第14話 遂行

 住宅地に隣接する森に、見慣れない新しい祠が建てられている。調べてみるとその森は私有地とのことで、その所有者である志塚氏に話を聞いた。


 その祠は、森を守るお犬様、つまりニホンオオカミのために建てられたものだという。なぜ今、絶滅したニホンオオカミを祀る祠を建てたのか。


「お犬様が棲んでおられたという話は聞いていましたが、私たちも見たことがないわけですし、家に伝わる昔話だとしか思っていませんでした。人が出入りしなくなって、お犬様が戻ってきたのかもしれません」


 数年前から、裏の森を荒らすシカをまったく見かけなくなった。不思議に思って調べてみると、オオカミのものらしき足跡が残っていたのだという。


 志塚家には、屋敷の裏にある森を守るという役目がある。裏の森は、神無月に出雲へ出向く神々が一時的に立ち寄る場所だとされているからだ。そういった特殊な背景のために社は建てられておらず、今となっては近隣住民にも知られていないが、志塚家は代々、眷属であるお犬様とともに、裏の森を守ってきた。


 しかしニホンオオカミが絶滅に瀕し始めたころ、裏の森に侵入し、オオカミを探す不届き者が増えた。そこでオオカミを捕獲したという記録はないが、結果的にお犬様は姿を消した。


「私たちも姿を見たわけではありません。おそらくお犬様は、森を荒らす獣が立ち入らぬよう、一時的に姿を現しているのではないでしょうか」


 お犬様が戻ってきたことで、森はより健全に保たれるようになった。その感謝を示すために、お犬様を祀る祠を建てた。そういうわけで、真新しい祠が森の縁に現れたのだそうだ。


「こんなので効果があるのか?」


 石江が怪訝そうな顔で覗き込む。俺が書いていたのは、地元の情報をひたすらに垂れ流し続ける類いの、個人が運営する非公式サイトの記事だ。


 なぜそんなものを俺が持っているのかというと、数年前から更新が止まっていたサイトを譲り受けたからだ。そしてサイト移行を装うかたちで、前歴のある新しいサイトを作った。敢えて新しいサイトを作った理由は、単純に管理がしやすいのと、最近増えているオーソドックスなテンプレートを使うことによって、怪しさが薄まるからだ。


「地元愛の強い一般人の独自取材という体で、山犬の話を載せる。その前後にこの地域の店やイベントの情報を載せた記事を置いておけば、何かで検索したときにこのサイトがひっかかる。そこから、独自取材の話に誘導する」

「直接的に紹介するサイトを作るんじゃなかったのか?」

「まずはこれくらいで誘導を始めたほうが、リアリティがあっていいだろ。お前の絵はもう少し後で使う。いずれにしろ、いつもと同じやり方だ。複数のサイトやブログで記事を引用し、閲覧数を増やす。そこまで必要かは、まだわからないけどな」


 すでに地元情報サイトの更新にはとりかかっていた。更新といっても、開閉店情報や話題の飲食店の口コミのような、地元民が喜びそうなネタを中心として、店や地元民のブログを紹介したり、SNSを引用したりといった、大学生のレポートみたいなことをやるだけだ。それだけでも十分に閲覧数を稼ぐことができたが、すべて薄い内容では他の記事に誘導できない。そのため、一部は足を運んで記事を書く必要があった。


「でもこの内容だと、森に入るような人が現れませんか?」

「その可能性は低いと思う。調べてみた感じ、幽霊や妖怪みたいなオカルト的な話題は、最近あまりウケないらしい。その一方で、神社の御利益なんかを気にする人間は多い。そういう神聖な場で罰当たりなことをするやつもいるだろうけど、そう多くはないと思う。オオカミがいたのは昔の話で、今は絶滅してるから神の類いなんだと印象付ければ、神社なんかによくある伝説の延長だとしか思われない」


 美澄はしばらく虚空を見上げて、「たしかにそうかもしれません」と納得した。


「まあ、このあたりは瀬那の十八番おはこだしな。祠はどうするんだ?」

「山犬の話は本当のことですし、私から両親に提案すれば難しいことではありません。反対されることもないと思います」

「へえ。ご両親は、サイトの話を知ってるんだっけ?」

「今は知らせていませんが、これを機に伝えておこうかと思います」

「事後報告で怒られない?」


 俺たちの懸念が理解できていないのか、美澄が首をかしげる。


「両親は基本、私たちのやることに反対はしません。功も罪も、いずれは私たちが被ることですから、この手のことはほとんど一任されています」

「信頼されてるんだねえ」


 美澄の両親の寛大さに恐れを抱く。そういう方針だからこそ、美園や美澄のような娘が育つのだろうけれど。


「志塚家の実態が若干間違って流布することになるけど、そっちもいいの?」


 記事の内容は、石江の雑多な知識から使えそうなものを採用し、美澄や美園と相談して決めたことだった。だからふたりの了承は得られているのだが、ふたりの両親には話を通していない。しかし家の話となると、さすがに両親も黙ってはいないだろう。


「それで障りが生じるとは思えませんし、私有地の森を守る口上として、その手の話はよくありますから、確認はしますが大丈夫だと思います。それに、そろそろ近隣の方に向けた説明が必要だと感じていたところです。程よく現実的で、とても良い設定だと思いますよ」


 石江が満更でもなさそうな顔をする。俺はそれを横目に、美園の話を思い出していた。


 一人救えなかったという責任すら、美澄はすっかり背負ってしまっている。この計画が成功したとして、美澄にとってどの程度の救いになるのか。かえって余計な責任を背負わせるだけではないのか。そんな迷いが、今さらながら湧き始めていた。


 そうは言っても、これは契約であり仕事だ。個人的な感情で、それもお節介な心配で、俺が口出しするわけにもいかなかった。雑念を振り払い、キーボードを叩く。


「偉いねえ」


 ため息とともに、こぼれるように口に出していた。

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