第13話 中途半端
彼女が行方不明になった日は、ちょうど俺が残業で、彼女が一足先に退勤した日だった。最近は残業規制が厳しいために待たせることも難しく、先に帰らせたのだ。
それはよくあることだった。逆のことだってあった。しかしその晩、彼女は家に帰っていなかった。そして今も、彼女は行方不明のままだ。さすがに、いつか戻ってくるとは思えない。
あの時、一緒に帰っていれば。
彼女が失踪してからも、仕事はしばらく続けた。しばらく続けて、突然会社に行けなくなった。繁忙期を過ぎて、残業がほとんど無くなったタイミングだ。
俺はきっと、残業を言い訳にしていたのだ。あの時彼女を先に帰らせた理由を、彼女がいなくなってからも仕事を続ける理由を、すべて残業のせいにした。残業を失って、仕事を続ける言い訳も失った。いつかまた残業が生じるとしても、仕事を続ける言い訳になるはずがないのだと、気づいてしまった。
「旦那が無職なんて絶対嫌だから、仕事は辞めないでよ?」
もう結婚できないんだから、辞めたっていいだろ。
有休を消化する形で、そのまま会社を辞めた。周りが事情を知っていたから、特にトラブルもなく、下手に労われることもなく辞めた。ついでに、近場の程よい田舎にある中古物件を購入して、断捨離がてら引っ越しをした。
サイト制作の仕事を始めたきっかけは、ネットで知り合った知人に頼まれたからだ。それが、石江だったりする。
「八万人のごく一部でしかないけど、毎年一定数あることなの。邪神や悪霊が原因の行方不明者、いわゆる神隠しね。君の彼女さん……、
美園が取り出した身分証は、他ならぬ彼女のものだった。会社から支給された、特に飾り気のないホルダーの中に、彼女の顔写真が見える。
「間に合わなかったでは、済まされないけれど」
美園の声が震えた。彼女の声はいつにも増して低く、怒っているようだった。なんとも珍しいことだ。
「美澄にとって、初めての経験だったの。召喚が間に合わなかった末に、災いが起きた経験。戒めにするからって、あたしや両親の反対を押し切ってひとりで現場に行って、ぼろぼろ泣きながら帰ってきた。あの時から、美澄は変わった。間違いなく成長した。その結果、あの子にとっての二度目はまだ起こってない。あたしたちの管轄では、だけど」
美澄にとって旭は、たった一人の犠牲者なのか。美澄の思いつめたような、まっすぐな瞳が目に浮かぶ。
「俺に仕事を頼んだのも、そういう関係ですか」
「あたしが調べたの。でも、美澄はそのことを知らない。あたしが唆して、依頼するように仕向けたわけ。あ、デザインが恰好良いって言ってた話は本当だよ? あの子、ネットはごちゃごちゃしてるから嫌いって言ってるんだけど、あのサイトはすごく気に入ったみたい。ネットのことなんか全然知らないのに、あたしの雑な計画にも、絶対に成功する、やってみたいって言ってね。目を輝かせて」
「後半は惚気じゃないですか」
「美澄はね、素直で可愛いの」
美園が涙ぐんでいることに気づいて、なぜだか罪悪感を感じる。美澄と美園のことを、はじめは中二病を拗らせたやばい人だと疑った自分に、どうしようもなく嫌悪感を抱いた。こんなに一途に、使命を果たそうとする彼女たちが眩しい。
「この話を君がどう感じるのかはわからないけど、美澄を恨むことだけはやめて。迷惑だと思うなら、あたしに怒って。だけど……、すごく勝手なのはわかってるんだけど、最後まで手を引かないでほしい。どうか、お願いします」
美園が頭を下げるので、俺は慌てた。
「やめてくださいよ。迷惑だなんて、これっぽっちも思ってないです。むしろ、感謝してるんです。旭のことは、……まだ整理つかないですけど、原因がわかってよかったというか、やっと区切りがつけられそうだというか。そもそも二人が責任感じることじゃないですし、俺は自分ができることで、その根本に関われるわけだし。だから、最後までやります」
美園の粋な計らいを、無下にできるはずもなかった。
「それに、和泉は働かない罪悪感に潰されるタイプでしょ?」
本当にその通りだ。諦めるのですら、中途半端になっているんだ。
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