第2話 ショウカンシ
「ショウカンシって、何?」
「召喚師」という字面は頭に浮かんでいたが、念のため確認をとる。同音異義語に、もっと地に足のついた言葉があるのやもしれぬ。
「神霊を召喚するんです。あ、神や霊のほうの、神霊です」
心霊か神霊かは問題ではないのだが、どうやら「召喚師」で間違いないようだ。俺は頭を抱える。
「召喚してどうするの。戦うの?」
「そうではないですが、そう考えてもらってかまいません」
「はっきり言っていい?」
「どうぞ」
「それ、どう信じればいいわけ? 凡人の俺には、妄想だとしか思えないんだけど」
女子高生は顔色を変えず、そしてにこりともせず、機微の表出を瞬きで済ませた。
「そうでしょうね。想定内ですから、馬鹿にしてもらってもかまいません。ここからの説明が長いのですが」
「説明されても、信じられるようになるかなあ。まあさすがに、馬鹿にはしないけどさ。とりあえずコーヒー出すから、ちょっと待ってくれる?」
胡散臭いが、暇潰しにはなる。そしてあいにく、俺は暇だった。つまり俺はすでに、この女子高生を客とみなしていなかった。
「それとさ、別にかしこまらなくていいよ。俺もこんな感じだし。敬語使われるほど、立派な大人じゃないからね」
「はあ」
「ナニその返事」
人とこうして気安く話したのなんて、いつぶりだったか。人とまともに会話するのですら、数週間ぶりのはずだ。コーヒーメーカーの雑音で、そんなしんみりとした思案をごまかす。久しぶりの話し相手が女子高生とは、なんとも笑える。
「ところで名前は?」
「
転がっていたボールペンを手に取り、何かの封筒の裏でメモをとる。志塚美澄。
「きれいな名前だね。それに音だけなら、名字と名前を入れ換えてもいけそうだ。俺は
書いた名前を志塚に見せると、かすかに彼女の顔がほころんだ。
「ほんとですね」
「俺は
「作らないんですか?」
「要らないからね。そういう文化が嫌いだし。俺も二年くらい企業で働いてたんだけど、いろいろあってこうなった。その理由に、ビジネスマナーなどの煩雑な手続きに対する嫌気は欠かせない」
会社員をやっていた頃の自分は、我ながらかなり真面目な人間だったと思う。それがこうなるまでに大層な理由など必要なくて、水が流れるように、リンゴが落ちるように、抗わなければ行くべきところに終着したまでのことだ。いや、まだ道のりの途中かもしれない。
「フリーランスで生計を立てられるなら、立派じゃないんですか?」
「俺、この仕事で生計立ててないよ? これは本業だけど、生業ではない」
「それで一軒家に住んでるんですか? 借家じゃなさそうですけど」
「労働の対価だけが、金じゃないんだ」
稼業と呼ぶには心許ないものの、実家暮らしのフリーターと同じ程度の収入はある。現在のビジネスモデルが本格的に軌道に乗れば、稼業と呼べるくらいにはなるのだろうか。しかしいずれにせよ、この仕事を生業にしようという熱意がない。
働かずに漫然と生きる退屈さと、働いて対価を得る面倒臭さの間で揺れたまま、社会人なのかニートなのかよくわからない日々を送っている。
それでもコーヒーの香りを嗅ぐと、社会人でいられるような気分になれた。だからいちおう、コーヒーは仕事をする時にしか飲まないようにしている。気分だけが社会人だなんて、あまりにもイタすぎるからだ。
なんでもないマグカップにコーヒーを注ぎ、ふと見渡して気づいた。
「そういえば、コーヒーフレッシュとかシュガーとか、そういうの何もないや。牛乳と砂糖はあるけど」
「そのままで大丈夫です。ありがとうございます」
愛想はないが、礼儀正しい。「大人だねえ」と冷やかしてマグカップを渡し、自分のぶんのマグカップを手に持ったまま、仕事用の椅子に腰かける。いちおうメモでも取ってみるかと、タブレットを引っ張り出した。
「じゃあさっそく、その長い説明を聞かせてよ」
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