第10話 寄り道
俺は今日も、志塚家で作業をしていた。ちなみに、石江は別件で来ていない。売れっ子は忙しいのだ。
妙案は依然浮かばぬまま、先にサイトの制作に手をつけることにした。これは本業だから、特に手こずる部分もない。強いて言えば、この手の知識に滅法弱い美澄に、女子高生にもわかる例えを探りながら説明することが難しい。
「今現在有名でもないのに、こういった内容のサイトがあるのは不自然でしょうか」
今さらだなあと思いつつ、ブラウザを開いて検索する。
「ローカルな神社や寺でも、地元民しか知らなさそうな逸話を事細かに説明してるサイトはある。ある程度誘導すれば、こういうサイトよりも断然、閲覧は増えるはず」
「誘導って、どうするんですか?」
「それは俺の専売特許だから」
なんだか腑に落ちないなと、思わず首をひねる。美澄が疎いからといって、依頼する前に俺の仕事の評判くらいは目にしていてもおかしくない。というか、依頼受付用のサイトで全面的にアピールしているのだから、知らないほうがおかしいのだ。美園が見つけてきたにしても、そういったサイト上の文言を見てちょうど良いと思ったから、美澄に勧めたのだと思っていた。
サイトを作ろうというのも全面的に美園の案なのだろうが、俺から見てもまどろっこしいやり方だと思う。人並みにネットに触れている人なら、SNSを使おうと考えるのが無難かつ妥当なのだ。もちろんコツは必要だが、基本的に金がかからないし、かかったところでサイトを委託して制作するよりかは安いだろう。
「俺が小学校とかそれより前の時代は、都市伝説みたいなサイトとか、それに関する掲示板とか、けっこう流行ってたんだよね。テレビとかでもやってたし、その手の本もたくさんあったから、怪談話が子どもの間で流行ってた。今の子どもの趣味は大人のそれと大差ないらしいから、どうだか知らないけど」
「そうなんですね。私もあまり馴染みがないです」
美澄は何の感慨もなさそうに言う。俺は予想していた通りだったにもかかわらず、突きつけられたジェネレーションギャップに傷ついた。
「美園さんからは、そういう話聞いたことない?」
「ないですね。昔は美園とあまり話さなかったですし、今でもそういう、私が知らない話題について話すことがなくて」
「ふうん。まあ確かに、若者と話題が合わなかったらショックだもんな」
キーボードを叩きながら、美園のことを考える。そういえばあの人は、はじめから意味深なことを言っていたような。
悶々とし始めたところに、ぎょっとする勢いで戸が開く。奇しくも美園だった。
「こんばんはー。進んでる?」
「額縁はまあまあです」
「ふうん」
美園は美澄の横に座り、頬杖をついて俺の作業を眺めている。画面はまるで見えないだろうに。
「瀬那君、明日予定ある?」
「え、いや、特には」
明日は土曜日だ。どうせ家に引きこもっている。
「そっか。そろそろ時間よね? あたし送るよ」
「帰ったばっかりなのにいいんですか?
「んー。別に大した距離じゃないし」
まあまあな距離だとは思うが、この時間帯に車で往復しても、信号の少ない田舎道では大して時間がかからない。金曜の夜は電車に乗る人々が荒れがちなうえに、引きこもりの無職にはそもそも行き来がだるいので、美園の提案に甘えることとする。
「ありがたいです」
「おっけー。ちゃっちゃと片付けちゃって」
美園は車のキーを振り回し、先に玄関へと向かう。俺は急いでパソコンを片付け、美澄に挨拶してから追いかけた。
***
美園は運転が上手い。俺は紙よりも薄いもので表現したくなるほどのペーパードライバーだが、この運転は上手いとわかるほどだった。どこかのお年寄りがぬっと現れそうな暗い夜道も、車のライトだけを頼りにすいすいと進んでいく。
暗いせいか、俺は少しうとうとしていた。ラジオも音楽も流れていない静かな空間で、さらに美園が話しかけてこなかったから、眠くなるのも無理はなかった。
ふと目を開けると、明るい大通りに出ていた。郊外型のチェーン店がずらりと並ぶ、馴染みのある道だ。寝ていたのはほんの数分だったようで、少しだけほっとする。
「ちょっと寄り道していい?」
「あ、はい」
反射的に答えたが、まあコンビニかガソリンスタンドくらいだろうかと、気に留めもしなかった。しかしコンビニもガソリンスタンドも、必要以上に並んで在るのに通りすぎていく。右折すべき道はとっくに過ぎて、声をかけられないままぼうっとしていたら、JRで一駅ぶんくらいは軽く離れたところに来ていた。
さすがにこれは、寄り道のレベルではない。とうとう不安になってきて、ちらちらと美園の顔を見る。
「うん、寄り道にしてはちょっと遠いかも」
「あ、ですよね」
「いずれは戻るから大丈夫」
いずれって、どういうことだ?
浮気したら、絶対に許さないよ。あの言葉が蘇る。
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