第8話 適材適所

「お前はいつからヒモになったんだ?」

「あ?」

「冗談でーす。初めまして、石江いしえでーす。フリーのイラストレーターでーす」


 「はじめまして」と会釈する美澄と俺とを、石江がにやにやしながら見比べる。俺はその背中を、拳で思い切り殴った。しかし石江は職業に見合わず筋肉質で、不意打ちにもかかわらずびくともしない。おもしろくない。


「仕事だっつってんだろ。冗談も大概にしろよ」

「いーじゃん。単発の仕事で家に常駐なんて、お前もその気になってるんじゃないの? そういうのも、そろそろ悪くないだろ」

「やむを得なかったんだよ。お前……、それは言っていい冗談じゃねえぞ」


 本気でイラついているのが伝わったのか、石江は肩をすぼめる。小声のやり取りが聞こえていないのか、美澄はぽかんとしていた。


「失礼しました。で、どういう話だっけ?」


 美澄が一連の事情を石江に伝える。石江は神仏関連の予備知識が豊富なおかげか、すんなりと理解した様子だ。


「事実は小説より奇なり、か。了解了解。でもその前に、どうしてそれを瀬那に任せようと思ったわけ? だいたいそうするなら、神の設定は美澄ちゃんが用意しといたほうがよかったんじゃない?」

「私が考えようとすると、既存の神から離れられないんです。新しく考える余地がないというか、どうしても既存の神に寄ってしまって。自分で考えると余計に、召喚にも影響しそうですし。なので敢えて、この界隈に無関係な方にお願いしたほうが良いのかと。瀬那さんにお願いしたのは、美園……姉が見つけたサイトのデザインが、すごく恰好良かったからです。といってもありきたりな感じでもなくて、印象的でした。デザインまで一貫してとのことでしたし、担当者が一人というのも都合がよかったので、お願いしようと思いました」


 確かに俺は、サイトのデザインも単独で担っている。しかしあくまでも実用重視だし、ゼロから作っているわけでもない。見やすさやユーザビリティを最優先とした、ノウハウに基づくデザインを使い回しているようなものだ。つまり創造性を求められるデザインとは、毛色がまるで違う。


「ほうほう、そういうことね。でもこいつがやってるデザインって、法則に従ってできてるもんなんだよ。顧客に俺みたいな職種の人間とか、一種のオタクみたいな一般人が多いから、ぱっと見だと風変わりに見えるかもしれないけどね。そもそもこいつは、人物像からルックスを考える、みたいなことはやってきてない。だからキャラ設定みたいなのを、俺に任せようって話だろ?」

「そうだ。……石江は小説とかゲームのキャラ設定を基に、ルックスを決めるのが仕事なんだ。もとがオタクだからキャラ設定の知識も豊富だし、今の流行りも掴んでる。神のデザインだって、やったことあんだろ」

「それは神話のパロディだけどね。つっても、ああいうのはほとんど新規キャラか。ま、サブカル寄りになりすぎないよう頑張るよ」


 そんなこんなで石江も仲間入りし、神の創造が本格始動した。


***


「山犬信仰じたいは昔から各地にあったようですが、山犬……、ニホンオオカミ自体が、農民にとってありがたい存在だっただけとも言えます。この守り神も同様で、獣害や疫病を防いでくれるオオカミを祀ったものです。昔は森に人が出入りするのを防ぐ意味もあったようですが、ニホンオオカミが絶滅してからは顕現させていません」


 絶滅したニホンオオカミが出るとなれば、かえって人間が集まりかねないからだろう。ふと思い立ってニホンオオカミを検索してみるが、俺にはただの野犬にしか見えない。


「でも、実在するって思わせないといけないんでしょ? 昔はいたってレベルでもいいの?」

「あくまでも神仏ですから。これは例えですが、今でも皆さん、初詣に行かれますよね? それは神の存在をどこかで信じているということで、その程度でも召喚は可能なんです。ただその場合、姿かたちは抜きになっているので、少なからず知名度がないと難しいです。つまり召喚にとっては、知名度や共有されているイメージの具体性などのすべての要素が必要なのではなくて、総合して及第点であれば問題ないということになります」


 今回の場合、聞いたこともない神が唐突に登場するわけだから、無理に広めても信じる人は少ないだろうし、知名度で勝負するのは無理がありそうだ。したがって、ビジュアルの具体性を追求するのが無難といえる。


「オオカミってのも、実際どういう見た目かはあまり知られてないもんな。俺も知らんし」


 石江はそう言いつつも、さらさらと絵を描いていく。よく何も見ずに描けるものだと、俺は感心してしまう。石江の手元をぼんやりと見ながら、必要事項を再度確認する。


「結局このオオカミが、森の守り神ってことでいいんだっけ?」

「認識してもらうためには、もう少し逸話があるといいんですが」

「逸話ねえ。ところで、あの森には何があるの?」

「奥まったところに、小さな鳥居と祠があります。それと、これは志塚がここに居を構える前の話ですが、人身御供ひとみごくうが行われていた関係で、簡素な石碑も建てられています」

「ひとみごくう?」

「簡単に言えば生贄です。災害から集落を守るために、森に人身を捧げていたのでしょう」


 あの森に人が埋まっていると思うと背筋が冷えるが、今となっては墓場みたいなものだろう。生贄の話を蒸し返すには、少し年代が古すぎるか。


「アイヌの信仰とかぶるけど、やっぱり神の使いは白いと思うんだよなー」


 結局これといった案が浮かばないまま、石江の絵だけが完成した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る