第11話 意義

 高さとネオンだけは立派な、安っぽい建物が並んでいる。それらをぼんやりと見送りながら、ここで停まったらどうしようかと心配する。


「前にさ、あたしは召喚をあんまりやらないって話、したよね?」

「ああ、はい」

「あれ、ちょっと意味合いが違うんだよね。正しく言うと、あたしは召喚を見限ったんだ」

「見限った?」

「そ。偉そうだけど、そんな感じ」


 ちらりと美園の顔を見る。美園はまっすぐ前を見つめたまま、口だけを動かしている。


「君もいろいろわかってきた頃だと思うけど、志塚家の家業って落ち目なのよね。厳密には召喚術が、かな。本来は強い神なんかを呼び出すもので、それなりに強い神がたくさんいたころは万能に近かったんだけど、今ではそれほどでしょ。なおかつ今後は祓うべき邪神や悪霊が増えるだろうって状況を考えると、召喚術はナンセンスなわけ。だからあたしは、敢えて召喚術を究めなかった」


 強い神が減って、召喚術の使い様も変わったのだろう。しかし、弱くなった神のほうを召喚し、鎮守神のもとに送っている志塚家の方法なら、今でもある程度通用するように思える。美園はその確立された方法を以てしても、ナンセンスだと考えているのだろうか。


「じゃあ、別のやり方を?」

「うん。担い手がいなくなった術なんかを中心に、いろんな人のもとで、いろんな方法を勉強した。この界隈も少子高齢化だから、そういうのは簡単なのよ。でもそういう場合、たいていド田舎なのよね。いろんなド田舎に行ってみた結果、まだ神を信じてる人も少なくないんだなって気づいた。地域色が強いと召喚できる範囲も狭いけど、召喚術もまだまだ使えるんだって。でも、そういう地域を巡って仕事をしたいわけでもないんだよね」

「ド田舎だから?」

「それもある。でもそれより、特に縁もない地域で、赤の他人のために仕事したくないんだよね。あたしはそういう正義感がないというか、ご立派な大義に否定的なの。わかる?」


 わかるような気はするけれど、そもそも俺は、ろくに仕事をしていない分際だからな。


「俺も……、誰かのためって感じの曖昧な理由より、金のためってほうが信じられますけど。そもそもそんな、立派な仕事をしたことがないので」

「似たようなものよ。今はメインにしてないけどさ、あたしらは邪神や悪霊を祓えるわけ。要するに、人を救うこともできる。それって立派で凄いことに思えるけど、虚しいことでもあると思うの。それを仕事にするってことは、分け隔てなく人を救うのが義務になるんだからね」

「虚しいんですか?」


 依然、素晴らしいことに思える。やりがいがある、とでも言うのだろうか。もし俺にそんな力があったら、こんなのらりくらりとした人生を送っていないだろうに。


 信号待ちの静寂も相まって、空気が淀み、重くなる。


「人間ってさ、善人と言えなくもないのが大半でしょ。状況で善人にも悪人にもなれるような、どっちつかずな人々。あたしも同じだからそれが悪いとは言わないけど、そういう人たちを喜んで救えるほど、あたしは無邪気じゃない。人間の暗部を見ると、急に馬鹿馬鹿しくなることもある。実は危険で大変な仕事だったりもするから、フラストレーションが溜まるんだよ。だからあたしは、仕事を選ぶ。でも美澄は、それができないんだよね」

「無邪気だから?」

「まあそうね」


 美園は笑ったが、どことなく苦々しげだった。


「あの子は今、できるなら誰彼かまわず助けたいって思ってるんだろうけど、それは絶対に苦しい。許容量キャパ的に無理だし、できたとしてもいつか潰れる。顔の見えない人間を救い続けても、仕事柄、あたしたちが得るものは特にないから。それに誰かを救える力をもつってことは、そうでなければ可哀そうな被害者で済んだところが、救えなかった誰かになるってことでしょ。いつか気づくかもしれないけど、そうなる前に、美澄を潰したくないんだよね」


「でも、選ぶことだって苦しいんじゃないですか? 救う誰かを選ぶことだって、救えなかった誰かを選ぶことと大差ない気がしますけど」

「今の美澄にはそうかもね。あたしはそこまで気負ってないけど、救う人間を選ぶことが正しいのかなんてわからない。だから、あの子にもいろいろやらせてあげたいのよね。できることを知って、できないことに気付いてほしい。その一環として、君に仕事を頼ませようと思ったわけ。まあ単純に、召喚の可能性を模索する意味もあったけど」


 ようやくもとの話題に戻ってきてほっとする。やはり俺に仕事を依頼したのは、美園の差し金によるものだったのか。そしてふと不安になる。


「まさか、できないことの例としてじゃないですよね?」

「まっさかー。できることのほうだと思ってるよ」


 それを聞いて再び安心する。具体案を聞こうとしたところで、美園が遮った。


「それと美澄には、一度でもいいから顔の見える相手を救わせたほうがいいのかなって思ってるんだよね。そういう経験って案外、よすがになるものだから」

「どういうことですか?」


 ふと前を見ると、見覚えのある通りに来ていた。

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