第17話 対牛弾琴
「今回はほとんど完全なオリジナルですから、私たちが明確なイメージを共有していなければ具現化できません。大きさや現れる場所も統一します」
石江のイラストを目に焼き付け、大きさの認識を共有する。オオカミの大きさなんて考えたこともなかったが、調べてみると想像よりも大きかった。神の使いということで多少誇張することにした結果、俺の腰あたりを頭として、立ち上がった状態の白いオオカミをイメージした。
「では始めます」
美澄が小声で何かを唱える。一同が輪になってオオカミの頭の位置を凝視し、白い頭が現れるのをひたすらに待った。
「あ」
誰ともなく声を漏らし、目を見開く。ほんの一瞬だったが、白い身体が視界を遮ったのだ。その刹那的な興奮が後を引いて、瞬きを忘れる。
「今、見えたよね?」
「あ、かすかに足跡が残ってます」
美澄が指した場所に、うっすらと足跡が残っていた。手のひら大で、犬にしては大きすぎる足跡だ。
これは石江も驚いただろうと、俺はしたり顔で石江を見る。しかし石江は、何か考え込むような顔をしていた。
「石江、見えなかったのか?」
「いや、見えたんだけどさ。もっと足が太くないとバランスが悪い気がする。実際見てみないと気付かないもんだな」
そんなことを言いながら、タブレットを抱えてイラストを見直している。俺は唖然とした。
「何か問題が?」
「いや、石江先生はストイックなんだ」
「あはは。そういうの好きだよ、あたし」
俺は気を取り直して足跡の写真を撮り、これでは証拠として弱いかなと首をひねる。しかし、明らかにオオカミだとわかっても困る。
「これでオオカミの仕業だと考えるのは、さすがに突飛かな。野犬だと思われても面倒だし、下手に写真を載せないほうがいいかもしれない」
「野犬が絶対にいないとは言い切れませんが、比較的管理の行き届いている森ですし、変に疑われることはないと思います。お犬様というご眷属の存在が、捕食とは別の方法で森を守っているということにしておきましょう。先祖による加護と似たようなものだと思ってもらえれば、近隣の方にも受け入れてもらえるはずです」
「なるほど。記事も少し修正しておこうか」
森に守り神がいると聞いても、日本人ならさほど抵抗なく受け入れられるはずだ。パワースポットなるものがありがたがられるくらいだから、変にシカが寄らない森があったところで不思議ではない。
「いよいよお披露目ですね」
「そうだね。長かったような、短かったような」
案件自体が終われば、俺が志塚家と関わることはおそらくない。わざわざ復活させた地域情報サイトの管理も、サイトで募った地元の人間に任せることになっていた。無論、管理者権限を保持したままで。
「俺はどこまで見届ければいい?」
案件の成功は、美澄たちが「お犬様」を運用できてはじめて証明される。俺の仕事はサイトの制作だからと言って、今は成功し得る程度に手を貸した状態にすぎなかった。
「一段落ついたら、料金をお支払いします。その後も召喚できないようであれば、別途お願いするかたちでどうでしょう。それまでに、私もスマホを使いこなしておきます」
美澄は照れ笑いし、頭を下げる。
「無茶な依頼にもかかわらず、お付き合いいただきありがとうございました。少し早いですが」
「いや、こちらこそ」
そろそろ答えを出さなければならない。その焦りだけが、頭にある。
***
「石江君は彼女いるの? 瀬那君がいないのは知ってるけど」
駅まで俺たちを送る道中、美園が唐突に尋ねた。またこれかと、俺は呆れる。
「俺もいないんですよねー。仕事柄、引きこもってるおかげで出会いもなく」
「前は会社員だったんでしょ? その時はいなかったの?」
「いたり、いなかったり。でも考えてみてくださいよ。仕事以外は絵ばっか描いてる男、彼氏としてどうかと思いません? ましてや今なんて、どこまでが仕事かもわからないから、一日中絵ばっか描いてるんですよ」
「えー。四六時中デートのことばっか考えてる男よりは、よっぽどいいと思うけど」
美園は信号待ちで振り返り、後部座席の俺たちを見比べてにやにやする。
「どうせふたりとも、彼女ができれば一途なタイプでしょ? 君たちって、似た者どうしだよねー」
石江は俺を一瞥し、「こいつほどじゃないっすよ」と突き放す。俺は何とも思わなかったが、「そうじゃねえだろ」と、思わずつぶやいていた。俺は外を眺めて、興味なさそうな態度を装いながら尋ねる。
「美園さん、めちゃくちゃ気軽にそういう話しますけど、自分はどうなんですか?」
「あたしもお年寄りとしか出会いがないから、彼氏いないんだよねー」
そんな気がしていたから、「へえ」としか言わなかったし、思わなかった。
「えー、意外っすね」
「そう? でもそう考えると、今回は近年稀にみる同年代との出会いだよね」
石江が「へえ?」と俺を見たが、俺は手で払うようにして遠慮の意を示す。女子高生を家に上げるような認識の甘い男は、彼女がいなくて然るべきなのだから。
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