第15話 気休め

 身内ではない女子高生との食事は、何かの法に抵触するのではないかと検索してみる。「真摯な交際」とは何なのだろうかと、さらに検索する。


「調べものですか?」


 俺の気も知らず、美澄はあっけらかんとして尋ねた。俺はそれとなくスマホを隠し、「つい手癖で」と、わけのわからないごまかし方をする。


 平日の夕方だからか、行列のできる人気店のはずが空いていた。無論、記事を書くための取材みたいなものだ。本当は石江を召喚するはずだったのだが、なぜかこうなって美澄とふたりで来ていた。美澄が制服姿なのが、俺の罪悪感を三倍増しにしている。


「石江がここに来るように頼んだんだよね?」

「そうですけど、私も折り入ってお話ししたいことがあったので」

「話?」


 美澄は周りを窺ってから、小声で話す。


「先日、美園から聞いたんです。瀬那さんの……、いえ、旭さんのことを」


 俺は一瞬硬直したが、「ああ、その話ね」と平静を装う。


「俺もこの前、美園さんから聞いたよ。驚いたけど、まあ、そういうことだったのかなって。あ、旭のほうの話ね」

「驚かなかったんですか? あるいは、恨んだりとか」

「驚かなかったわけでもないけど、それくらい突拍子のない話でもあり得るというか。ひどい話だとは思っても、恨みはしないかな。事故と似たようなものだし」


 美澄が暗い顔で視線を落とす。もっと取り繕うべきかと焦ったが、気の利いた言葉が浮かばなかった。


「ごめんなさい。巻き込んでしまって」


 それが旭のことに対してなのか、俺に仕事を任せたことに対してなのか、俺にはわかりかねた。


「君が謝ることでもないから」


 冷たくならぬよう、できるだけ軽々しく言ったつもりだった。それでも空気の重さは変わらず、前菜を運んできた店員に戸惑った顔をされてしまった。あらぬ誤解をされているような気がして、俺は怯える。


「とりあえず食べない?」


 手をつける前に、写真に収めなければならなかった。らしくもなくスマホを構え、料理の写真を撮る。そんな慣れていないことをしたおかげで、周囲の視線がますます気になり始めた。ひとまずフォークを構え、美澄の顔色を窺う。


「本当に、君が気にすることじゃないんだ。俺にとって、旭のことは済んだ話だからさ。引きずってはいるけど」


 美澄もそろそろとフォークを取り、口を結んだままこくりと頷く。


「私が気負うのも、おこがましいことだとはわかっているんですけど。何かできたんじゃないかって、どうしても考えてしまって」

「それは、俺もそうかな」


 あんなことが起こると知らなかったとはいえ、あの時一緒に帰っていればという後悔は、いつまで経っても消えなかった。取り繕うつもりで口に入れた前菜が、思いのほか美味くて面食らう。


「美園さんは、俺たちが吹っ切れるように取り計らってくれたんだと思うんだ。どうしたって忘れられるわけじゃないけど、やっぱり何かしたほうがましだから。だから仕事のほうは、巻き込んでもらえてよかったと思ってる」


 美澄はちらりとこちらを見て、「それならいいんですけど」と小さな声で言った。そして、「おいしいですね」とつぶやいた。


「瀬那さんは、吹っ切れそうですか?」

「どうだろうね」


 嘘はつけなかった。もしもすべてがうまくいって、旭のような犠牲者が今後生じなくなったところで、旭に対する後ろめたさや後悔が、俺の中から消えるとは思えなかった。俺はいつまで経っても彼女のことが忘れられず、どうしようもない罪悪感に一生取りつかれたまま、別の人を好きになることもないんだろうなと、ぼんやり思っていたところだ。


「旭さんは、どんな人でしたか」

「そうだなあ。何かとしっかりしてて仕事もできたし、ひとりで生きていけるんだろうなって感じの人」

「瀬那さんが仕事を辞めたのも、旭さんがいなくなったからですか」

「結局はそうだと思う。あれから少しして、どうにも職場に行けなくなった」


 宝くじの当選がなくても、俺は仕事を辞めていただろう。しかしやはり、金銭的な余裕があったからこそ、今もどうにかまともに生きていられるのだと思う。無職であることはさておき。


「もう一度、会いたいと思いますか?」

「それはもう、一度と言わず」


 彼女に会えるのなら、今すぐ死んだっていいくらいだ。そうではないからそうしないだけで、前を向いているから今も生きているわけではない。もしかすると俺は、彼女が生きている可能性がかすかにでもあったから、これまで生きてこられたのかもしれない。その淡い期待すら失われた今、生きている意味は特にない。かといって、死ぬ意味もない。


「私は召喚が専門ですが」


 美澄はそこで言葉を切り、パンを運んできた店員が去るのを待つ。


「降霊に似たようなこともできるんです。でもそれは降霊ではなくて、人の記憶の中にある人物を召喚しているだけかもしれません。もしそれでもよければ、いつでも仰ってください。私にできることがあれば、おこがましくてもやりたいんです」


 俺はパンを咥えたまま、しばらく考えた。美園はおそらく、俺よりも美澄が救われることを願っているはずだ。ならば俺は、気休めであっても言葉に甘えておくべきではないか。そう納得しかけたところで、ふと不安になる。


「ありがとう。でも少し考えさせてほしい。いや、その提案は願ってもないことなんだけど、旭に会っても吹っ切れるか自信がないんだ。もしかすると、かえって病むかもしれないから」

「わかりました。必要であればでかまいません」


 美澄は少し笑い、千切ったパンを口に入れた。その表情が少し残念そうで、俺は少し後悔しかける。それでも、即答しなかったのは正しいことだと信じていた。だからこそ、自分の弱さがもどかしかった。

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