第3話 入門

「召喚については、ほとんど想像通りだと思います。神々や英雄、魔物、死者などを呼び出すものです。そして召喚師は、召喚を行う人間。それくらいの認識で十分です」

「ふうん。それが、サイトの制作とどうつながるわけ?」

「順を追って説明すると、その答えは少し後になります。まず、降霊術はご存知ですか?」

「霊を呼び出すんでしょ?」


 考えてみると、召喚と降霊の違いがわからない。ちょっとしたニュアンスの差はあれど、やっていることは同じように思える。


「はい。ですが、私たちは召喚術と降霊術を明確に線引きしています。専門用語のようなものなので、一般的な定義とはちがうかもしれませんが。その線引きというのは、呼び出すものを具現化するか否かです」

「具現化ね。たしかに召喚のほうが、具現化させるイメージがあるような」

「そうです。召喚には、神霊の具現化が伴います。一方降霊では、一般的に霊媒、つまり生者の肉体に霊を降ろします。それと、降霊で呼び出せるのは亡霊ですね」


 つまり降霊術のほうは、亡霊に出来合いの肉体を貸すということか。言われてみれば、そういうイメージだった。


「召喚のほうが、上位互換なように思えるけど」

「そうとも限りません。召喚には具現化が必要と言いましたが、具現化に必要なものは人間の想像力です。それも、共通した概念やイメージがなければ具現化が成り立ちません。そして、イメージが共通していて明確であるほど、あるいは多くの人に認知されているほど、神霊は強力になります。反対に、そうでなければ召喚じたいが難しくなる。その点降霊では、亡霊とのつながりさえあれば事足ります」


 要するに、多くの人間がよく知っている神や人物であれば、より強い力をもって具現化できるというわけだ。ファンタジーにありがちな設定だが、理屈はわかる。


「召喚のほうが形而上に特化してる感じだね。じゃあまったくの想像でも、条件がそろえば召喚できるってこと?」

「そうなります。今回依頼した内容も、そういった意図があります。サイトを媒介にして、召喚できる新たな神を立てたいということです」

「そこでつながってくるわけね」


 よくできた設定だと感心してしまう。真面目そうな志塚が語ると真実めいて聞こえないでもないが、ここで疑いを捨てられるほど、俺は純朴ではない。


「大方わかったような気がするけど、まだ信じてあげられるほどではないかな。まあいずれにせよ、仕事は受けるつもりだよ。ところで、どうして俺に頼もうと思ったわけ? それも直接」

「他では話も聞いてもらえないかと。直接伺った理由は、メール上でのやり取りでは悪戯だと思われかねないからです。」

「それはそうだね」


 俺の商売は、けっこういい加減に成り立っている。そして、それを売りにしている。なんでも屋とまではいかないが、世間に文句を言われそうな案件でも受けることがあるし、おもしろそうなら利益度外視の仕事をすることもある。素人が好き勝手にコンテンツで儲けられる時代だからか、そういう案件のほうが結果的に利益が出ることも多いのだ。儲けようとしてやっている仕事ではないが、自分自身、今の在り方は正しいと思っている。ありきたりな真面目な仕事は、ありきたりな会社が受ければいいのだから。


 それらしいサイトの制作と、閲覧数を増やすための手心。これまでやってきた案件と大して変わらない、ありきたりで、特に意義のない案件だ。


「具体的な部分をすり合わせつつ見積り立てたら、制作の費用は一部先払いになるけど大丈夫? 管理の話は後でいいよね」

「そのあたりはお任せします。もし追加で費用が必要になれば、その都度支払うかたちでかまいません」

「費用面はそこまで気にしない、と」


 そうなると、こだわりようによっては収集がつかなくなる可能性もある。付き合いが長くなるほど顧客との関係性が面倒になるので、長期的案件になるのは避けたかった。受け持った長期的案件が全くないわけではないが、そうなる場合の顧客は選んでいる。直感的に、今回は対象外だ。


「都市伝説とか心霊とかって、今は下火だから難しいかもね。どのくらいの認知が必要なの?」

「多いほど良いですが、今回の場合はある地域……、学区単位でも、局地的に有名になれば問題ありません。サイトを用いた認知にどの程度の効果があるのか測りかねますが、例えば……、ある小学校で大半の生徒が知っている、という状況があれば十分かと。そこから波及するぶんも含めればの話ですが」

「小学校で大半が、ねえ」


 具体的な人数はわからないが、多くてもせいぜい千人くらいだろうか。親や兄弟などに波及すれば、単純に見積もっても三、四倍に増える。サイトのクオリティより、一定人数をサイトに誘導するまでの過程が重要そうだ。認知に具体性を与えるうえで、サイトが必要なのはわかるけれど。


「もしかして君の頼みって、サイト云々の前の壮大な法螺吹きから協力しろって話?」

「そうなります」


 志塚は悪びれた様子もなく頷き、俺は呆気にとられる。確かに客寄せ用のサイトには、「必ず話題になるサイト制作」とか書いてあったかもしれない。それにしても、なんだかちぐはぐした依頼に思える。


 まあ、おもしろそうだからいいか。

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