さわらぬ神が依るところ

水雲 悠

第1話 来訪者

「浮気したら絶対に許さないよ。それはもうめちゃくちゃに怒るんだから、覚悟してね。もしも私が怒らなかったら、その時は察してよね」


 彼女は息巻いてそう言った。恋人の浮気を許すか否かという不毛な議論を、テレビで観ていた時のことだ。


 浮気する前提みたいに言わないでくれよと、俺は苦笑する。


***


 耳慣れない電子音に肝を冷やし、ヘッドホンをはずした。なんてことはない、インターホンの呼び出し音だ。最近は通販も宅配ボックス頼りなうえに、来客などろくになかったものだから、すっかり忘れていた生活音のひとつだ。


 情けないことに、心臓がばくばくと鳴っていた。何の勧誘か押し売りかもわからないうえに、そもそも人と会うこと自体が億劫だったが、念のため受話器をとる。


 カメラがないタイプのインターホンなので、来訪者の人相はわからない。カメラ付きのものに交換しようかと、さっそく検討を始める。


「はい」

「突然申し訳ありません。お仕事を依頼したくて」


 女性の声だった。返答に迷い、首をひねる。


 めったに来ない仕事の依頼は、そのほとんどがサイト経由で舞い込む。めでたく契約を結んだ後も、ほとんどがメールでのやり取りだ。アポイントのない突然の来訪なんて、俺の中では常軌を逸している。


「仕事というのはどのような? まずはサイトから問い合わせていただけると助かるんですが」

「それが憚られるので、直接お話したいんです。お時間いただけませんか」


 これで宗教勧誘だったら嫌だなと思いつつ、その内容にはうっすら興味が湧いた。


「わかりました。少々お待ちください」


***


 その数十秒後、ドアを開けてぎょっとした。目の前に立っていたのは、明らかに女子高生だった。


「高校生?」

「? いけませんか」


 ゆるい内巻きの黒髪がおとなしそうな雰囲気を醸し出しているが、表情や口調は冷たく、とっつきにくさを感じさせた。いけないも何も、この状況を人に見られたらどう思われるのかという話だ。胡散臭さを緩和する目的で、サイトには住所を辛うじて載せていたものの、此処、つまりこの家は事務所などではなく、実のところ俺の家でしかない。


 女子高生と玄関先で立ち話する姿を見られるか、家に上げたという事実をつくるか。どちらがよりリスキーなのか判断できないまま、ただ人目だけが気になって、結果的に家に上げた。


「困るんだけど、いろいろ」

「いろいろとは?」

「さっきも言ったけど、依頼はサイト経由で受けてるんだよ。やり取りも基本メールかメッセージで済ませてる。この家、事務所ってわけでもないし」

「さっきも言いましたが、それはすみません」


 女子高生はこちらの厭味をさらりと流し、涼しい顔をしている。


「まあいいや。もう上げちゃったし、散らかってるけどどうぞ」

「お邪魔します」


 スリッパなんて気の利いたものはない。来客対応にはあるまじき不躾さで、ぺたぺたと仕事場兼居間へと向かった。それ以外の部屋には、いまだに段ボールが鎮座しているのだ。とってつけたような生活感を醸し出す、あくまでも自分用のソファーに女子高生を座らせる。


「で、仕事って?」

「そのことなんですが、長くなります」

「どっから話す気なの。まず簡潔に言ってくれる?」

「サイトを作ってほしいんです。都市伝説みたいな」

「なるほど。その説明じゃ足りないわけ? っていうかそれ、直接話さなきゃならないこと?」


 彼女がサイトの制作という、俺の仕事を理解してくれていることにほっとした。内容がパチモンだろうと、サイトを制作することに関しては御安いご用だ。


「はい。都市伝説みたいなものを、イチからつくりたいんです」

「そりゃあ壮大だね。でも依頼としては、サイトを作ることでしょ? 報酬さえ払っていただければ、内容にかかわらず作りますよ」


 報酬さえ、という部分が重要だった。金額はものによるし、工夫次第で格安にすることも可能だが、高校生に払えるかは疑わしい。


「もちろんです。相場はわかりませんが、百万円あれば足りますか?」


 百万円という金額を、女子高生がさらりと口にする時代が来たか。


「たぶんそんなには要らないと思うけど。まあ用意できるってことだよね。で、やっぱり長い説明を聞いたほうがいいのかな」

「そうですね。察していただくために単刀直入に言いますが、私は召喚師です」

「は?」


 中二病という大病の恐ろしさに、身の毛がよだった。

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