳を損なわずに還すから、危害を加えないでね、という気休めにも思える。


 力の弱まった神とはいえ、多くの神々を鎮めてきた鎮守神は、やはり強い神なのだろう。そんな神に並ぶハリボテの新しい神など、俺に考案できるのか?


「その神で不足なのは、許容量キャパシティの問題?」

「不足しているのは、どちらかというと私たちのほうでしょうか。鎮守神は森そのものですから、私たちが対象の神を鎮守神のもとに召喚する必要があります。ここで言う召喚は、移動させるというイメージです。近頃は、その召喚が間に合っていません。それと、あの鎮守神は囲うことに特化しているので、邪神では留めておくのが難しい場合もあります。その場合は邪神を抑制する手間が発生するので、これまで志塚家が担うことはほとんどありませんでした。ですが最近は、そうも言っていられない状況にあります」


 召喚が間に合わないから邪神が増える。邪神が増えたからそちらにも着手する。そして召喚が間に合わなくなるという悪循環。これではハリボテであったとしても、神の手を借りたくもなるか。


 それに、消えゆく一時に荒ぶったやつと過ごすのは、神であっても嫌だろう。仮に鎮守神がぎりぎり治められる程度だとしても、邪神は鎮めてから召喚したほうが良いのかもしれない。


「つまり理想としては、邪神でも鎮められる、動的な鎮守神ってことになるのかな。今さらだけど、既存の神じゃダメなの?」

「既存の神には、すでに役割がありますから。同じ名をもつ神でも、解釈の違いで別の神とみなされることはありますが、多数に受け入れられなければ贋作とみなされることもあります。モチーフにした場合も本家の印象が勝ってしまうようでは、かえって召喚が難しくなるかと」

「難儀だね。俺に頼むに至ったってことは、この前みたく創作物のキャラを引っ張るのもダメなんでしょ」

「生者を想起させるようなものは避けたいんです。著作権の問題もありますし」


 著作権を気にするのかよと突っ込みたくなるが、商用利用だと言われればそうかもしれない。


 やはり、新たな神を創造するほかないのか。犬にしか見えない神の使いを、邪神に勝てそうな強い神にグレードアップする。それだけのことなのに、具体的なアイデアはまるで浮かんでこない。そもそも俺は、こういうのに向いていないのだ。


 天井を見上げてしばらく考えたが、その時間すら無駄に思えた。向いていないのなら、向いている奴にやらせれば良い。


「適材適所だ。応援を呼ぶ」

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