第21話 霊験あらたか

 美澄は、近くにある小さな公園のブランコに腰かけていた。公園の照明は明るいものの、道とのコントラストがかえって物騒だった。


「ごめん。相当待たせたよね」

「いいんです。あの、どうでした?」


 俺もブランコに腰かけ、程よく体重を乗せる。ブランコがいかにも貧弱そうな造りだったので、軋むのが怖かったのだ。


「旭そのものだった。勘違いしそうになった」

「そうですか」


 美澄は遠くを見やり、軽くブランコを漕ぐ。金具が小さく鳴り、夜の住宅街に響いた。


「俺はたぶん、一生吹っ切れないけど」


 小指を見つめ、少し動かしてみる。もしかするとまだ繋がっているのではないかという、淡い期待が胸を温めた。


「受け入れることはできたかもしれない。旭が死んだことも、その後で自分がやってきたことも」

「そうですか」


 俺はおもむろに立ち上がり、思い切り伸びをした。夜の空気が気道を流れ、熱くなった首もとを冷やす。吐いた息が白い。


「やっぱり、会ってみてよかったよ。ありがとう」


 美澄はぱちぱちと瞬きしてから、きゅっと口を結ぶ。


「帰りましょうか」

「そうだね」


 夜道を女子高生と歩くのは、何かの法に抵触するのだろうか。俺はそのことだけを考えて、真摯な交際とは何なのかと、無意味な思考を反芻する。


***


「いいなあ一軒家」

「いいなあ一人暮らし」

「前よりすっきりしてますね」

「段ボールを片づけたついでに、整理したんだ」


 荷物を片付けるために家具を揃え、辛気臭かった部屋にも生活感が生まれた。相変わらず引きこもりがちな毎日だったが、生活の質は多少上がった。


「石江だって、ローン組めるくらいの収入はあるだろ」

「フリーランスは審査が厳しいんだよ」

「一括で買っちゃえば? がんばれがんばれ」


 美園が調子のいいことを言い、石江の肩を叩く。それをまともに受け止めた石江が、「一括はさすがになあ」とか言っている。


「瀬那さん、年末は帰省しないんですか?」

「迷ってるとこ。実はまだ、仕事辞めたこととか、宝くじのこととか、親に話してないんだよな」


 旭の件については伝えてあったが、それ以降の話はろくに報告していない。そっとしておいてやろうという親の気遣いに甘えたまま、都合の悪いことを隠し続けていた。


「今の仕事で起業したって言えばいいじゃんか。食えるだけの収入あるだろ」

「まだ今の状態じゃ、食えるうちには入らねえよ」

「もっと本気出せよー。そんで儲けようぜ、俺と」

「お前はまともに儲けろよ」


 これまでは気まぐれに受けていた仕事も、労働と認めざるを得ないくらいには増やしている。といっても計画してのことではなく、何がウケたのかわからないが、依頼が一気に増えたからだった。いちいち断るのも面倒になり、できる範囲でコンスタントに受けるようになった結果、自ずと収入も安定し始めた。


「帰省しないんなら、皆で遊びに行こうよー。クリスマスとかさ」

「何言ってんすか。お前らはふたりで行けよ。っていうか、志塚家でもクリスマスは祝うの?」

「祝いませんが、ケーキを食べたりはしますよ。クリスマスはいいですよね。特に意味もないのに、世の中が明るくなる気がします」


 特に意味がないというのは同意だったが、明るくなるというか、浮かれているだけな気がする。しかし世の中が浮かれているくらいでないと、志塚家には暇がないのかもしれない。


「そういえば、お犬様の祠にお供えがされるようになったんですよ。でもそれが、犬用のおやつだったりするんです。いかにも加工品だと食べてくれなくて、ちょっと困っています」

「え、おやつ食べるんだ?」

「食べますよ。あげてみますか?」


 美澄の隣に白いオオカミがぬるりと現れ、俺は椅子から落ちそうになる。儀式的なものが必要だと思い込んでいたから、こんなにあっさりと召喚できるなんて予想だにしていなかった。「なんか腕上げた?」と、ごまかしついでに訊いてみる。


「知名度が上がったからじゃないですか?」

「どっちもあるでしょ。そうそう、獣害がひどいからって、うちに問い合わせてくる人も増えたんだよね。おじさんたちにも大人気よ、この子」

「そういう場合はどうするんですか? 貸し出すわけにもいかないし」

「護符を渡してる。獣害に効果があるかはよくわからないけど、何かしらの恩恵はあるだろうから。それで満足するならいいかと思ってたら、最近じわじわ問い合わせが増えてるのよね。どんな効果があるんだか」


 俺は美澄からおやつを受け取り、お犬様に与えてみようと試みる。お犬様はおやつよりも俺の臭いを嗅ぎ、俺の周りをぐるぐる回り始めた。


「俺を食べようとしてないか?」

「そういう様子ではないと思いますよ。何かの兆しを感じているのかもしれません。何となく、良いことのように思います」

「でかい仕事が舞い込むかも」

「新しい出会いが」


 太い尻尾に背中をばしばし叩かれ、ふとあの夜のことを思い出す。


「また宝くじでも当たるのかなあ」


***


 大晦日、俺は一人でそばを食べていた。机の上に二セットの宝くじを並べ、ぼんやりと一年前のことを考える。今年くらいは余韻に浸っても許されるだろうと思ってのことだ。


 そういえば、当選番号の発表は終わっているのか。昨年もテレビ放送を見逃し、後になって調べた旭が気づいたのだった。まさか当たっているとは思っていなかったから、当選番号の発表を楽しみにしていなかったのだ。


 そばをすすりながら、スマホで当選番号を調べる。まさかなと思いつつも、手元にあるくじをひとつひとつ調べた。


「あれ」


 三等が当たっていた。すっかり感覚が麻痺しているが、滅多にない高額当選と言える。


「お犬様の霊験は、金運なのかなあ」


 俺はそう独り言ちて、美澄の連絡先を探す。

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さわらぬ神が依るところ 水雲 悠 @mizunitsunakan

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