第16話 お節介
「美澄ちゃんとのデートはどうだった?」
石江が真面目くさって尋ねるので、俺は返答に窮した。文句を言うために電話をかけたというのに、その文句が引っ込んでしまった。
「そんなんじゃないって言ってるだろ。余計なことするな」
「良かれと思って」
本当に余計なお世話だったが、俺は石江のことを責められなかった。彼には旭のことを話していたし、冷やかしのつもりでないことは明白だった。
「俺には無理だよ」
「女子高生との恋愛が?」
「違うって。女子高生とかじゃなくて、恋愛事で一喜一憂することが無理なんだよ。そんなんで切り替えられるなら、とっくにやってる」
「ふうん。やったことはあるのか?」
思いがけない反撃に言葉が詰まる。しどろもどろになりながら、「望みが薄すぎてやってもいないんだよ」と言い訳した。石江は呆れた様子で、「あのなあ」と、電話越しに詰め寄る。
「俺だってどうすりゃいいのかわかんないけどさ、お前が後ろ向きすぎて残念なのはわかるんだよ。ずっとうじうじしていれば、お前は彼女に顔向けできるのか? そういう人じゃなかっただろ。悲しんでくれるのは嬉しいけど、さすがに切り替えろって思ってるよ」
彼女に会ったこともないくせに決めつけるなよと言いたかったが、あながち的外れだとも思えなかった。俺はすっかり口を噤み、唸ることしかできない。
彼女はどう思うだろう。さっさと立ち直れと言うのか、さっさと立ち直るなんて薄情だと言うのか、どちらもあり得そうで思い込むことすらできなかった。彼女の好みや価値観はひと通りわかった気でいたのに、ちっともわかっていなかったのだろうかと落ち込む。
「旭に会えるかもしれないって話をされたんだ。降霊か召喚かわからないけど、その手の方法で。でもそれで立ち直れるか、俺には確信がない。良かれと思ってやったことが、かえって裏目に出たらキツいだろ? だから、頼むこともできなかった」
石江は少し間を置いて、「お前やっぱ、美澄ちゃんのこと好きだろ」と、神妙な声音で言う。
「なんでそうなるんだよ」
「どうでもいい相手のことを、そんな風に考えねえよ」
「どうでもいいとは言わないけど、老婆心みたいなもんだよ。純粋な厚意を無下にしたくないというか」
石江は「ふうん」とつまらなさそうな声を出して、「俺は美澄ちゃんに頼んでみたほうが、絶対にいいと思うけどな」と、譲らない姿勢を示した。
「俺は繊細なんだよ」
「開き直ってんじゃねえよー。俺の厚意は無下にしやがって」
「お前のは見当違いなんだよ」
本当にお節介なやつだと思ったが、むやみに気を遣わないでいてくれることがありがたかった。心の中で感謝しつつ、口には出さないでおく。
***
「両親も賛成してくれました。どうなるかわからないけれど、もしかすると心強い戦力になるかも、と」
もしかしないとそうならないのかと突っ込みたかったが、少々無謀なのは否定できない。理解したうえで前向きに捉えているのだから、やはり懐の深い両親だと思った。
「祠は来週までに用意できます。その間に、痕跡をつくっておくべきでしょうか」
「そうだな。地域情報サイトの閲覧が安定してきたから、祠ができてしばらくすれば記事を掲載できる。出しても問題なさそうな写真があれば、現実味も増すだろうし」
「そうなればいよいよだね。そこからはどうするの?」
俺は別のサイトを表示し、ふたりに見せる。
「これはインテリぶったオタクが
「インテリぶったオタクが、蘊蓄をひけらかすサイトね」
「ここで、地域情報サイトの記事を引用する。こっちの記事の内容としては、山犬信仰についての解説、ですかね。ここで石江のイラストを使って、ビジュアルを固めさせる」
俺はこれまで制作したサイトの管理者の一部と、特殊な契約を結んでいる。端的に言うと、その契約を結んだサイトどうしで互いのサイトを宣伝し合うものだ。要するに、お互いをサクラサイトとして利用している。契約を結んだ管理者たちはコミュニティのようになっていて、サクラを必要とする管理者がほかの管理者に依頼することもあれば、依頼を受けた俺がそれに適した場を借りて、自ら記事を作成することもある。そうするうえで、俺も管理者に含まれているサイトがいくつかあった。当然ながら、サイトの管理者には同意を得ている。
「でも、そこに誘導しなきゃいけないんでしょ?」
「紹介されたということで、リンクを貼っておけばいいかと。それに、こっちの記事の閲覧がそれなりにあれば、イラストが画像検索で出るようになるはすです。コアなファンは石江のイラストだと気づくだろうし、画像だけでも広まれば有利なので」
「想像以上に周到ね。でも地域情報サイトの閲覧数って、他とは毛色の違うひとつの記事を話題にできるほどあるの?」
「今はそれなりとしか。もし足りなければ、別で手を打てばいいですし」
閲覧を増やすことに関しては、俺にも少なからず自信があった。問題は記事の内容を信じてもらえるか、もしくはうっすらとでも印象付けられるかであって、そのあたりは地元民の信心深さに期待するほかなかった。
「では、一度私たちだけで召喚を試してみましょう。一瞬でも具現化できれば、オオカミの足跡をつけることができますし」
「それは石江がいる時にしてやろう。あいつ、そういうの大好きだから」
志塚家に石江を呼ぶのは気が引けたが、後になってどやされるのはもっと嫌だ。何より、神だの召喚だのといった突拍子のない話をすんなり受け入れた石江を、どうにか驚かせてやりたかった。
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